吉野家ホールディングスの河村泰貴社長。「消費者は価格にそうとうシビアになっている」と本音を漏らす(撮影:梅谷秀司)

牛丼チェーン「吉野家」やうどん店「はなまるうどん」を展開する吉野家ホールディングス(HD)。売り上げに占める牛丼への依存度が高い同社だが、ここ数年は積極出店を継続するはなまるうどんが業績を下支えするほか、ステーキ店などを運営するアークミールも利益が改善基調にある。
こうした中、政府がセーフガード(緊急輸入制限)を発動し、8月から米国産の冷凍牛肉の関税率が引き上げられた。米国産牛肉を使用する吉野家はこうした状況にどう対応するのか。牛丼の価格改定に踏み切る可能性や、グループ全体の今後の舵取りについて河村泰貴社長に聞いた。

消費者は価格にシビアになっている

──セーフガードの影響で牛丼価格が見直される可能性は。

牛肉はある程度の在庫を持っているが、今後を見据えて牛肉を確保していく必要がある。セーフガードによる影響だけではなく、現地の牛肉相場も上昇傾向にある。来期(2019年2月期)は原価に影響してくるだろう。


吉野家牛丼は2014年に300円(税込み)から380円(同)に値上げされた(写真:今井康一)

牛丼の価格についてはつねに検討しているが、現時点で値上げする計画はない。2014年に牛丼を300円から380円に値上げしたところ、15%ほど客数が落ち込み、現在も回復しきれていない。消費者は価格にそうとうシビアになっている。

値上げをしたときに、お客様がいったいどこに流れたのか徹底的に調査をした。いちばん多かったのが「食事をしない、ランチを抜く」という回答だ。使えるおカネが限られている中、昼食を週に1〜2回抜くのは平気という消費者が一定数いると受け止めている。

──そもそも吉野家は売り上げに占める牛丼への依存度が高い印象だ。

2004年にBSE(牛海綿状脳症)で牛丼販売中止に追い込まれるなど、当社の歴史は牛肉に左右されてきた。

そこで、日本も含めて世界同時に鶏肉を使用した看板商品を作りたいと考えている。鶏肉は牛肉よりも生産サイクルが短い。仮に鳥インフルエンザが起こったとしても長期間にわたる影響はなく、宗教的タブーもない。進出先のマレーシアでは、牛丼よりも鶏肉商品が売れている店舗もある。

たとえば、焼き鳥については社内の有志を募って勉強している。われわれが日本発祥のブランドということもあるので、新たに投入する商品は和食にルーツのあるものがいいと考えている。


河村泰貴社長は前社長の安部修仁氏と同じく、アルバイトから社長になった(撮影:梅谷秀司)

──吉野家では今年度から新商品の投入サイクルを半年から45日程度に早めた。

1つひとつの商品はそれなりにいいものができたという自負はある。ただ、短い期間に商品を集中して投入したことで商品の訴求が十分にできなかった反省がある。たとえば、7月前半にはサラシア牛丼、ベジ牛定食、沖縄タコライスという新商品を立て続けに投入し、後半には土用の丑の日や、麦とろ牛皿御膳の発売が控えているという状況だった。

割引キャンペーンにしても、2〜3年前と比べて効果が弱くなっている。客数が増えるのはそのときだけで、なかなか持続しない。そこで9〜10月に、吉野家とはなまるうどんで初めてのコラボ企画を実施した。

具体的には「はしご定期券」というものを300円で発売した。これを使えば、吉野家では丼や定食などが80円引きになる一方で、はなまるうどんではうどん1杯ごとに天ぷら1品が無料になる。グループ間の相互集客を図り、客数の増加につなげていきたい。

配送なら牛丼並盛570円でも売れる


吉野家の一部店舗では、デリバリーを実施している(記者撮影)

──6月から一部店舗で出前館と組んで牛丼のデリバリーを開始した。

本当に急いでいる人はわざわざ外食に行かない。自分たちのほうからお客様に近づいていく必要がある。デリバリーでは、牛丼並盛価格が570円(実店舗は380円)だが、お客様の反応は悪くない。

同業他社もデリバリーに参入する中、吉野家牛丼を配達してもらえるという価値が200円近くはあるということがわかった。配達可能な店舗を1店でも多くしていきたい。

――中期経営計画は2年目に入ったが、進捗はどうか。

数字については満足していないが、今期は増収増益の計画だ。昨年からの中計3年間を中長期的な成長のためのファーストステージと位置づけている。「力強い量的な成長にはコミットできません。その代わり、未来に向けた種をまいていろいろと模索していく3年間にさせてください」ということが計画の骨子だ。そういう意味ではお約束どおりという実感だ。

手応えを感じているのは、新型店舗だ。従来の吉野家は、少しでも早く商品を提供するため、従業員がU字型カウンターの中を走り回っていた。ただ、従業員の高齢化などもあり、このスタイルはいつまでも持続可能なものではない。

そこで昨年春、東京の恵比寿駅前店をU字型カウンターがない店舗に改装した。商品の受け取りや下膳をお客様にやってもらい、従業員の負担を軽減している。お客様にとっては、ゆったりと座れるので食後にメールを打ったり、コーヒーを飲んだりすることもできる。単純に料理のおいしさだけを追求するのではなく、そういった付加価値まで提供していかないと、胃袋の奪い合いには勝てない。

今年に入って仙台、名古屋、大阪、博多と全国の大都市にも同様の店舗を広げて検証を始めたが、非常に反応がいい。当社の取り込みが弱かった女性を中心に客数が増えている。

M&Aは成長性を重視する


河村泰貴(かわむら・やすたか)/1968年生まれ。1993年吉野家ディー・アンド・シー(現吉野家ホールディングス)入社。2007年はなまる社長就任。2012年から現職、2014年から事業会社・吉野家の社長を兼任(撮影:梅谷秀司)

──近年、吉野家の国内店舗数は増えていない。国内市場は頭打ちなのか。

これまでは1200店がすべて同じ形式の店舗だった。今後はいくつかの店舗形式に分けることを目指す。一部店舗で実験中の、U字型カウンターを設置しない形式も展開していく。従来型店舗に加え、地域ごとのマーケットに応じた形で出店していきたい。ただ、吉野家は出店してから年数が経っている店舗も多いので、どうしても建て替えが中心になる。

調理工程など人がやることで価値が生まれる仕事以外は、すべて機械化してもいい。食器洗浄ロボットなどの導入実験も進めている。現場の負担軽減と、店舗作業の効率化を実現していきたい。

――グループ全体の今後の展望は。

現在は、はなまるうどんと回転ずしの「海鮮三崎港」が成長している。国内では、はなまるうどんの店舗純増が当分続いていくだろう。海鮮三崎港については、郊外では戦わないという意思決定をして10年近くになる。回転ずしの大手チェーンも都心部への進出を狙い始めているが、今のところは都心部での展開ノウハウを持つ当社が有利に戦えている。

さらに、これらのブランドが成長できているうちに、次の成長エンジンとなるブランドを育てていかなければならない。たとえば、ラーメン店「せたが屋」を昨年6月にグループに招いたのはその1つ。当社のM&A戦略は、ターンアラウンド型(再生型事業投資)よりも、成長性に重きを置いている。国内外で成長を期待できるブランドがあれば考えていきたい。

(『週刊東洋経済』10月21日号「この人に聞く」に加筆)