「病状を記録し続けると、それだけで体調が悪化する!? 記録アプリや睡眠トラッカーの落とし穴」の写真・リンク付きの記事はこちら

ケイティ・ゴールデンが症状日誌をつけ始めたのは8年前。初めて慢性偏頭痛と診断されたころのことだった。彼女は痛みの程度のほか、その日に食べたもの、出かけた場所、天気、気圧など、繰り返し襲う頭痛の原因になりうる事柄を片っ端から書きとめ、症状の緩和に役立てようとした。

米国の成人のうち、疾患の症状をアプリを使って定期的に、またはときどき記録している人は15パーセントに上るという。睡眠記録アプリを使用している人もほぼ同数だ。しかし、症状の綿密な記録をとるのも考えものである。というのも、それが症状の悪化につながることがあるからだ。

不眠症などの病気の症状についてあれこれ考えるほど、むしろ症状が起こりやすくなることがわかっている。これは「ノセボ効果(nocebo effect)」と呼ばれるものだ。効き目のある薬だと思いこんでいれば、たとえ砂糖でできた偽薬であっても回復がみられる現象を「プラセボ効果」と呼ぶが、ノセボはその邪悪な双子のような存在である。

「ネガティヴな予想によって身体反応が引き起こされることがあるんです」。そう説明するのは、メリーランド大学で神経科学を研究する医師で、プラセボ効果とノセボ効果を専門とするルアナ・コロッカだ。「一種の自己防衛メカニズムですね。進化の過程で、わたしたちは危険な状況を避けるメカニズムを発達させてきました」

症状記録が不安を生む

冒頭のゴールデンは、患者の権利擁護活動に携わる38歳の女性だ。彼女は最初はExcelのスプレッドシートで、やがて専用アプリを使って症状を記録していった。

この行動は、はじめのうちは医師とのコミュニケーションに役立っていた。しかし、やがて彼女は偏頭痛を悪化させうるありとあらゆる要素に注目するようになってしまった。

「記録に取りつかれてしまう人たちをたくさん見てきました。一時期は自分もそうでした」と、彼女は言う。「ランチに何を食べた? ディナーのとき何をした? そんなふうに、かかりきりになってしまうのです」

症状の記録は体調の変化を把握するうえで役立つが、同時に不安状態を生み出す場合もある。さらには、苦痛を増幅させる可能性すらある。これは期待や予想がわたしたちの感覚をかたちづくるからだ。

例えば、ある偏頭痛薬の治験では、参加者の約18パーセントは砂糖でできた偽薬に副作用があったと報告している。ちなみに参加者は、自分が服用しているのが本物の薬か偽薬かを知らなかった。

また別の研究では、手術後にモルヒネ投与のタイミングを教えられた患者が、投与終了と同時に強烈な痛みに襲われたと申告した。一方、予告なしにモルヒネ投与を停止された患者は激痛を感じなかったという。

嘘の結果で肺機能やホルモン量が上下する

スタンフォード大学による最近の研究でも、心が生理機能に影響を与える驚くべき事例が明らかになった。

研究チームは、遺伝的リスク要因を知ったときの人々の反応に注目した。約200人の実験参加者は遺伝子検査を受けたあと、2つの肥満関連因子(心肺機能と食後の満腹感)にリスクが見つかった、あるいは見つからなかったという結果を知らされた。ただし、結果は無作為に決められたものだ。

すると、結果を知らされた参加者の生理的状態は、教えられた通りに変化したのだ。実際のDNAに基づくリスクとは無関係に、運動時の肺機能は向上あるいは低下し、満腹感をもたらすホルモンの量も増減した。

「わたしたちの体と脳の間には、何らかの予測に対して反応する内的メカニズムがあるようです」と、メリーランド大学のコロッカは言う。なお、彼女はスタンフォード大学の研究には参加していない。

ケガからの回復に影響が出る場合も

人は誰でも、ほとんど気づかない程度の痛みや不快感を感じているものだ。症状を記録することで、こうしたものに注意を向けて増幅してしまう可能性があるのだと、カナダのエドモントンの内科医であるロバート・フェラーリは指摘する。

むち打ち症などの痛みを研究しているフェラーリは、ある研究で健康なボランティアたちに頭痛や疲労感といった8つの症状のチェックリストを渡し、それらを過去14日間にどのくらいの頻度で経験したかを質問した。その後、ひとつのグループに、毎日これらの症状を感じたかどうか記録してもらった。

