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●人気飲食店で食後15分にわたりガールズトーク

「ゲームソフトを借りていった友人が翌日に引っ越しをし、ゲームソフトが戻ってこなかった」――。こういった理不尽な状況に遭遇して沸々とした怒りを覚えた経験を持つ人もいるのではないだろうか。

このケースのように、日々の生活において社会通念上、「モラルに反するのではないか」と感じる出来事に遭遇する機会は意外と少なくない。そして、モラルに欠ける、あるいは反していると思しき行為であればあるだけ、法律に抵触しているリスクも高まる。言い換えれば、私たちは知らず知らずのうちに法律違反をしている可能性があるということだ。

そのような事態を避けるべく、本連載では「人道的にアウト」と思えるような行為が法律に抵触しているかどうかを、法律のプロである弁護士にジャッジしてもらう。今回のテーマは「人気飲食店での居座り」だ。

45歳の女性・Tさんは、都内で3店舗のラーメン店を経営している。あごだしでとった濃厚な魚介スープとやわらかな極厚チャーシュー、自慢の自家製麺を用いた特製ラーメンが人気で、この看板メニューを求めてお店は連日、大盛況だった。

そんなある日のランチタイム時、いつも通り店内は満席で店の外には入店を心待ちにしている多くの客が列をなしていた。その列を見て、「すいませんが、もうしばらくお待ちください――」と心の中でつぶやいたTさんがふと店の奥のテーブル席に視線を移すと、笑顔で談笑している4人組の女性グループが見えた。目の前には空の器が置かれており、どう考えても食後のおしゃべりを楽しんでいるようにしかみえない。「きっともう女子トークも終わるだろうし、店の外で待っているお客さんの姿を察して、すぐにお会計に入ってくれるわよね」。そう思って再びラーメンづくりに戻ったTさんだが、15分ほど経った頃にあの4人組が気になり、再び店内の様子を見に厨房から出てくると、いまだに女性たちは話し込んでいた。

外で待っている人たちの気持ちを考えると、これ以上は看過できないと感じたTさんは、従業員に「お会計をやんわりと促してきて」と伝えた。ところが、テーブル席から戻ってきた従業員はTさんに「あのお客様たちが『店長を呼んできて』と話しています」と告げた。Tさんがテーブル席へ向かうと、4人組のリーダーとみられるショートボブの女性がやや高圧的な態度で「この店は、食事を終えたすべてのお客に対して『さっさと出ていけ』と言うのかしら」と尋ねた。「気分を害されてしまわれたのであれば申し訳ございません。ただ、外でお待ちの方がいらっしゃいますし、お客様たちは食事がお済みになってから結構な時間が経っているようなので……」とTさんが言った瞬間、その言葉を遮るように先ほどの女性が「『結構な時間』って具体的にどれぐらいなのでしょうか?」と聞いてきた。

Tさんが「詳細な時間はわかりかねますが、15分ほどかと思います」と返すと、「例えば、店内に『食事が済んだ方は5分以内に退店してください』と明記されている状態で私たちが食後に10分とか20分も居座ったとしたら、それは私たちが悪いかもしれませんが、特にそのような但し書きもされていないですよね?」とショートボブの女性が反論してきた。「確かにそうですが……」と言葉に窮するTさんを見たその女性は、「それに私たちは、あなたたちに『帰ってください』と言われる直前に『もう出ましょうか』と話していたばかりなのに……。もういいわ、なんか気分が悪くなったのでもう出るから」とあきれ気味に言い放った後、会計を済まして退店した。結果的に女性グループを追い払うことには成功したが、一方的に嫌味を言われる形となったTさんはどうにも釈然としない気持ちになった。

このようなケースでは、女性グループのメンバーは何らかの法律違反をしているのだろうか。安部直子弁護士に聞いてみた。

●不退去罪に問われる可能性はあるのか

本件のように飲食店に長時間居座って帰ってもらえなかったら、いくらお客さんでもお店にとって迷惑に感じることがあります。その場合、お客さんには何らかの法的責任が発生するのか、以下で考えられる責任内容を検討していきます。

○不退去罪について

本件のように長時間飲食店に客が居座ると、刑法上の「不退去罪」という犯罪が成立する可能性があります。

不退去罪とは

まずは「不退去罪」の条文をご紹介します。刑法130条(不退去罪)には「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する」とあります。

不退去罪は「人の住居やその他の建造物、船などに入り、管理者や権利者から退去を求められたのに退去しなかったとき」に成立します。

ただ、「帰ってください」とひと言言われて帰らなかったらすぐに犯罪が成立するわけではありません。

不退去罪が成立するか否かは、「(1)退去を求められた側の滞留目的」「(2)どんな行為がなされていたか」「(3)滞留が退去を求めた側の意思にどの程度反しているか」「(4)滞留時間を考慮し、どの程度、住居等の平穏が乱されたか否か」により決すべきとする裁判例があります(東京高判昭和45年10月2日)。このように、不退去罪が成立するかは、退去の要請を受けたか否かのみならず、種々の要素により判断されます。

