山田秀和教授(近畿大学アンチエイジングセンター)

写真拡大

もし「老化は病気」として治療することが当たり前になったら人生や世の中はどう変わるのだろうか。
そんなことを考えさせられる講演が5月27日、日本抗加齢医学会によるメディア向けセミナーで行われた。

「ゲノム医学とアンチエイジング - epigenetic clock - 」というテーマで登壇したのは同学会の副理事長で近畿大学アンチエイジングセンター副センタ―長でもある山田秀和・近畿大学医学部教授。自身が会長を務め2018年5月に開催された第18回日本抗加齢医学会総会では、生物学者で長寿遺伝子研究の第一人者デビッド・シンクレア氏(ハーバード大学医学部教授)と老化細胞研究で著名なジェームズ・カークランド氏(メイヨー医科大学教授)を特別講演者としてアメリカより招くなど、「エピジェネティクス」が老化やアンチエイジングに与える影響や「エクスポゾーム」という概念にスポットライトを当てた。エピジェネティクスは環境因子の影響などにより遺伝子が後天的に「修飾」される仕組みで、DNAの塩基配列の変化を伴わない後天的な遺伝子発現の「スイッチ」のようなメカニズム。その環境因子が人の生涯にわたり影響を与える総量を表す概念が「エクスポソーム」だ。

WHOのICD-11とアメリカにおける最新動向

山田氏は過去1年間で特に注目すべき動きの一つとして、5月25日に世界保健機関(WHO)年次総会で採択された国際疾病分類の第11回改訂版(略称『ICD-11』)を挙げた。ICD-11は先日、ゲームにのめり込み日常生活に支障をきたす依存症が「ゲーム障害」という疾患として認められたことで注目を浴びた世界共通の疾病分類リストの最新版。各国の保健当局や医療機関、医療関連企業などはこれに基づき行政や事業を展開する。

ICD-11が発効するのは2022年だが、今回の改訂により、疾病分類コードを補助する拡張コード(extension code)の一つに「aging-related(加齢・老化に関連する)」が加わった。メインの分類コードではないため加齢・老化自体を病気として扱うものではないが、近年、加齢や老化を病気の一種とする研究発表が相次ぐ中、一部の疾病においては加齢・老化に関連することを付記する選択肢がICDに加わったことで欧米の医学界や関連業界では話題になった。

また、山田氏は2018年9月にアルバート・アインシュタイン医科大学とアラバマ大学の研究者により公表された「Aging as a Biological Target for Prevention and Therapy(予防と治療の生物学的研究対象としての老化)」と題した論文を紹介。加齢と共にリスクが増すさまざまな慢性疾患などに対する予防や治療を、老化という根源的な原因に集約する形で行うという考え方に基づく研究や食品医薬品局 (FDA)に対する働きかけが進んでいるというアメリカの最新トレンドを紹介した。

医療に限ったことではないがアメリカには行政や事業における制度や施策などにおいて、その目的・目標や対象などを可能な限り明確化する文化がある。医療の歴史を紐解くと、今回話題となったゲーム障害のようにひと昔前なら必ずしも病気として認識されなかったものが病気として扱われるようになることもあり、その治療のために産・学・官が絡み合うマーケットが誕生し発展する。山田氏は米国老年医学会が提唱する「healthy aging (健康的な加齢・老化)」の定義には「病気やフレイルがないだけでなく、より広範囲に自らが健康と感じる状態」や「医療を超え地域社会、保健システム、医師らが協力するエコシステム」という概念が含まれる点を指摘。加齢・老化を健康的なものと健康的ではないものに分ける考え方が広まっていることを示唆した。

物差しとしてのエピジェネティック時計

講演の副題である「epigenetic clock(エピジェネティック時計)」は、年齢に関する一般的な概念の「暦年齢(chronological age)」とは別に細胞の老化度から求める「生物学的年齢(biological age)」の基準となる時計とされ、山田氏はこれを「年齢と最もよく相関するオン/オフの遺伝子スイッチのセット」と表現。特定のDNAの「修飾」(メチル化)レベルにより老化に関わる遺伝子の発現スイッチがコントロールされるという仕組みを解説した。エピジェネティック時計は2013年に人類遺伝学・生物統計学者スティーブ・ホーバス氏(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)が発表し、本人の名を冠して「ホーバス・クロック(Horvath's Clock)」と呼ばれるものが最も著名で、これに基づく生物学的年齢と暦年齢の1年の差は死亡リスク2〜4%の差に換算されるという。

日本抗加齢医学会が9番目の専門分科会として今年立ち上げる「抗加齢ゲノム医学研究会」の代表も務める山田氏は、ホーバス氏のものとは異なる「遺伝子スイッチのセット」から成るエピジェネティック時計や別種の生物学的時計の研究も進んでいるという。重要なのは、加齢・老化を「治療」する時代が視野に入る中、そのための「物差しが見つかっていること」だとして、日本でも学界だけでなくメディアも海外における今後の研究動向などに注目して欲しいと結んだ。

なお、今回のメディア向けセミナーのメインは今月14日から16日まで横浜市で開催される第19回日本抗加齢医学会総会の紹介。医学会総会や併催される「アンチエイジングフェア 2019 in 横浜みなとみらい」イベント概要については以下の記事を参考にされたい。

「異次元アンチエイジング」とは?! 「第19回日本抗加齢医学会総会」6月14日〜16日に開催
http://www.agingstyle.com/2019/05/30002816.html

【参考文献】

Aging as a Biological Target for Prevention and Therapy
https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2703112
JAMA. 2018;320(13):1321-1322. doi:10.1001/jama.2018.9562


Healthy Aging: American Geriatrics Society White Paper
https://www.americangeriatrics.org/media-center/news/we-all-want-healthy-aging-what-it-how-do-we-promote-it-new-ags-report-lookshttps://doi.org/10.1111/jgs.15644

医師・専門家が監修「Aging Style」