JRの常磐線と総武本線を南北につなぐ総武本線の支線、通称「新金線」。現在は貨物列車が走っていますが、旅客列車を走らせる構想が浮上しています。東京の葛飾区を南北に結ぶ鉄道は誕生するのでしょうか。

葛飾区の南北を結ぶ新金線

 JR常磐線の金町駅(東京都葛飾区)とJR総武本線の小岩駅(同・江戸川区)のあいだには、8.9kmの連絡線「新金線」が存在します。この路線はJR東日本が保有する総武本線の貨物支線で、1926(大正15)年に当時両国駅止まりだった総武線の貨物列車を都心に乗り入れさせるために建設されました。現在は武蔵野線など新たな路線の整備が進み、1日数往復の貨物列車が走るのみとなっていることから、新金線を旅客化しようという検討が進められています。


新金線を走る貨物列車(2019年6月、草町義和撮影)。

 東京都の東端に位置する人口約45万人の葛飾区は、区の北部をJR常磐線、中心部を京成線、南部をJR総武線が横断し、各沿線がそれぞれ都心のベッドタウンとしての位置付けにあるため、区としての一体性に欠けるという課題を抱えています。そこで葛飾区は「金町・新宿地域」と「奥戸・新小岩地域」を広域複合拠点として位置付け、行政、生活、商業、観光の各拠点と連携するまちづくりを目指し、南北方向の交通機能強化を検討してきました。

 葛飾区には地下鉄8号線・11号線延伸構想や、環状7号線に沿った「メトロセブン」構想などの鉄道計画がありますが、莫大な建設費と採算性の問題から実現のめどは立っていません。しかし、新金線の既存の設備を活用すれば格段に安く、しかも金町〜新小岩間区の直結という葛飾区の目的に合致する交通機関が誕生するというわけです。

 そんなに都合が良い話ならすぐにでもやれば良いと思うでしょうが、そう簡単にはいきません。実は新金線の旅客化構想は数十年前から存在しており、平成以降だけでも1993(平成5)年度、2003(平成15)年度、そして今回、2017年度に設置された「葛飾区公共交通網構築に関する調査検討委員会」と3回にわたって検討されていますが、課題は少なくありません。

 そもそも新金線旅客化は葛飾区内の南北交通が目的であり、当初から大きな利用者数を想定していません。となると、採算性は分母つまり事業費次第です。

複線化と踏切、どうする

 事業費を左右する条件のひとつは、線路を2本にする「複線化」です。新金線は金町〜新小岩信号所間の全区間が線路1本の単線で、行き違い設備もありません。平成初頭に旅客化が検討された当時、新金線を通過する貨物列車は1日40本以上あったため、旅客列車を走らせるためには複線化が必要とされていました。新金線は全区間で複線化用地を確保済みとはいえ、多額の費用が必要となります。


新金線では複線化用地が確保されている(2019年4月、草町義和撮影)。

 もうひとつが「立体交差化」です。新金線には金町駅の手前で幹線道路の国道6号「水戸街道」と平面交差する「新宿(にいじゅく)新道踏切」が存在し、貨物列車が通る際、道路交通に大きな影響を及ぼしています。本数が少ない貨物列車であればともかく、日中に旅客列車を頻繁に設定するとなると、ここが最大のネックになります。

 新金線を保有するJR東日本は、将来的な新宿新道踏切の立体交差化について国土交通省関東地方整備局と合意しているものの、貨物専用線の優先順位は低く、着工のめどは立っていません。当初計画では、旅客化を機に金町〜新小岩間全線の高架複線化を検討しましたが、総事業費は最大930億円にのぼり、事業として到底成立しないことが明らかになりました。

 それから10年が経過した2003(平成15)年、単線運行のネックとなっていた貨物列車の運行本数が削減され、またLRT(次世代型路面電車)など地域交通の必要性について議論が高まったことから、単線かつ平面交差を前提に再検討したところ、普通列車2両、1時間2〜3本運行であれば約58億円で整備可能との試算が出されました。2006(平成18)年にJR富山港線(約8km)をLRT化して開業した富山ライトレールの建設費が約58億円なので、ある程度妥当性のある数字だったと思われます。

 しかし、JR東日本やJR貨物、国土交通省東京国道事務所、警視庁との協議を重ねた結果、国道6号との平面交差を前提とした計画は困難であり、周辺の動向を見守りながら検討を続ける長期構想路線に位置付けられることとなり、事実上見送られました。

 前回検討から約15年が経過したいまも、新宿新道踏切をめぐる状況は大きく変わっていません。しかし少子高齢化のさらなる進展と、運転士不足によるバス路線網の持続可能性が問題化し始めたことから、区内公共交通を再編する必要性が高まり、改めての検討に至ったというわけです。

最新の需要予測だと収支は成り立つ?

 葛飾区が2019年3月25日に区議会に提出した「新金貨物線旅客化の検討資料」によると、最新の需要予測では、運賃はJR幹線並み、ピーク時10分間隔・オフピーク時15分間隔の運行とした場合、輸送人員は1日最大3万8000人(2030年時点)で、3分の2が通勤・通学需要としています。ちなみに新金線旅客化がモデルのひとつとする東急世田谷線(三軒茶屋〜下高井戸間5km)の輸送人員は1日約5万7000人(2017年度)、定期利用者は約52%です。

 懸案の国道6号との平面交差部は、遮断機ではなく道路信号で制御する方式とし、道路側が赤信号になったら旅客列車を通過させることを想定しています。ただしこの方式は現時点では軌道(路面電車)の事例しかないため、新金線というひとつの路線において旅客列車を軌道、貨物列車を鉄道として別個に扱うことができるかなど、現行法では想定されていない枠組みも含めて整理が必要になります。

 事業費は普通列車方式では200億円、LRT方式では250億円とされ、施設整備・保有主体と運行主体が異なる「上下分離方式」による整備が想定されました。今後は、検討結果を踏まえて関係機関と協議を進めながら、合意形成を図りたいとしています。

 需要予測が妥当ならば、単年度の収支は十分成り立つ事業と思われますが、そのためには助成制度を活用して無利子または返済不要の資金を調達する必要があります。

 例えば富山ライトレールの場合、建設費約58億円の38%を国、16%を富山県、17%をJR西日本、そして残りの29%を富山市が負担しています。葛飾区の一般会計予算は約1900億円(うち都市整備費は約150億円)、残高約200億円のまちづくり基金があるので問題ない金額とは思われますが、最終的には区民の理解が得られない限り実現は不可能です。新金線旅客化は2017年11月に行われた葛飾区長・区議選挙では争点にならなかったため、次回2021年の選挙で区民がどのような判断を下すかで方向性が決まると思われます。