2015年12月17日、トヨタ本社ビル近くの研修センターにて「評価者訓練」の研修が行われた。参加者は工場の品質管理部やITマネジメント部、海外渉外部などの12人。朝8時から研修がはじまった。

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トヨタ自動車では、新任管理職向けに部下との面談に特化した研修が行われている。今回は新任部長向け研修にメディアとして初潜入。その様子を、東京大学中原淳准教授による解説とともにお送りする。

「評価が下がったことをどう伝えるか」「遅刻の多い部下をどう注意するか」「不本意な部署移動をどう伝えるか」など、部下との面談に苦手意識を持つ管理職は多い。特に近年は、ダイバーシティの広がりによって、年上の部下や外国人部下などが増えた。そのうえ、ハラスメントなどに気を使うようになり、1対1での面談の難易度が増している。

トヨタ自動車では、2015年から管理職養成プログラムが刷新された。新しい管理職向け研修の通称“幹プロ”に取り入れられているのが、面談ロールプレーを行い、部下面談におけるコミュニケーションの手法を学ぶ「評価者訓練」と呼ばれる研修だ。

今回、人材育成を専門とする東京大学中原淳准教授とともに、新任課長(基幹職3級)向け研修の講師役となる新任部長(基幹職一級)らが、「教え方を学ぶ」アドバイザー養成研修に潜入。研修内容をダイジェストでお伝えする。

■トヨタのマネジャーが面談で求められること

1日かけて部下面談を学ぶ「評価者訓練」は、面談に必要なコミュニケーションの基本と人材育成について学ぶ講義から始まる。

担当の講師は人事部所属の精神科医。上司/部下、先輩/後輩の関係の中で「教え/教えられる風土」を重んじるトヨタでは多くの研修において社員が講師を務める。

研修冒頭に講師が強調していたのは、面談時に「感じる」ことの大切さだ。単に言葉のやり取りをするのではなく、言葉以外の部分にフォーカスし、相手がどう感じているかに意識を向ける。その結果、納得感が得られ、やる気にもつながるという。確かに「あなたはB評価です」と評価の結果を一方的に伝え、理由を説明するだけの面談では、不満が残るだけだろう。「見る」「聴く」「伝える」ことを通じて、「感じる/感じさせる」を実践するのが「面談」という場なのだ。

また、部下との面談に臨む基本マインド(心構え)として、講師は下記の4点を挙げた。

▼心構え
自尊心を大切にする/共感的に聴き、フィードバックする/協力を求めつつ援助する/上司として期待を伝える

言いにくいことを伝えるときほど、相手を尊重し、支援する姿勢を見せなくてはならない。加えて、面談で求められるスキルは下記の7つと、講師は順を追って説明する。

▼スキル
雰囲気づくり/目的を明確にする説明/共感的に聴く/認める/質問する/説明する/振り返る

研修を通して、面談というのは、さまざまなスキルが要求される高度なコミュニケーションの場だということがわかる。特に「共感的に聴く」ことが、苦手な人が多いといい、「言葉を聞くだけでなく、ノンバーバル(非言語)な部分を大事に“聴く”ことが大切」と強調された。

■iPadでロールプレートヨタの面談指導法

面談の流れは、(1)発言のしやすい場をつくる「アイスブレーク」、(2)「見る」「聴く」「伝える」ことを通じて、「感じる/感じさせる」を実践する「面談」、(3)やる気を持って面談を終える「クロージング」の3ステップ。この順番であらかじめ準備し、シミュレーションしておくとよいのだそうだ。

講義の後は、3人1組で面談のロールプレー演習。3人が部下役、上司役、観察役に分かれ、ケースを30分かけて読み込む。その後、10分間でロールプレー面談を行う。面談の様子はiPadで撮影され、終了後に3人でフィードバックしあう。動画は社内のイントラネットにアップされ、該当者が見られる状態になるという。

