「もはや最高傑作」(熊本県熊本市)店舗外観

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“高級食パン”を販売する食パン専門店が出店ラッシュを迎えている。多店舗展開の食パン専門ブランドに加え、2018年から2019年にかけてはインパクトある店名の食パン専門店も登場。なぜ今、高級食パンが支持を受けるのか。そして、高級食パンブームはベーカリー業界にどう影響を与えるのか。高級食パンブームを加速させた立役者の一人であるジャパンベーカリーマーケティングの岸本拓也氏に話を聞いた。

【写真】パン屋の袋とは思えないインパクト抜群のショッピングバッグ

■ 急増する食パン専門店、地方にも続々進出

シンプルであるがゆえに、比較的安価で販売されることの多い食パン。近年注目を集めているいわゆる“高級食パン”とは、製法や素材にこだわり2斤1000円前後で売り出したものだ。これまでもホテルベーカリーなどでは価格の高い食パンやホテルブレッドが販売されていたが、現在のブームの特徴は、食パン1本にしぼった専門店が製造・販売するパンに人気が集まっている点にある。こうしたパンを、従来の食パンと区別して「生食パン」と呼ぶ向きもある。

2018年9月、東京・銀座に1号店をオープンした食パン専門店「銀座に志かわ」は、大阪、京都、名古屋など、2019年6月までに計10店舗を出店。 さらに2019年8月までに17号店までのオープンが発表されており、1年足らずで急激に店舗数を伸ばしている。また、高級食パンブームのさきがけとして2013年に大阪で開業した「乃が美」は、2019年7月現在、46都道府県に全137店舗を展開。残る秋田県にも出店を予定するなど、大都市圏にとどまらず、全国的に高級食パンの需要が増加していることがうかがえる。

■ 支持される理由はおいしさの「分かりやすさ」

ブランド店の増加とともに、個人オーナーによる食パン専門店も増えてきた。中でも注目を集めるのは、「考えた人すごいわ」(東京都清瀬市)や、「乃木坂な妻たち」(北海道札幌市)、「平成最後に俺の出番!なま剛力スタジアム」(群馬県太田市)、「もはや最高傑作」(熊本県熊本市)といったインパクトある店名の食パン専門店だ。

これらの人気店をプロデュースするのが、ジャパンベーカリーマーケティングの代表を務める岸本氏。ホテルマンとしてホテルベーカリーのマーケティングに携わった後、横浜・大倉山に「TOTSZEN BAKER’S KITCHEN(トツゼンベーカーズキッチン)」を開業した岸本氏は、現在は食パン専門店をはじめ、60店舗以上のベーカリーをプロデュースする。

岸本氏は、現在の高級食パン人気の要因をこう分析する。

「現在流行の食パンは、焼き方や発酵のタイミングなど、従来の常識とは異なる新しい製法で作られているものが多いんです。我々のプロデュースする食パンで言えば、こだわっているのは“なめらかな口どけ”と“ほのかな甘さ”。リーマンショック以降、個人の価値観が多様化する中、こうした既存の食パンとは違う風味の食パンの存在に消費者が気付いたというのがまず大きな要因です」

普遍的な食べ物である分、他のパンに比べ際立った部分がないと思われてきた食パン。だが、各店ごとに明確な味わいの個性を打ち出して違いが明確になってきたことが、消費者が「食パンを選ぶ」という発想のきっかけとなったという。

さらに、コンセプトを特化したことによる「わかりやすさ」もポイントだと岸本氏は言う。

「食パン専門店は商品数を絞る分、製法の進化が際立ちます。高級食パンと言っても、1斤が1万円するようなものではありません。1000円でパンを買うなら、従来型のパン屋で『どのパンがおいしいだろうか』と迷うより、2斤1000円でお釣りが出るぐらいの価格で、間違いなくおいしいものが買えるという食パン専門店の方が、消費者のニーズに合っているのだと思います」

■ 面白い、特別感…「おいしさ」以外の要素も人気に

さらに岸本氏は、食パン専門店をプロデュースするにあたり、ただおいしいパンを売るというだけではなく、食パン専門店で食パンを購入することで得られるスタイルや付加価値作りを意識していると話す。

