名古屋が元気になるカギはどこにあるのか
高層ビルが立ち並ぶ名古屋駅前。再開発はまだ続く(筆者撮影)
名古屋を中心とした中部(中京)経済圏は、トヨタグループを始めとして、日本の「モノづくり」を象徴するような個性的な企業が集積している。ナゴヤの経済事情に精通する筆者に、在名放送局を支えるスポンサー気質、名古屋経済のポテンシャルについて記してもらった。
「羽生選手が、うちの商品を使ってくれてるんですよ」
当記事は『GALAC』4月号(3月6日発売)からの転載です(上の雑誌表紙画像をクリックするとブックウォーカーのページにジャンプします)
電話口で興奮気味に話したのは、愛知県豊橋市で高性能マスクやフィルターを製造する会社「くればぁ」の中河原毅専務(現社長)だった。
「羽生選手」とは言わずもがな、フィギュアスケートの王者、羽生結弦選手のこと。時は3年前に遡るが、世界選手権に出場するため中国の上海空港に降り立った羽生選手が、「日の丸」のついた大きなマスクをしていた。その姿がテレビに映り、ネットでも拡散されて「あの変わったマスクは何?」と、ファンの間で話題騒然になったという。
「あれは間違いなく、うちが開発したマスク。ただ、まだ発売前でなぜ羽生選手に渡ったのか、わからないんです」と、焦った様子も見せる中河原氏。聞けば1年ほど前、あるスポーツ関係者から「花粉症に悩む選手のためにマスクを作ってほしい」と頼まれ、開発に着手。同社の最新技術を駆使し、直径わずか60ナノメートルという微小な花粉アレルゲンを99%シャットアウトしながら、独自の形状や素材によって息苦しさを感じさせず、約100回洗って再利用できる画期的なマスクを完成させた。
羽生選手が選んだ愛知・豊橋製マスク
一般販売に先立ち、依頼のあったスポーツ関係者に数十個を預けていたうちの一つが、羽生選手の手に渡ったらしいのだ。
2015年3月に東洋経済オンラインで配信した記事(画像:東洋経済オンライン)
「特に誰のためにと聞いていたわけではなく、日本を代表するプロアスリートにも使ってもらい、みんなで応援しようというメッセージを込めて日の丸を小さくあしらいました。決して羽生選手を利用して売ろうとは思っていません」
そんな中河原氏の話を受け、私はすぐさま日本スケート連盟にも確認して記事にまとめ、経済誌のオンラインニュースとして配信した。記事の反響は大きく、新聞やテレビ、雑誌もこぞって「後追い」してくれた。
実は、このマスクは1枚「約1万円」という値段が付いていた。高機能素材をふんだんに用い、50人ほどの従業員で1枚1枚手づくりするため仕方ないのだという。前述のように、同社は「売らんかな」の意識を感じさせない。
愛知県豊橋市で高性能マスクやフィルターを製造する会社「くればぁ」の中河原毅専務(筆者撮影)
むしろ深刻な感染症が拡大したアフリカ諸国に1万枚を無償提供するなど、社会貢献に熱心だ。だからメディアも取り上げやすく、私もその社会活動面について取材したばかりで、今回の特ダネにつながったのだ。
当の羽生選手は特に公式のコメントは出していないが、その後も同社の製品を愛用し続けている。今年の平昌冬季五輪シーズンも、同社の新商品を付けて移動する羽生選手の姿がたびたび見られた。日本スケート連盟もついに同社と正式なオフィシャルサプライヤー契約を結んだ。コカ・コーラ、全日空(ANAグループ)と並んでの大抜擢となったのだ。
モノづくり業界の再編から生まれるドラマ
こうした小粒でもキラリと光る企業が中部圏には数多い。愛知県が認定する「愛知ブランド」企業だけで約371社。そのうち国内外でトップシェアを持つ「ナンバーワン企業」は174社、他社にない製品や技術を有する「オンリーワン企業」が190社挙げられている(2018年2月現在)。
金型や加工機械などの製造業が中心ではあるが、おなじみの「リンナイ」「シヤチハタ」「敷島製パン(パスコ)」から、ヘアカラーの「ホーユー」、救命救急用バルーンの「東海メディカルプロダクツ」など幅広い。中部圏経済の層の厚さを表している。
オンリーワン企業の1つでもある「くればぁ」も、元々は工場の作業着などを下請けする縫製会社だった。しかし、30年ほど前から社内で扱っていた「メッシュ素材」を生かしてオリジナル製品を手がけようと一念発起。自動車やエアコンのフィルター、そしてマスク製造にも進出し、東京の専業メーカーを驚かせる製品を生み出せるほどになった。