その後も、研修参加者全員での全体討議や講師からの講評をはさみながらロールプレー演習が進められる。研修ではこれを「成果のあがらない年上の部下」「プライドの高い若手社員」「そこそこの意識で働く事務職」といった3つのケースについて、かわるがわる夕方まで続け、最後に全体のまとめをして終了、というのが8時間の研修プログラムの大まかな流れだ。

■フィードバック面談は「立て直し」のお手伝い

このトヨタの研修に参加した中原氏は「正しいフィードバックを上手に行うことは、正しいフィードバックを自ら受けることからはじまる」と話す。

「部下面談の場は、上司が部下に対して、フィードバックする場ですが、通常、面談は密室で行われ、面談そのものについてのフィードバックを受ける機会はありません。しかし、フィードバックはフィードバックを受けることによって上達します。トヨタの研修では、ロールプレーという失敗が許される安全な場で、部下との具体的な場面を想定した面談を行い、その面談についてのフィードバックを受けることができます。しかも、iPadを使って撮影された自分の姿を客観的に見るのは、それだけでとても効果的なフィードバックとなります」(中原氏)

また、研修の終盤に研修講師が「面談は、相手がやる気になって終われるようにしなければならない」と受講生に説明した場面を、中原氏はこう振り返る。

「多くの人がフィードバックを『評価を通知すること』だと誤解していますが、基本は『情報を提示すること』と『立て直しをすること』の両方を含んでいます。フィードバックを『評価を通知すること』だと考えると、相手にとって耳の痛い結果を通知することで、パワハラと言われそうで叱れない、はっきり言えない、と苦手意識を持たれるかもしれません。しかし、面談は『立て直しのお手伝いをする場』と考えれば、前向きにとらえることができるはずです」

次ページからはトヨタの「評価者訓練」研修を参考に、部下別のロールプレーを再現していく。

■面談ロールプレーを再現! 部下のやる気を高める声掛けとは

CASE1:「ワガママ若手」の意識を変える
若手●入社2年目の若手社員。目立つ仕事を求める傾向があり、定型業務や地味な仕事はほかの人に押しつけがち。

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上司「新規プロジェクトは頑張っているけど、ほかの仕事が疎かになっている。先週も、A商事のクレーム対応をXさんに任せきりだったよね。」

若手「すみません。ですが、はっきり言って今は新規プロジェクトのほうが大事だと思うんです。」

上司「君は今後、どうなりたいの?」

若手「X先輩のように、チームを率いるリーダーになりたいです。」

上司「そうか、それならXさんと同じように周りの人と協力しあって仕事を進めていかないと。」

若手「そうですね。」

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▼解決ポイントは「将来の目標を部下自身に語らせる」

トヨタの研修では、最近の若手の傾向を「成長欲求は高いが、短期間で成果を求める。自分を認めてほしい気持ちが強く、自分らしさを発揮する仕事がしたい。納得できる説明を欲しがる」と解説。若手との面談では、こうした傾向を押さえたうえで、プライドを傷つけないように進めることが大切だ。

ポイントは、冷静に聞き役に回り、熱く部下に語らせる中で、矛盾点、ギャップを引き出すようにすること。矛盾点が出てきたら、そのまま鏡のように返すことで相手が自ら気づく可能性が高くなる。

CASE2:「時短イクメン」を効率的に働かせる
イクメン部下●入社10年目のリーダー候補。社内結婚し、昨年第2子が誕生。妻が職場復帰したため、週に2度保育園のお迎えを担当することに。

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上司「ミスが続いているようだけど、やはり週に2回残業できないのはきつい?」

若手「はい、とはいえ、妻の仕事も大事にしてあげたいし、子どもたちとも一緒にいたいです。将来の自分のキャリアは不安ですが。」

上司「そうか。でも、保育園のお迎えがずっと続くわけではないし、私も子どもが2人いるけど、今となっては、子育てで大変なのは一時的なことだったと思えるよ。」

若手「そうでしょうか。」

上司「今は時短勤務なのに、前と同じ働き方をしているから効率が悪く見えてしまう。一緒に仕事の進め方を見直してみよう。」

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▼解決ポイントは「マイナス意見をプラス意見に転換する」

研修では「今後は育児や介護などの理由で、働き方を変えなければならない人が増加する。多様な働き方を積極的に認めていかなければならない」というダイバーシティ推進の方針を共有しつつ、長時間労働を是とする風土を改めるべき、といった意見が参加者から出ていた。

