東京・大手町の住友商事本社前での抗議行動。横断幕には「スミフルは労働者の声を聞け!!」との文字(編集部撮影)

大手総合商社の住友商事がこの6月、バナナの国内販売量で1、2位を争うスミフルグループ(本社シンガポール)の保有全株式(49%)を2019年9月までに売却することを決めた。

実は、今回の売却について「人権問題への批判を避けるためではないか」との指摘がある。いったいどういうことなのだろうか。

日本で販売されるバナナの8割はフィリピン産

スミフル(旧住商フルーツ)のバナナは「甘熟王」のブランドを冠し、国内流通量の約3割に及ぶ。同じくシェア約3割で、伊藤忠商事の子会社であるドールと首位争いを繰り広げてきた。スミフルのバナナは標高500メートルを超える高地で栽培され、甘みが特長だ。タレントのGACKTさんがイメージキャラクターを務めていることでも知られている。


日本で販売するバナナの大半はフィリピン産だ。このシェアの高さは1973年から今日に至るまで変わっていない。フィリピン産バナナと日本との関わりは戦後のバナナ輸入自由化にさかのぼる。それまで日本に入るバナナは台湾産がほとんどで、庶民には手の届かない高級果物だった。

だが、1963年の輸入自由化をきっかけに爆発的にバナナ消費量が拡大。1969年にはバナナ総輸入量はアメリカに次ぐ第2位になった。需要旺盛な日本市場向けに1960年代につくられたのがフィリピンのバナナ農園だ。

住友商事は1970年に住商フルーツを設立。2003年にはモーリシャスに本社を置くソーントン・ベンチャーと合弁でスミフル・シンガポールを設立した(出資比率は住商49%、ソーントン51%)。その子会社であるスミフル・フィリピンは、同国のミンダナオ島でバナナを生産してきた。所有する農園の広さは山手線の内側の2倍近い約1万ヘクタール超にのぼる。長い年月をかけて育ててきたスミフルグループを、住商はなぜ今、手放すのか。住商はその理由を「スミフルの今後の成長を考えたため」と説明する。

だが、住商が撤退を発表した6月18日と同じ日、東京都内である記者会見が行われていた。フィリピンのスミフル系農園で働いていた労働者による訴えだ。収穫したバナナを洗浄して箱詰めする梱包工場の労働組合「ナマスファ」のポール・ジョン・ディゾン委員長による訴えは切実なものだった。

労組側は、スミフル・フィリピンと労働者の間に雇用関係があると主張。しかしスミフル・フィリピン側は、スミフルの業務委託先と労働者の間に雇用関係はあるが、スミフル・フィリピンと労働者の間に雇用関係はないと主張。両者の主張は真っ向から対立していた。

だが、2017年6月にフィリピンの最高裁判所がスミフル・フィリピンと労働者らの間に直接の雇用関係があると認定した。これを受け、労組はスミフル側に正社員化や労働環境の改善などを要求。スミフルに対して団体交渉に応じるよう求めたところ、スミフル側が拒否。労組は2018年10月からストライキに突入した。

射殺や自宅銃撃、放火の被害も起きている

このストライキが始まった後、組合員を狙った複数の銃撃事件が発生した。2018年10月31日には組合員の1人が射殺される事件が発生した。来日したポール委員長も被害者の1人で、自宅が銃撃されたり、放火されたりしたという。


労働組合「ナマスファ」のポール委員長(左)は、スミフルに出資する住友商事に対し、労働問題の解決へ向けて努力するよう要求している(記者撮影)

確かにフィリピンの治安情勢はよいと言える状況にはない。特にミンダナオ島では武装勢力に対応するため2017年5月に戒厳令が発令され、再三延長されていまだに解除されていない。労組が2018年10月に行ったストライキでは軍や警察が介入し、組合員が負傷する事態にもなった。

銃撃や放火などの実行犯は特定されていないが、ポール委員長は「銃撃や放火などの事件はストライキ後に起きており、労組の活動の妨害が意図されている」と主張。スミフルに出資する住友商事に対しても、問題解決に尽力するよう要求した。

しかし、住商はスミフル株を売却することを決めた。「株式の売却は労組の要求から逃れるためではないか」との東洋経済の質問に対し、住商は「スミフル株売却と労働問題の間に関係はない」と明言する。撤退発表日にポール委員長らが会見したのも、単なる偶然であるという。

フィリピンの最高裁が雇用関係を認定したことについて、「スミフルの委託先企業の一部社員とスミフルの間に雇用関係があるとされたのは事実であり、真摯に受け止めている」とコメントするものの、「現地経営陣は適切に対応している」というのが住商側の説明だ。

現在、フィリピンの労働雇用省が、ナマスファとスミフルの間の調停を進めている。2019年3月25日には同省が両者代表を招いて話し合いを呼びかけたが、スミフル側はこの会議を欠席している。住商の説明通り、「適切に対応している」のならば、会議に出席すべきではないのだろうか。住商は「これまでの当局が関与した調査・仲裁の結果等を総合的に判断し、スミフルは適切に対応している」と回答するのみだ。

仲裁会議にスミフルは欠席、食い違う労使の主張

ただ、ナマスファを支援しているNPO「アジア太平洋資料センター」(PARC)の田中滋事務局長によれば、「(スミフルは)代替として提示してきた日程の仲裁会議も欠席している」という。また、田中氏によると、フィリピン最高裁の認定を踏まえ、住商は「該当者全員に正社員化のオファーを出したが、誰も承諾しなかった」と説明したというが、このオファーは確認できていないという。

住商は2019年度の上半期中をメドに、スミフルの全株式を合弁相手であるソーントンへ売却する。売却後も住商はスミフル・バナナの取り扱いを続ける方針だ。しかし、資本関係がなくとも、取引先の労働者の人権状況を把握し、不十分であれば改善に向けて何らかの働きかけをしていくというのが世界的な流れだ。

住商は2009年に「サプライチェーンCSR(企業の社会的責任)行動指針」を掲げ、「人権を尊重し、人権侵害に加担しない」「労使間の円滑な協議を図るため、従業員の団結権を尊重する」などと明記。住商の取引先などにも指針への賛同、実践を求めているという。情報を適時適切に開示するとの文言もある。スミフルの件では、まさにこの行動指針の実践が求められる。それができないのであれば、名ばかりの指針と批判されても仕方ないだろう。

スミフル・バナナをめぐる問題は住商にとどまらない。今年4月、イオングループはNGOを通じてナマスファの訴えを把握した。同社グループは取引行動規範を定めており、供給元での人権侵害などが起きていないかを確認している。これまではスミフル・ジャパンとやりとりをしていたが、訴えを踏まえてスミフル・フィリピンに問い合わせたり、現地に人を派遣して人権侵害の有無を確認している。ただ、スミフル商品の販売停止などは検討しておらず、情報を収集している段階だ。

スミフルの労働問題は、日本を代表する企業の人権問題への姿勢の一端を浮き彫りにしている。