ほかにも従来の下請け、孫請けからの脱却を目指す中小企業は少なくない。「東海ゴム工業」の名で知られた現「住友理工」は、エンジン用ゴムの技術を生かして介護用マットレスや介護ロボットなどを開発。自動車部品のプレス加工が主力だった「横山興業」は金属の研磨技術を応用して「カクテルシェーカー」をつくり、海外の一流バーテンダーにも認められるブランドを立ち上げた。
こうした動きは、電気自動車へのシフトが進むと共にますます加速していくはずだ。これまでのガソリン車で重宝された製品や技術が、一切必要とされなくなる。異業種への参入を含めたあらゆる再編の動きが進む。
そこからさまざまな「ニュース」が生まれ、悲喜こもごもの「ドラマ」が生まれる。それはテレビ放送の格好の題材ともなるだろう。
ソフト面では新しい人材育成が不可欠
一方、モノづくりから目を移すと、また違った構図が見えてくる。
たとえば観光業やまちづくり。昨年は名古屋市港区にオープンしたテーマパーク「レゴランド・ジャパン」が、いい意味でも悪い意味でも話題を集めた。
いい意味でも悪い意味でも話題を集めた「レゴランド・ジャパン」(写真:許斐健太)
観光資源の乏しかった港エリア活性化の起爆剤として期待されたが、ふたを開ければ入場料の高さや食事の質などに不満の声が噴出。パーク側は何段階もの割引キャンペーンを打ち、弁当や水筒の持ち込みも認めるなどして改善を図った。しかし、そもそも隣接する商業施設や市内の他の観光スポットとの連携がほとんどなく、互いにカバーし合ったり、全体で盛り上げたりする動きが見られなかった。
これは地域としてモノづくりに偏重し、観光やソフト産業の人材育成が軽視されてきた弊害だと言える。名古屋城やトヨタ系の記念館にしても、車以外でのアクセスや交通案内、英語対応などは決して十分ではない。私の知るデザイナーや都市プランナーからは「名古屋は目に見えないもの、形にならないものにおカネが回らない」と常々不満を聞かされていた。
そうしたなかで、ソフトウエアの分野から斬新なアイデアや企画を打ち立て、全国展開する名古屋企業も現れてきている。スマホゲームを中心としたIT企業の「エイチーム」や、オンライン請求書作成サービスの「Misoca(ミソカ)」などが代表として挙げられるだろう。
こうした企業の経営陣には、「まち」や「社会」に意識的な若い世代が多い。すでに「エイチーム」は地元ラジオ局の人気番組の冠スポンサーとなっており、「Misoca」の役員は名古屋の社会起業家やスタートアップ支援の組織にもかかわっている。
彼らのような人材を中心として、今後のまちづくりや情報発信がどう盛り上がるのか、注目したいところだ。
「自虐ネタ」からの脱却がカギ!?
人材と放送との関係では、「芸能」についても触れておきたい。
古くから芸どころとされていた名古屋だが、いわゆる「芸能人」は決して多くなかった。名古屋学院大学現代社会学部の江口忍教授は、経済的に「元気な名古屋」と言われ始めた2002年ごろ、出身地別の人気芸能人の数を分析した。すると名古屋は東京や大阪はおろか、福岡などの地方都市に比べても圧倒的にランクが低いことがわかった。人口規模に対するタレントの輩出率は、全国で最下位レベルだったのだ。
これは東京、大阪に対するコンプレックスが大きいことや、地縁・血縁の強力なネットワークによって「出る杭を打つ」風土になってしまったからだと、江口教授は見る。
しかし、ここにも変化の兆しは現れてきている。近年、AKBグループからいち早く派生したのが名古屋のSKE48であったり、男性グループでも名古屋ローカルだった「BOYS AND MEN(ボイメン)」が全国デビューしたりという流れができた。俳優では武井咲や玉木宏、お笑いではスピードワゴンなど、名古屋エリア出身でブレークしている芸能人は少なくない。
「彼らは従来の名古屋人タレントのように、田舎性を強調した『自虐ネタ』を前面に出すことがない。親世代も含めて名古屋人が自信を持ったことの表れだろう。今後はそうしたポジティブさが、産業以外で全国から人や注目を集めるために重要だ」と江口教授は指摘する。
横浜出身の筆者は、2005年の愛知万博開催の前年から名古屋に在住している。万博も当初は「ガラガラだ」「弁当が持ち込めない」などと批判され、自虐的な雰囲気が漂った。しかしそこから盛り返し、最終的には予想以上の成功で終わった。同時期に出現したお嬢様スタイルの「名古屋嬢」なども、ひと昔前なら冷笑的に語られたネタだったかもしれないが、実際に東京でももてはやされ、「自虐」が「自信」に変わっていく様子を目の当たりにできた。
こうしたさまざまな転換が放送の「新しい風」にも反映されていると思えるのだが、いかがだろうか。