ここ10年ほどで家賃保証会社が爆発的に増え、審査が甘くなったことによって起きている事態とは?(撮影:今井康一)

家賃滞納が増えている。雇用の不安定さや景気の停滞といった理由もあるが、「それ以上に根の深い問題がある」と、大家から依頼されこの15年で2000人以上の家賃滞納者と向き合ってきた司法書士の太田垣章子氏は語る。

天空の城として知られる兵庫県の竹田城城主の末裔という名家に生まれた太田垣氏は、離婚後にシングルマザーとして極貧生活を送った経験の主。滞納はしてはならないものとしながらも、経済的に困窮し、滞納せざるをえなかった人の人生をなんとかいい方向に向かわせたいと、奮戦している。

なぜ滞納が増えているのか

多くの人にとっては、家賃は最大の支出であり、一般には、手取り収入の3分の1以下が、生活を破綻させないためにも、望ましいとされている。かつては仲介にあたる不動産会社がこの点を慎重に審査した。滞納する人を入居させたとなると大家さんに責められ、仕事を失いかねないからである。

ところが、ここ10年ほどで家賃保証会社が爆発的に増え、審査が甘くなった。家賃保証会社とは賃貸住宅の契約時に連帯保証人を代行する会社で、家賃滞納があった場合には借りた人に代わって払ってくれる。もちろん、ずっと払ってくれるわけではなく、払った額が一定以上になると厳しい取り立てが始まるが、それは不動産会社には関係ない。保証会社が払ってくれるなら、本人の支払い能力はさほど問わなくても良いと考える不動産会社が出てきたのである。

しかも、家賃保証会社の審査も競合が多いので大甘だ。2016年に国土交通省が任意の登録制度を作るまで監督官庁が明確でなかった家賃保証会社は、許認可要らずで設立可能。全体で何社あるのかもわからない業界である。消費者金融で取り立てをしていた人が立替えた家賃を回収しているケースが多いと聞けばおおよそ、どのような業界かは推察できよう。

結果、手取り20万円の収入の人が家賃10万円のマンションを借りるなど、何かあれば払えなくなっても不思議はないケースも頻出するようになった。生活費が足りなくなったらキャッシングも容易だし、若い人の場合は転職を安易に考えて失業状態に至ることもしばしば。

加えて家賃は携帯電話やガス・電気などのように払わなければ使えなくなるわけではなく、取り立ても厳しくはない。そのため、支払いが後回しにされがちで、気づくと借金まみれのうえに、滞納が3カ月以上にも及ぶなど、払えなくなってしまうのである。

そんな家賃滞納者には2種類、目立つ人たちがいるという。1つは「家賃など払わなくても平気」と考える、モラルの低い人々だ。滞納が3カ月以上になると明け渡し訴訟が提起され、事前の催告を経て強制執行に至ることになる。強制執行では執行官、執行業者が室内にあるすべてのモノを撤去、室内をカラにしたうえ、住んでいる人も退去させられる。住む場所がなくなるわけで、普通ならそんな事態は回避したいと思うはずだ。

だが、そうした人々が慌てることはない。執行は催告から1カ月後と決まっており、その間は普通に住み続け、大体は直前に身の回りのモノだけを持って出て行くのだという。

「強制執行で室内に入ってみるとまだ温かい湯飲みが置かれていることなどもあり、直前まで普通に生活していたことがうかがえます。ランチ営業後に執行してくれと告げてきた飲食店では、ランチタイムで使った皿が汚れたまま積まれ、鍋の油がまだ熱い状態で経営者が出ていきました」と、太田垣氏は話す。

家賃を払わずに次から次へと引っ越す人も

強制執行にかかる費用は本来、執行される人、つまり入居者が負担することになっているが、家賃を滞納している人に払えるはずはなく、たいていは大家負担になる。それを防ぐ意味もあり、太田垣氏は入居者に連絡を取り、強制執行前の任意退去を勧めているが、彼らにとって強制執行は慣れたもの。

「聞くと親もそうだったというケースが多い。貧困の負の連鎖があるのです。そうした人たちは払えないなら払わなくていい、いざとなったら生活保護があると思っています」

しかも、強制執行に至る滞納をしていても家賃保証会社が保証してくれれば、次の住宅は借りられる。住宅ローンなどの場合、信用情報は共有されており、滞納があった場合には次を借りることは難しいが、家賃保証会社間の情報共有は極めて限定的だ。滞納をしても次から次に引っ越せば、家賃を払わずに住み続けられると考えている人もいるのである。

もう1つは、親子関係が悪い人たちだ。貧困と親子関係がダブルということもある。女性の場合は親が許さない結婚をしたため、夫が失業して逼迫するなどしても親に頼れず、滞納が始まり、どうしようもなくなるというのが典型的な例だ。

親に結婚を反対されて家を出て2人で暮らし始めたものの、夫婦ともに精神疾患を患い、失業して家賃が支払えなくなる人たちも少なくない。しかも、彼女が妊娠中という例もあった。