部下は仕事のミスが多発した原因を、自身が「イクメン」であるからと考えているが、解決方法はより効率よく仕事をしてミスを防ぐしかない。面談では、目の前にある解決可能な問題にだけ目を向けさせることがポイントだ。

CASE3:「年上部下」を気持ちよく動かす
年上部下●59歳。社歴40年のベテランで、数々の工場で働いた経験のある生産管理のエキスパート。最近仕事の効率が下がり気味。

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上司「管理職として言わせていただくのですが、Yさんにはもう少し若手の育成に関わっていただきたいと思っています。」

若手「でも、今の若手はなにも聞いてこないし、自分で勉強する気がない子も多い。昔は自分で勉強したもんなんですけどね。」

上司「そうでしょうか。若手たちはYさんの持つ知識、経験から学びたいと思っていると思いますよ。B工場のZさんが勉強会を開いたところ、若手がたくさん集まったそうですよ。」

若手「そうなんですか?」

上司「Yさんの40年の知識と経験は会社にとって貴重な財産です。会社の未来のためにも、若手向けの勉強会を開いてもらえませんか。」

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▼解決ポイントは「ベテランならではの役割を与える」

「年上の部下」は、トヨタ社内でも増加傾向にあり、このことが、マネジメントを難しくしている要因の一つとなっているという。研修では、年長者に対する敬意を持って接することを大前提としながらも、管理職という立場として、伝えるべきことはきちんと伝えるべき、という意見が参加者から出た。

知識や経験が豊富な先輩として扱い、自尊心を傷つけないよう、「会社のためにやってほしい」などと組織全体に関わる役割であることを示しながら、要望を伝えるようにするのがポイント。

■東大 中原先生が教える部下を動かすフィードバック法

フィードバックについての研究から導き出されるポイントは次の3点です。(1)行動を具体的に指摘する――情報を提示する際は、「どんな状況で、どんな行動が、なぜだめだったのか」を具体的に伝える。(2)鏡のように見えたまま伝える――情報を提示したうえで、評価などを伝える場合は、「私の目には仕事量が多すぎて、手に負えなくなっているように見えます」などと、見えたままを淡々と鏡のように伝える。(3)立て直しのお手伝いをする――情報を提示し、評価を伝えたら、相手に理想はどうありたいのかを語ってもらう。そのうえで、「めざすゴール」と「現在の状況」とのギャップを意識させ、解決策をともに考え、言葉にさせます。自己決定させることが大切です。

部下面談は多くの場合、密室という高ストレスの閉鎖環境で行われるため、緊張しますし、とかく感情に流されてしまいがちです。必ず事前準備を行ってから面談に臨みましょう。トヨタの研修でもロールプレー演習の前に、しっかりと準備の時間を取っていました。

私がおすすめするのは図のような「面談作戦シート」の作成です。

準備段階で重要なのは正確な情報をいかに蓄積できているか。そのためには普段から相手のことをよく観察する必要があります。良いことも悪いことも含めて、いつ、どこで、何をしたことで、どのような結果をもたらしたか。面談作戦シートに、なるべく具体的に書き込んでおきましょう。このことが面談の成否を分けます。

メモ程度でも構いませんので、部下との面談の前にこのような作戦シートを作成し、シミュレーションを行っておけば、落ち着いて伝えるべきことを伝えられます。前向きな形で面談を終えられる流れもつくりやすくなります。そうすれば、面談の場を、効果的な「部下育成の場」にすることができるでしょう。

 

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中原 淳
東京大学 大学総合教育研究センター 准教授。東京大学卒業後、大阪大学大学院人間科学研究科、米MIT客員研究員などを経て、2006年より現職。『企業内人材育成入門』など著書多数。
 

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(的野弘路=撮影 解説:東京大学 中原淳准教授)