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●ソニーが抱える危機感の中身

ソニーは2月2日、同社 取締役 代表執行役 社長 兼 CEOの平井 一夫氏が4月1日付で社長を退任し、取締役会長に就任すると発表した。新たな社長 兼 CEOには、副社長 兼 CFOの吉田憲一郎氏が昇格する。

吉田氏は財務畑を歩んできた人物で、2000年にはソニーコミュニケーションネットワーク(その後ソネット、現ソニーネットワークコミュニケーションズ)に移り、2005年に同社 代表取締役社長に就任。2013年12月に平井氏の要請もあり、ソニー本社の執行役 EVP CSO(最高戦略責任者) 兼 デピュティ CFO就任した。

2015年4月に現在の副社長 兼 CFOに就いた後には、経営規律の正常化と高収益企業への脱皮を図るために奔走。大きくマイナス基調であったキャッシュフローの持ち直しに成功し、同日に発表された今期の通期見通しでも同社過去最高益となる7200億円を見込むなど、平井氏と二人三脚でソニー立て直しに尽力してきた。

平井氏は、吉田氏を「CFOとしてのみならず、経営パートナーとして一緒に主導してくれた。戦略思考と多様な事業領域の幅広い知見を持ち、リーダーシップを含め、(新CEOに)最もふさわしい人物」と評価する。

○「SONY」ブランドをより高められるか

吉田氏は記者会見の冒頭、「1997年度以来の最高業績を見通せるようになったのは喜ばしいが、それは我々が20年間、自分自身を超えられなかった会社だったと思ってる」と語り、過去最高益とは思えぬ、そして就任会見とも思えぬ、緊張の面持ちで言葉を口にした。

実のところ、過去最高益の中身が悪いとは言えない。第1四半期〜第3四半期の連結業績では売上高が前年同期比15.7%増の6兆5930億円、一時要因を除いた調整後営業利益の比較でも同65.2%増の6684億円と、現時点で過去最高益を達成している。

売上高の通期見通しでは、ゲーム&ネットワークサービス分野が600億円、モバイルコミュニケーション分野が400億円、半導体で300億円のマイナス修正があるものの、売上高の通期見通しは維持、営業利益では+900億円の予想だ。2016年度の第3四半期には期初から2932億円悪化したキャッシュフローも、同期比で2013億円の改善(+1769億円)を果たした。

「(停滞していた)20年の間、グローバルの環境は変わった。グローバルの中で、ソニーの位置付けは大きく異なったし、競争力を高めていけるのかという課題は、平井とともに共有している危機感だ。ソニーの最大の強みは、世界に親しまれている『SONY』のブランドであり、それは最大の資産でもある」(吉田氏)

危機感の中身は「市場環境の変化」と「ソニー自身」。

例えば全社好調の中、2四半期連続で通期の売上見通しを引き下げたモバイル・コミュニケーション分野は、主力スマートフォンのXperiaが二眼カメラやワイドディスプレイなどのトレンドに乗り遅れ、販売見通しを前年度割れの1400万台まで引き下げた。細かい点では、今四半期決算からセグメントの表示順がこれまでの最上位から、6番手まで引き下げられた。好調な半導体分野が7番手にあるとはいえ、優先度が高いとは言い難い状況にあるのだろう。

吉田氏の後任としてCFOに就任する十時 裕樹氏はソニーモバイルコミュニケーションズ 代表取締役社長 兼 CEOだったが、4月1日付ではこの領域を外れ、モバイルコミュニケーション事業担当の後任には石塚 茂樹氏が就くものの、同日付でソニーモバイルコミュニケーションズの社長就任は決まっていない。吉田氏は「新しい3カ年の中期経営計画は新しい体制で推進するが、今日の発表以外にもいくつかの人事・組織変更を議論している」と語っており、もうひと波乱がありそうだ。

市場の変化への対応力ではもう一点、イメージセンサーが好調な半導体分野がある。こちらは、昨対比でモバイル向けイメージセンサーの販売数量が大幅な増加を記録して増収増益だったが、売上高の通期見通しは300億円下方修正された。AppleのiPhone Xの減産が話題となったタイミングでの修正で報道陣から質問が富んだが「中国のスマホ市場が減速したことによる同国メーカーの受注減。それ以外は想定通りの推移」(吉田氏)。

そのため、好調な半導体事業や映画事業など、バランスシートが重たくなる投資が多い事業の経営判断については「投資判断を間違わないようにしたい」と吉田氏は慎重な姿勢を見せる。ただ、同事業はモバイル用途以外にも各種センシングや監視カメラ、FA(ファクトリー・オートメーション)、先日車メーカーらとの協業が発表された車載向けなど好材料もあるため、長期的な成長が見込めると判断しているようだ。

●吉田氏「時価総額で見ると、ソニー復活は道半ば」

一方で、退任する平井氏も危惧するのが「好業績を背景とした気の緩み、危機感や緊張感がなくなることが心配だ」(平井氏)。吉田氏も、バランスシートの改善は緒についたばかりであり、そもそもグローバルメーカーとして競争力が付いていないという見立てを話す。

「(株式市場の)時価総額という形で世の中(の企業価値)を見てみると、以前のトップ企業は『資源』企業ばかりだったものが、今はテクノロジー企業が多くを占める。ソニーはテクノロジーの会社。だからそこに、危機感がある」(吉田氏)

平井氏はこの数年間、ソニーのミッションを「お客さまに『感動』を提供する」と掲げ、コンシューマーエレクトロニクスの再生を果たした。PS4のゲーム&ネットワークサービスは、定額制サービス「PS+」のグローバル会員数が3000万人を超え、テレビやカメラなどは一時期戦犯視されながらも高収益が見込めるハイエンド市場を果敢に攻め、着実に成果を残した。

吉田氏はこの路線を引き継ぐとしつつも、感動を提供するビジネス側、B2B事業の拡大も示唆した。

「会社の競争力を上げていく上で、『感動の提供』というキーワードに合わせるならば形としてはコンテンツとIPが重要になる。映画事業ではジュマンジが好調だったが、これは1995年に作られたIPだ。今回のヒットではなくIPの価値が上がったことが重要で、同様にコンテンツ面ではユーザーに近いPSNも投資すべきポイント。クリエイターに近いところとユーザーに近いところ、ここへの投資を増やして企業価値を上げていきたい」(吉田氏)

質疑応答で吉田氏は、「短い時間軸であれば、私という議論だったようだ」と語ったように、財務畑の吉田氏はあくまでソニーの財務基盤をより強固にするための中継ぎであり、テクノロジーをよりよく知る「次期経営者候補」の育成期間なのかもしれない。

過去最高益だった1997年、その次に高い利益水準だった2007年の翌年以降は利益水準を維持できず、韓国勢の台頭を許した。同じ轍を踏まぬためにも「持続的に高水準の利益を黒く出来るかが大きなチャレンジ。経営陣としてやらなければならないところ」(吉田氏)と話す。

九州の新聞社が「九州の出身として経営に活かしたいことは?」と尋ね、「生まれは熊本、親が公務員だったため九州内で転勤が多く、文化が異なる環境に揉まれ、適応力が付いた」と笑顔で答えた吉田氏だが、平井氏と同じく非テクノロジー領域の人間が持ち味の"適応力"でソニーを更なる高みへと導けるか。

今、一番愛用している自社製品と語ったロボット「aibo」が成功するか否かが、ある意味で「吉田ソニー」の運命を握っているのかもしれない。