この時には太田垣氏が付き添って両家の親たちと話し合いの場を持ったものの、実家に戻れ、中絶しろと主張する親と意見が合わず、結局、2人は行政を頼って生活保護を受給することになり、転居していったそうだ。

男性の場合には失業や引きこもり、精神疾患などで実家に戻ってくると世間体が悪いと考える親が息子に一人暮らしをさせていたものの、そこで滞納が発生というケースが目立つ。

「親は元校長で地元の名士。息子は大手企業に勤めていたのに脱サラして、起業に失敗。地元に戻ってきてほしくない親は滞納の度に払い続けてきましたが、高齢になって払えなくなった。そこで息子を退去させることになったのですが、40代を過ぎるまで自立できなかった子どもはもちろん、世間体優先できた親にも責任があるのでは。情けない話です」

滞納者を説得し、人生にかかわる

この男性は強制執行で出て行ったそうだが、日本では住む場所がなくなると生活に大きな支障を来す。日本のほぼすべての書類には住所を書く必要があるからだ。それが書けないとしたら仕事を見つけるのはもちろん、新たな携帯電話すら手に入れられない。前述のようにずる賢く立ち回れる人もいるが、それ以外の滞納者にとっては、強制執行は大きなペナルティなのである。

そのため、太田垣氏は可能なかぎり、滞納者にかかわり、強制執行を避けようとしている。任意退去のほうが大家の負担が少ないということもあるが、滞納者に傷がつくのを避けられるだけでなく、可能であれば金銭感覚や親子関係を変え、人生をやり直してほしいと考えているからだ。

明け渡し訴訟を弁護士に頼む場合、物理的なやり取りはほぼ必要ない。こうした中、現地に赴いたり、滞納者と話をしたり、親との話し合いを調整したり、さらには、生活保護申請に同行したり、といった訴訟に関係のない雑務をやっているのは、おそらく日本広しといえど太田垣氏くらいだろう。


自らも、離婚後シングルマザーとなり苦労した経験を持つ太田垣氏(写真:太田垣氏提供)

太田垣氏がここまで真摯に滞納者と向き合う理由は、冒頭にあるとおりだ。太田垣氏自身、家賃支払いにも苦しむ極貧時代を送った経験があるからである。竹田城城主の太田垣家の末裔として裕福な家に育った太田垣氏は見合いで病院経営者と結婚。何不自由ない生活を送っていたが、子どもが生まれてすぐに夫の不倫が発覚。6カ月の息子を連れて離婚した。

世間体を気にする実家での生活に耐え兼ね、自立はしたものの、シングルマザーにできる仕事は少なく、生活はかつかつ。そこで司法書士の資格取得を思いつくのだが、それまで法律を勉強したこともない身には容易なことではない。

家賃と勉強のための費用を払うと残りが3万円。それで食費、光熱費、雑費を賄い、夜11時から夜更けまで、夏には38度にもなる部屋で勉強をしたという6年間は長く、苦しく、通勤途中で何度もこのまま電車に飛び込んだら楽になれると思った。

母の日に花束を送ってくれる女性

5回目の挑戦で資格を取得したが、シングルマザーを雇う事務所はなかった。最初の1カ月は無給という条件で職を得たものの、収入は相変わらず少ない。そこで思いついたのが不動産会社への営業だが、いちばんおいしい仕事である登記はほかの会社に頼んでいることが多く、いくら回っても仕事が取れない。そんな時に家賃滞納に困っている会社と出合い、やったことのない明け渡し訴訟に携わったのが今につながった。

そうした経験から、太田垣氏のシングルマザーなどの困窮者に向ける目は優しい。数は多くはないが、そうしたかかわりが功を奏したこともある。毎年、母の日に送られてくる花束の1つは、かつて支援した女性からだ。彼女は、親が認めぬ結婚後、3人の子どもをもうけたが、夫が働かないうえ、薬物使用で逮捕され、家賃が払えない状態に陥っていた。

この女性は夫の逮捕直後に離婚し、太田垣氏の助言で親に頭を下げて滞納分を払ってもらい、母子のシェルターに身を寄せた。その後、働いて自立できるようになったそうで、太田垣氏との出会いが転機だったとそれ以来花が届くという。

滞納に至る無駄遣いを見直し、引っ越しをして生活を立て直すべき、とアドバイスした男性から数年後に「ようやく正社員になれました」と手紙をもらったこともあるという。親身のアドバイスが人を変えることもあるのだ。

とはいえ、世の中には滞納者は多く、住宅に困っている人も減ってはいない。太田垣氏は日本には金銭教育がないことを指摘し、身の丈にあった暮らしを考える必要性を説いている。また、自分ができることとして、「R65+」という高齢者が賃貸を借りやすい仕組み作りにかかわっている。いずれはシングルマザー向けの基金もと考えているそうである。