世界でもっとも有名な絵のひとつ、ムンクの『叫び』。美術の教科書でもおなじみだ。タイトルからして、あれは描かれている人物が叫んでいる絵だと思っている人もいると思うが、実はあの人、叫んでいない。実際に『叫び』の絵があるノルウェー・オスロに行って、真相(?)を確かめてきた。



描かれているのはムンクでもないし、叫んでもいない


「『叫び』の絵は、人が叫んでいるのではなく、自然をつんざく叫びが聞こえているんです」

そう教えてくれたのはノルウェー・オスロにあるムンク美術館のスタッフ。ムンクの作品だけを展示する同館は、いわばムンクファンの聖地ともいえる場所だ。



スタッフに見せてもらった日本語の解説本によると、ムンクは『叫び』について、以下のように書き残している。

「二人の友人と外を歩いていると、太陽が沈み始めた。見る見るうちに空が血のように赤く染まる。私は疲れを感じて立ち止まり、フェンスにもたれかかる。蒼黒いフィヨルドと街の上空が血と炎で彩られる。友人たちは歩みを続ける。私はそこに突っ立ったまま不安に身を震わせる。自然をつんざく終わりのない叫びを感じて」(『ムンク ムンク・オスロ博物館』より)

なるほど、そう言われれば、たしかに人は叫んでいるのではなく、叫びにおののいて耳をふさいでいるように見える。

ところで私にはもうひとつ絵に関する誤解があって、「ムンクの叫び」が作品名だと思っていた。正しくはエドヴァルド・ムンクという画家の『叫び』(英語では『Scream』)という作品である。

そのためうっかり「叫んでいる人はムンクなのですか?」などというトンチンカンな質問も投げかけてしまったのだが、「誰かはわからないですね」とスタッフはやさしく答えてくれた。

余談だが、翌日訪れたオスロ国立美術館には、ムンクが31歳のときに描いた自画像があったが、『叫び』の絵の人とはまったく違った。



病弱、ストーカー事件…波乱万丈のムンクの人生


ムンクは幼いころに母と姉をなくし、自身も病弱だったという。大人になってからは恋人がストーカーになって発砲事件を起こし左手を負傷させられたり、アルコール依存から精神病を患って入院したりと、波乱万丈な人生を送ってきた。

『叫び』は「生命のフリーズ」という連作のひとつ。連作では「愛」や「死」、それらがもたらす「不安」などがテーマになっているが、テーマのチョイスにはムンクの人生が深く関わっているにちがいない。

『叫び』の絵は何枚あるかわからない


『叫び』の絵は複数あり、ムンク美術館にあるのは、そのうちの3枚である(1枚は記事冒頭の油彩・テンペラ画、ほかにリトグラフとクレヨンバージョンがある)。ただ、実は残念ながら今回訪れたときはいずれも展示されていなかった。スタッフいわく、「とても繊細でこわれやすい作品なので常に展示はしていないんです」とのこと。

ただ、オスロ国立美術館にもテンペラとクレヨンで描かれた『叫び』があり、こちらは常設展示なので、翌日無事に見ることができた。冒頭の絵と比べると、人物の黒目がはっきり描かれているのが特徴だ。

ちなみに『叫び』はこれら4枚のほかに、個人所有のものもある。ムンクは同じモチーフの絵を繰り返し描いて追求した画家で、『叫び』についても点数を明言しておらず、今後新たな叫びが見つかってもおかしくないのだとか。



ムンクグッズと『叫び』ケーキも人気


ムンク美術館はたとえ『叫び』が展示されていなくても、その他の作品も見ごたえたっぷりだ。



また、同館では併設のミュージアムショップも見逃せない。『叫び』をはじめ、さまざまなムンク作品をモチーフにしたグッズの品ぞろえはおそらくオスロ随一。一番人気のアイテムはマグネット。ほかにペンやノート、本などが売れ筋とのこと。




ユニークなところでは、『叫び』Tシャツやベビー服、特大ブランケットもあった。自宅でもムンクの世界に包まれたい人にはおすすめだ。




併設のカフェでは、『叫び』をモチーフにしたケーキ3種も味わえる。『叫び』のシリアスさとスイートな味わいのギャップがたまらない。



オスロはムンクの街


ノルウェーの美術史上でもっとも有名な画家であるムンク。ノルウェー紙幣1000クローネの肖像画モデルにもなっていて、オスロの人たちの誇りだ。空港の土産物屋にもムンクグッズが並び、オスロ美術館の最寄りの地下鉄駅では壁面にムンクの絵が描かれるなど、とにかく街をあげてムンク推しだ。

『叫び』の舞台となったエーケルベルグの丘、ムンクがよく通った「グランド・カフェ」など、ムンクにちなんだ見どころも多い。かつてムンクが暮らしていた建物の1階には、『叫び』を壁面に大きく描いたカフェ「エドヴァルドカフェバー」もある。



世界各地からムンクの絵を見るためだけに訪れる人も少なくないというオスロ。ムンクファンはもちろん、そうでない人も、ぜひ世界的名画に会いに行ってみては。
(古屋江美子)

(取材協力:ノルウェー政府観光局)