パンパン屋は日常に根付いているものなので、商品のおいしさ以外の可能性がすごくあるものだと思っています。食パンをおやつや手土産としても食べられるものとして提案することや、店名やショッピングバッグのデザインが家族の会話のきっかけとなったり、おいしさ以外に笑わせる要素や心を動かす要素、スタイルを売るということをとても大事にしています」

岸本氏がアイデアを出しているという店名は、いずれもベーカリーの名前とは一見思えないような独特なネーミングばかりだ。ショッピングバッグもビニール袋ではなく紙袋で、そこに描かれているのは少女漫画チックな女の子であったり、肖像画風のシェフであったりと、目を惹くグラフィックを前面に押し出している。こうした店名や紙袋は、食パンを買うという体験に楽しさや面白さといった付加価値を加える最たる例と言える。

岸本氏のこうしたスタイル作りは、食パン専門店だけにとどまらない。観光地での出店や創業の古いベーカリーのリノベーションであれば、食パンではなくローカルフードやレトロ感のあるコッペパン専門店というように、立地や商圏を考慮したコンセプトを選んでいるという。

都内の商業地に多くの食パン専門店が出店しているにもかかわらず、住宅街の食パン店が人気を集める背景には、ただ高級食パンを買うのではなく、その店だけの付加価値や特別感をユーザーが求めているからだと言える。コンセプト特化のベーカリーが登場したことは、生活必需品を買いそろえる場としてだけでなく、嗜好品を買いに行く場としての価値をベーカリー業界にもたらしたと言えそうだ。

■ 「高級食パン」はブームからジャンルへ

しかし、ブームには流行り廃りがつきまとう。食パン専門店が普及していけば、特別感を求めるユーザーは遠のいていくのではという疑問はある。だが岸本氏は、高級食パンブームは一過性のものではなく、1つのジャンルとして定着していくだろうと話す。

「そもそも食パンは数あるパンの中でも占有率の高い商品なんです。なぜならメロンパンやカレーパンと違って、毎日買っていく固定客が存在するパンだからです。高級食パンも、若年層より中高年以上の方にリピーターが多い傾向があります。朝食に長年食パンを食べ慣れたライフスタイルの方が根付きはじめているということです」

また岸本氏は、パン業界全体の流れも、従来の多種多様なパンを揃えるパン屋から、1つのパンに特化した専門店化が進んでいくと見込んでいる。その理由に、ベーカリー業界が直面する「少子化」と「異業種の参入」を挙げる。

「少子化と人口減という流れの中で、飲食業界でも若い人たちが集まらないという状況があります。少ない人数ででき、1つのものに付加価値をつけながら売っていく専門店的な手法は食パン以外でももっと増えていくでしょう。

さらに、食パン専門店にはベーカリー以外の異業種からの参入も多いのが特徴です。商品の際立たせ方についてのノウハウはベーカリーでも大きな強みになりますし、異業種ならではのアイデアも出てきて、パンの個性はどんどん細分化していくのではないかと思います」

■ 「シャッター街でも」食パン専門店“地域密着”の可能性

パンに限らず、パンにおいて種類ごとのコンセプト特化の店が増加することで、業界全体の活性化を期待しているという岸本氏。食パン専門店も、これまで以上に全国に普及させて、各店舗を地域に根差したベーカリーにしていきたいと語る。

「高級食パンブームと言われていますが、それでも既存のベーカリーに比べたら食パンの専門店は圧倒的に少ないですから。地方のシャッター街であっても、シャッター街となった理由次第では食パン専門店が成り立つ可能性は大いにあります。地域に根差したベーカリーを作ることで、街や生活を元気にしていきたいという思いを大切にして今後も取り組んでいきたいと思っています」

多くのパンを取りそろえるスタイルから、1つのパンにこだわるスタイルへ。高級食パンブームは、これからのベーカリー業界のあり方が変わるか否かの試金石と言えそうだ。(東京ウォーカー(全国版)・国分洋平)