後日再び、過去14日間に経験した症状を回答してもらうと、症状を記録したグループはしなかったグループの2倍の症状を、より重い程度で申告した。一方、症状を記録しなかったグループでは、1回目と2回目で差がみられなかったという。

フェラーリは、腰部にけがを負い、理学療法士による運動療法を受けている患者たちについても比較研究を実施した。半数は4週間にわたって痛みの日記をつけ、毎日1〜10の段階で痛みを自己評定した。残りの患者は何もしていない。

3カ月後、医学的評価が実施された。痛み日記をつけていた患者グループのうち、回復していたのは52パーセントだった。しかし対照群では、79パーセントで回復が確認された。

症状は体からの警報だ。しかし、自分がすでにケガや病気に気づいているなら、そうした警報に耳を傾け続けても意味がないのだと、フェラーリは言う。「人生はさまざまな症状で溢れています。症状を回復の指標にしたとして、ずっと症状に注意を払い続けた状態で回復などできるでしょうか?」

睡眠トラッカーと思い込み

同じことは「睡眠トラッキング」についても言える。睡眠不足は、それ自体が疾患である場合もあれば、ほかの健康問題の症状のひとつという場合もある。眠れない人もいれば、眠り続けるのが難しい人もいる。あるいは、必要な睡眠時間を確保できるくらい長くベッドにいない人もいる。

FitbitやApple Watchなどの睡眠トラッキング機能を備えたデヴァイスは、こうした問題をデータに変え、睡眠パターンのグラフを作成する。ユタ大学で行動睡眠医学プログラムの責任者を務める臨床心理学者ケリー・バロンは、こうしたデヴァイスを使うことで、人々によりよい睡眠習慣を身につけさせることができると考えていた。

ところが、睡眠障害を抱える患者のなかに、睡眠トラッカーが元凶と疑われる事例が続出した。ある患者は、理想とされる8時間の睡眠をとれなかった日に、疲労感と頭がぼーっとする感覚があると訴えた。しかし、彼の平均睡眠時間は7時間45分だった。

REM睡眠が足りないことを不安視する患者もいたが、睡眠トラッカーは直接脳波を測定するわけではない。そもそも、REM睡眠や深い睡眠の量と、翌日の気分の間に明確な相関関係はないのだと、バロンは言う。「夜間の深い睡眠の量は、年齢とともに減少します。高齢男性のなかには、ほとんど深い睡眠をとっていない人もいますが、だからといって睡眠障害とはみなされません」

トラッカーに「昨夜は眠りが浅かった」と教えられて気分が悪いような気がしても、それはあなたが「こういうときは気分が悪くなる」と思い込んでいるからかもしれない。バロンは自身の経験に基づいて、測定された数値と自覚的な覚醒度や疲労感は必ずしも一致しないと指摘する。

「トラッカーでは前夜の眠りは最悪なのに、気分よく目覚める日もあります」と、バロンは言う。「逆に睡眠は良好だったのに、ひどい気分の日もあるのです」

追いかけすぎに注意

ならば、症状を記録することはまったくの無意味なのだろうか? もちろん、そんなことはない。ただし、使い方には注意が必要だ。

ニューヨークにあるイェシーヴァー大学アルバート・アインシュタイン医学校の臨床学教授で偏頭痛の治療法を研究するドーン・C・ビューズは、症状トラッカーや紙とペンで書く日記は、偏頭痛発作のパターンの発見に役立つと語る。こうした記録は、自分で自分の体をコントロールできている感覚を向上させ、薬や治療の効き目についても重要な情報を提供してくれる。

ただし、何もかもが偏頭痛の原因のように思えて、極端な食事制限や行動制限をするようになったら、ビューズは患者に記録をやめるよう穏やかに忠告している。「わたしたちは記録やモニタリングと愛憎半ばの関係にあるのです」と、彼女は言う。

アリゾナ州フェニックスに住む42歳の偏頭痛患者の支援活動家、ケリー・スマイアーズは記録アプリを使うのをやめた。情報自体が疾患のつらさを増幅させていると考えたからだ。彼女は毎日の偏頭痛発作に襲われているが、記録を始める前には発作のない日もあったと記憶している。

「そのころの対処法は『そんなにひどい痛みじゃない』と自分に言い聞かせることでした」と、彼女は言う。痛みデータを記録することは、痛みから気をそらそうとする試みを妨げてしまうというのだ。必ずしも“知らぬが仏”ではないかもしれないが、消えない頭痛のことを思い出させられるよりはマシだろう。