不退去罪の刑罰

不退去罪が成立した場合の刑罰は、3年以下の懲役刑または10万円以下の罰金刑です。

飲食店の客に不退去罪が成立する可能性について

飲食店のように、店側が勧誘したために「客」として入ってきている場合には、店側が退去を求めることは可能であるものの、押し売りや営業マンが訪ねてきた場合とは異なって、犯罪としての不退去罪は成立しにくいと考えられます。

飲食店の場合、店側が客を積極的に店舗内に呼び込んで、店舗内において飲食物を提供し、その対価として客からお金を払ってもらうという営業形態ですから、客の対価には「一定の時間を含んだ場所代」も含まれていると考えるべきであり、「食べたらすぐに出ていかねばならず、出ていかないと犯罪になる」というのは合理性に欠けます。

ただし、飲食店でも不退去罪が成立する可能性はあります。過去にもラーメン店でラーメンと餃子を注文した男性に対し、店がラーメンを先に持ってきた事案において、男性客が店に対して「餃子が先だ!」とクレームを述べて3時間居座った事例において、男性客が不退去罪等として逮捕されたと思われる事例があります。

本件で不退去罪は成立するのか

では、本件で女性客に「不退去罪」が成立するのでしょうか?

本件の女性客は、店側にクレームをつけているわけではありません。単に食事後15分ほど話し込んでいただけです。また店側が退去を求めたところ、嫌みを言いつつもすぐに退去しています。このような事情からすると、不退去罪は成立しないと考えられます。

もしもここで女性客らが「なぜ退店しないといけないのか」などと言って騒ぎ始め、その後も「餃子が先だ」とラーメン店に居座り続けた男性のように3時間以上、店にクレームを続けるなど、店の平穏を害する状況で居座り続けると、不退去罪が成立していた可能性があります。

●業務妨害罪に問われる可能性はあるのか

本件のように客が店にしつこく居座り続けたら、店に対する「業務妨害罪」(刑法第233条、第234条)にならないのでしょうか?

業務妨害罪が成立するには「威力」か「偽計」が用いられる必要があります。威力とは強い威勢を示すことなど、客観的にいて被害者の自由意思を制圧するに足る勢力のことで、偽計とは人を騙したり錯誤に乗じたり虚偽の噂を流したりすることです。

たとえば飲食店の客が集団で店に対し「絶対に出ていかないぞ!」などと大声で威圧したために店側が退去を求められなくなり、他のお客さんが怖がって帰ってしまったりすると威力業務妨害罪が成立する可能性があります。

本件の女性客の場合には、威力も偽計も使っていないので業務妨害罪は成立しません。

民事の損害賠償責任について

お店に客が居座ると、次のお客さんを入れることができません。すると店側に売上げ低下などの損害が発生する可能性があります。その損害賠償を居座った客に求めることは可能なのでしょうか?

店が客に損害賠償を求めるには、客に債務不履行や不法行為などの法的責任が発生する必要があります。飲食店の客の債務は基本的に「代金を支払う」ことです。「食べたらすぐに退去すること」までは通常義務になっていないと考えられます。そこで、食後15分程度話し込んだからと言って一般的には債務不履行にはならないでしょう。

不法行為についても同様で、食後15分程度話し込んだことが「故意過失による違法行為」とまでは言えないので、不法行為にもとづく損害賠償請求も不可能です。

○店側のベストな対応は?

今回のケースでは、女性客には民事でも刑事でも法的責任は発生しないと考えられます。

しかしそれでは、店側は「納得できない」「居座られて何も言えないのは困る」と思われるでしょう。その場合、店側としては客から見えるわかりやすい場所に「繁忙時には食後10分以内に退店をお願いします」などと貼り紙をしておけばよかったと考えられます。

そのような注意書きをしておけば、客もそれを了解して店で食事をする以上、食後10分以内の退店を客の道義的義務として店が強く要求することができるからです。

貼り紙をしたからと言って10分以上話し込んだらすぐに「不退去罪」が成立することはないと思いますが、少なくとも女性客らに対し強く退店を求めることができたと思います。また、店で食事をしながら友人たちと話をしたい今回の女性客のような客が入店することを防げるでしょう。

おそらく、今回の女性客は、食後すぐに退去しないといけない店だとわかっていれば入店しなかったと思われますので、張り紙をすることは、店側にとっても、客にとっても、お互いに利益があるのではないでしょうか。

○まとめ

多くのお客さんが訪れてはやっている忙しいお店でお客に居座られたくない場合、早期退店を促す注意書きをしておくことをお勧めします。

※記事内で紹介しているストーリーはフィクションです

※写真と本文は関係ありません

○監修者プロフィール: 安部直子(あべ なおこ)

東京弁護士会所属。東京・横浜・千葉に拠点を置く弁護士法人『法律事務所オーセンス』にて、主に離婚問題を数多く取り扱う。離婚問題を「家族にとっての再スタート」と考え、依頼者とのコミュニケーションを大切にしながら、依頼者やその子どもが前を向いて再スタートを切れるような解決に努めている。弁護士としての信念は、「ドアは開くまで叩く」。著書に「調査・慰謝料・離婚への最強アドバイス」(中央経済社)がある。