「王族狩り」を始めたムハンマド皇太子(写真右)と父親のサルマン国王(写真左)(写真:Saudi Press Agency/ロイター)

世界最大級の産油国サウジアラビアが王族の汚職疑惑に揺れている。不可侵とされてきた王族らが汚職疑惑で拘束されているのだ。サルマン・ビン・アブドルアジーズ国王の子息ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が率いる汚職対策委員会が4日、国王令で突如として創設され、王子11人、閣僚や元閣僚、資産家ら数十人が拘束された。凍結されたサウジ国内の銀行口座はすでに1700を超え、最終的に数百人が摘発される見通しとなっている。

王族の汚職は批判を集め、王子らの散財は国家財政の重荷になっており、国民はおおむね歓迎している。ただ、サウジ王族は約2万人にも上るといわれ、汚職の基準はあいまいで王族の散財は長年の慣行だ。

そこに突然振るわれた「大ナタ」は、ムハンマド皇太子が進める石油依存からの脱却を目指す経済改革に資するものだが、恣意的な政敵の排除に使われているとの指摘もある。次期国王の最有力候補である皇太子の独裁化や王族内部の不和を懸念する声も上がっている。

初代国王の子息には月給3000万円

サウジは1932年、アブドルアジーズ・イブン・サウードが勅令により建国を宣言し、初代国王に就任した。26人の妻との間に少なくとも36人の息子がおり、一夫多妻制によって王族はねずみ算式に増え、第6世代までに約2万人を数えるとの説もある。

そのうち影響力のある王族は約200人だ、とファイサル国王研究センターの上級研究員ジョセフ・ケシェシアン氏は話す。首都リヤドを走っていると、壮麗な王族の宮殿に出くわすこともしばしば。巨大な敷地にプールやテニスコートなどを備え、100を超す部屋があるという。

その資金はどこから出ているのか。王族の財布の中身をうかがい知る機会は少ないが、内部告発サイト「ウィキリークス」が公開した駐サウジ米大使館の外交公電では、1996年時点で制度として石油売却益が王族に分配されている一端が明かされた。

米大使館が、王族に資金を分配するサウジ財務省の部局から得た情報では、アブドルアジーズ初代国王の子息には、月額20万〜27万ドル、孫には月額2万7000ドル、ひ孫には月額1万3000ドル、玄孫には月額8000ドル、遠戚には月額800ドルの固定給が支給されている。

このほか、結婚や宮殿の建設の際には、100万〜300万ドルのボーナスが支給される。この結果、当時の国家予算400億ドルのうち、約5%に相当する約20億ドルが王族に渡っている計算になったという。

サウジ王族の散財ぶりをめぐっては、毎年夏の南仏へのバカンスが話題になる。2015年には同行者を含めて約1000人で3週間滞在し、約6800億円を使ったようだと伝えられた。大型ヨットに高級シャンパンがばんばん開けられ、夏の一時を過ごしたが、治安やプライバシーを理由に海岸から締め出された地元民からは反対運動も巻き起こった。

銀行からの借入金を踏み倒すのは日常茶飯事

有力王族は、固定給だけでは必要な資金は賄えない。政治力はカネと直結するためだ。政府に圧力をかけて国有地の提供を受け、それを不動産開発会社に高額で転売して巨利をむさぼったり、自身の関連会社と不当に高額な契約を結ばせたりするケースが知られる。

欧米の軍需企業との兵器購入での実質的な賄賂も横行してきた。2007年には、英防衛関連大手BAEシステムズが元駐米サウジ大使のバンダル・ビン・スルターン王子に、10年間で10億ポンド(約2400億円=当時)以上の裏金を支払っていたと報じられている。

王族が銀行からの借入金を踏み倒すのは日常茶飯事で、王族のメインバンクであるサウジ国立商業銀行は破綻寸前に至ったこともある。前出の米外交公電では、銀行幹部の話として、銀行側は王族を4階級に分けていたという。

最高位はすでに巨万の財産を保有しているため、資金の借り入れをそもそも求めてこない有力王子たち。2番目が日常的に借り入れを求めるため、銀行側は他行の預金などを担保とするよう内部に周知。3番目は銀行側も資金の貸し付けを拒否する王族で、4番目は実際には王族に属さない取り巻き連中で、相手にするべき対象ではないという。

こうした汚職問題には国民の不信のまなざしが向けられ、2005年に即位したアブドラ・ビン・アブドルアジーズ前国王の時代から手がつけられ始めた。前国王は「肩に汚職問題がのしかかったまま(イスラム教で死後に迎えるとされる)最後の審判にかけられたくない」と兄弟たちに語っていたといわれる。

王子や王女に対する高級ホテルのスイートルームでの無料宿泊や、国営航空サウディアの同行者に対する無制限の無料チケットといった特権が剝奪された。当時のムハンマド・ビン・ナーイフ内相の妻が特権を行使して随行者12人とともにサウディアに搭乗しようとしたところ、「新ルールで無料になる同行者は2人までです」と断られたという。

