アマゾンが自社サービスの外に進出しはじめた。たとえばゾゾタウンの洋服や劇団四季のチケットも、アマゾンのアカウントで買うことができる。この「アマゾンペイ」、アメリカではさらに一歩進んでQRコードを使ったスマホ決済にも進出している。このまますべての買い物は「アマゾン化」していくのだろうか――。

※本稿は成毛眞『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)の一部を抜粋・再編集したものです。

手持ちのスマホがレジ代わりに――米ワシントン州シアトルの無人店舗アマゾンゴーの店内で、専用アプリの画面を見せるアマゾン社員。(写真=AP/アフロ)

■アマゾン以外での買い物や飲食にも

アマゾンは、自社サービスの外でも、プラットフォーマーとしての影響力を発揮しようとしている。それが「アマゾンペイ」と呼ばれる決済機能だ。

新しいサイトでモノやサービスを購入するときに、わざわざ個人情報を登録したり、IDやパスワードを忘れたりして煩雑きわまりない思いをしたことがある人は多いだろう。アマゾンは2007年にアマゾンのアカウントを利用して買い物ができるID決済サービス「アマゾンペイ」を開始した。日本でも2015年5月からサービスを始め、大手衣料品サイト「ゾゾタウン」や劇団四季など1300社以上が導入している。

導入企業にしてみれば、多くの人がすでに持つアマゾンのIDを使ってもらうことで、ネット販売での最大の障壁を乗り越えることができる。アマゾンにしてみれば、決済代行の手数料が稼げ、アマゾンで扱っていないようなブランドまで決済を通じて取り込めるのだ。また、データも持つことができる。まさに「お客様のために」、そして、今ある機能を横展開というアマゾンらしい進出だ。

EC業界で存在感を増すアマゾンペイだが、今、切り拓こうとしているのがリアル店舗での使用だ。アメリカではすでに、一部の飲食店やレストランでアマゾンペイが導入されている。アプリを開くと、位置情報から近くの利用可能な店舗が表示される。そこで食べたい店があったら、事前に注文し、スマートフォン上で注文から支払いまで完了する。その後店に行くと、すでにオーダーがされているので、料理が出るまでの時間も大幅に短縮される。

こうした電子決済の普及は世界中で進むだろう。すでに中国では、紙幣よりもスマホ決済が主流だ。大型店舗や交通機関はもちろん、道ばたで物を売る露天商までがスマホに対応している。アリペイやウィーチャットペイが高いシェアを握っており、電子決済がなければ生活できないと言っても過言でないだろう。

■東京五輪を機に日本も「キャッシュレス社会」へ

電子決済の仕組みは簡単だ。店舗端末で客のスマホに表示されたバーコードを読み取るか、逆に客が店のQRコードを読み取って金額を入力するかで決済できる。

日本銀行が2017年6月にまとめたレポートによると、中国の都市部の消費者は、98.3%が過去3カ月以内にモバイル決済を利用したという。すでに、現金がなくても不自由しない社会が実現しているのだ。「アリペイの普及で財布が中国から消えるのではないか」という冗談が、今や冗談でなくなりつつある。

ちなみに、前出の日銀の調査では日本のモバイル決済率はわずか6%だった。現時点ではほとんど普及していないに近い。中国でモバイル決済が爆発的に増えた背景には、偽札が多いことや、現金以外の支払い手段が整備されていなかったので、普及が早かったなど、単純な比較はできない。

現在、日本ではLINEや楽天などもリアル店舗での決済サービスを強化している。日本に訪れる中国人観光客の需要を取り込むべく、百貨店やローソン、ドン・キホーテもアリペイに対応している。また、政府も2020年の東京五輪の開催を視野に、現金を支払い手段としない「キャッシュレス社会」の実現を目指している。

アマゾンペイの店舗での支払いは日本ではまだ導入されていないが、今後お目見えする可能性は高い。アマゾンの強みは世界で3億人とも言われる顧客数だろう。3億人がすでにアマゾンのIDを保有しているので、利用する消費者もわざわざIDを設定する必要はないし、店舗側も最も認知されたアプリでサービスを使ってもらえる。消費者も事業者も、導入する障壁が競合に比べて低いのは最大の強みになるだろう。

■無人コンビニ「アマゾンゴー」の脅威

また、スマホがレジになる無人コンビニ、「アマゾンゴー」の完成も、決済産業の脅威となることはお気づきだろうか。例えば、利用者の購買履歴を把握できるクレジットカードの利用情報からは、その人の嗜好はもちろん、大体の資産状況も推測できる。

すでにアマゾンはネット販売を通じて膨大な決済情報を蓄積している。アマゾンゴーは店舗からレジをなくすことで、リアル店舗では不可欠だった決済端末を店内から一掃し、一手に握ることになる。結果として、ペイパルなどの電子決済サービスや金融機関にもアマゾンゴーの影響は及ぶことになる。アマゾンが現在以上に決済情報を握れば、個人向けの金融ビジネスなどに進出する可能性も出てくる。

「スマホがレジ」など想像つかないかもしれないが、iPhoneの初代が発売されたのはたった10年前にすぎない。たった11年前には地球上の全人類がまだガラケーを使っていた事実を考えれば、決して夢物語ではないのだ。アマゾンゴーがいつ日本に上陸するかはわからないが、「アマゾンペイ」を使えば「スマホでレジ」のみならばすでに実現できるはずだ。

■消費のあらゆる場面に食い込む

成毛眞(著)『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)

また、アマゾンペイでは、キャッシュレス決済のみならず、便利なサービスがたくさんある。例えば、オートマチックペイメント機能もそのひとつ。一定額を自動的に支払い、その範囲で商品やサービスを受け取れる仕組みだ。例えば、1カ月に5000円が毎月引き落とされるようにし、5000円までを毎月使えるように設定できたりする。

現在アマゾンでは、オートマチックペイメントを使うときは、コンタクトレンズなど「決まった商品を定期的に届ける」という用途が一般的だ。しかしこれを、実店舗へ導入して店に来た客にQRコードをかざしてもらったり、店舗内にビーコンと呼ぶ無線機器を設置したりして認証ができれば、レジでお金を払わなくても、オートマチックペイメント機能を使って設定した金額の中で自動決済が可能になりうる。

アマゾンの経済圏は、もはやオンラインだけではない。培ってきたテクノロジーを生かして、われわれの消費のあらゆる場面に食い込もうとしている。

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成毛眞(なるけ・まこと)
書評サイト HONZ代表
1955年、北海道生まれ。中央大商学部卒。マイクロソフト社長を経て投資コンサルティング会社インスパイアを創業。書評家としても活躍。著書に『黄金のアウトプット術 インプットした情報を「お金」に変える』『成毛流「接待」の教科書 乾杯までに9割決まる』『AI時代の子育て戦略』など。

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(書評サイト HONZ代表 成毛 眞 写真=AP/アフロ)