ただ、アブドラ前国王の汚職対策は、内部からの反発にも直面して、なかなか進展しなかった。初代国王をもじって「サウード株式会社」という、王族の中で蔓延する意識を変えないかぎり、汚職問題はなくならないとの見方が一般的。2030年までに脱石油を目指す経済改革計画「ビジョン2030」で、国民に意識変革を迫る経済開発評議会議長のムハンマド皇太子としては、王族も襟を正す必要性を認識していることは間違いない。

一方、ムハンマド皇太子自身も2015年に5億5000万ドル(約625億円)のヨットを衝動買いしたこともあると伝えられたほか、父親も豪華なバカンスを過ごすことで有名。王族が民間事業に介入して利益を得ることは長年の慣行であり、汚職の線引きは恣意的にならざるをえず、政敵を追い落とすための政略との見方も根強い。実際、皇太子の政治的ライバルと目される、アブドラ前国王の子息で後継候補の1人だったミテブ・ビン・アブドラ国家警備隊長も拘束された。

米ツイッターの大株主も拘束された

今回の拘束劇で意外感をもって受け止められたのは、米金融大手シティグループや、米ツイッターなどの大株主でもある著名投資家で、大富豪のアルワリード・ビン・タラル王子が拘束対象者に名前を連ねていたことだ。

努力家で財を成したアルワリード王子は開明的な発言で知られ、サウジ経済の国際的な顔として積極的にメディアで発言するとともに、ムハンマド皇太子の経済改革にも好意的な発言を行っていた。

それなのに、なぜ拘束対象となったのだろうか。あるサウジウォッチャーは「ムハンマド皇太子がドナルド・トランプ米大統領に配慮した結果ではないか」と解説する。アルワリード王子とトランプ大統領の確執は少なくとも米大統領選前の2015年にさかのぼる。

トランプ氏が提案していたイスラム教徒の米入国禁止問題で、王子は 「あなたは共和党だけでなく、米国全体に対する不名誉だ。大統領選から撤退せよ。勝利することはないのだから」とトランプ氏に向けて投稿。

これに対し、トランプ氏は数時間後、「間抜けな王子が父親のカネで米国の政治家を操ろうとしている。私が当選すればそうはいかない」とつぶやき返した。このつぶやきが仇(あだ)となったらしいのだ。

トランプ大統領とムハンマド皇太子は、年齢こそ離れているが、その政治手法は予測不能で大胆という点で似通っている。スンニ派の盟主を自任するサウジは、シーア派の大国イランと中東地域で覇権争いを演じるが、トランプ大統領は6月のカタール断交や、10月のイラン核合意の破棄警告を筆頭に、サウジ側に立つ姿勢が鮮明だ。ムハンマド皇太子が勢いづいているのは、トランプ氏という超大国の指導者が背後で援護していることも要因の1つだ。

今回の汚職摘発劇でも、トランプ大統領は「サルマン国王と皇太子には絶大な信頼を寄せている。彼らは何をやっているか十分に理解している」とツイートしている。

世界で最も豪華な刑務所

拘束されたと伝えられるのは、アルワリード王子のほか、建設大手ビンラディン・グループのバクル・ビンラディン会長、テレビ局MBCの所有者であるアルワリード・イブラヒム氏ら資産家の面々も含まれる。

米経済紙ウォールストリート・ジャーナルによると、サウジ政府は一連の摘発により、計8000億ドル(約90兆円)の資産の没収を狙っているとの話もある。拘束された王族らが収容されているリヤドの高級ホテル「リッツ・カールトン」は、「世界で最も豪華な刑務所」となっている。

サウジ王族の腐敗問題にメスを入れたり、経済改革を断行したりするのは、人口増加や原油価格の低迷といった構造問題に直面するサウジにとっては不可欠。ムハンマド皇太子の英断は、将来的な課題を先延ばしにせず、手をつけたものとして評価する向きも多い。早い段階で政敵となりうる人物を排除しておくことも、将来的な政治の安定には資するかもしれない。

王室の調和や戒律が厳しいワッハーブ派宗教界との協調で漸進的な改革が進められてきたサウジは、80歳を超す高齢のサルマン国王に代わって実質的に国政を執り仕切るムハンマド皇太子時代になって変質している。

もはや「サウード家のアラビア王国」を意味するサウジアラビアではなく、「サルマン・アラビア」と現国王をもじる表現も登場している。このため、粛清された前国王派らの不満も蓄積している可能性がある。他方、ムハンマド皇太子に権力が集中する現在、反対派として旗幟を鮮明にすれば粛清を免れないだけに、寄らば大樹の陰で皇太子の改革路線に支持が集まるとの予想も多い。