気づけば今年も残りわずか。もうすぐお正月、お雑煮のシーズンが到来する。ひとくちにお雑煮と言っても、餅の形、味付け、入る具材などなど、千差万別。実は奥深い世界があるのだ。



日本全国のお雑煮を食べ歩き、お雑煮製造から販売まで手掛けるお雑煮専門店、「お雑煮やさん」の粕谷浩子さんに話を聞いてみた。

お雑煮のプロって?




粕谷さんの目標はお雑煮を特産品として根付かせること。地元のお土産としてだけでなく、インターネットなどでも販売するルートがあれば、より多くの人が各地のお雑煮を楽しめる。そうした思いから、現在「お雑煮やさん」では6種類のお雑煮を販売中。今年の12月には新商品も加わるという。



――HPには「お雑煮マイスター」とありますが、どんなものなのでしょう?
実は「マイスター」を意識しているわけではないんです(笑) あるイベントで紹介された肩書ですね。例えば、学者さんはいろいろなものをカテゴライズして研究する方が多いですが、私はお雑煮をカテゴライズしようと思っていません。「みんな違う」ということを単純に楽しみながら聞き取り、情報を集めているだけです。住んでいるエリアや、各家庭によって違います。みなさん意外と、お隣の家のお雑煮がどんなものか知らないのではないでしょうか?

――確かに、他の家のお雑煮ってあまり食べませんね。
この地域はこの雑煮!という厳密な区分けはないものの、広く見てみると似通っているんです。たくさんお雑煮のサンプルを集めれば地域特性がでてくる。

もちろん、歴史的なことも絡んでいるでしょうね。例えば、「福岡・筑前朝倉地区の蒸し雑煮」。これは茶碗蒸しの中にお餅が入っています。福岡藩は長崎の警護をしていたので、長崎出島は唯一の異国文化と接する場所です。その際に中国から茶碗蒸しが入ってきて、それを地元に持ち帰って伝わったと言われています。飢饉対策で養鶏政策をとっていたため、武士の住む地域で正月の贅沢品としてこのような卵液入りの出汁で蒸された雑煮を食べるようになった、と言われています。

ちなみに蒸し雑煮は地元の人でも知らない方が多かったんですよ。私も知ったときは驚愕でしたね。「ついに蒸しちゃいましたか……」って。



――お雑煮の情報はどのように集めているのですか?
ホームページやSNSで情報を発信すると、何かしら反応がありますね。「うちでこんなのありますよ」って。そこからいろいろなお雑煮について調べています。 

あとは、やっぱり直接聞いちゃう! 役所の人や、その地域の文化に詳しい人ですね。あとは、バスを待ちながら世間話のついでに聞くことも。あとは話を聞くためにお風呂に行くんですよ。みなさんお風呂ってまったりするじゃないですか。いろいろ聞きやすいんですよね。さらに、美容院も毎回変えて、美容師さんに聞いたり(笑)

粕谷さんは話を聞いたついでに、お雑煮をごちそうになることもあるという。人懐っこい笑顔の粕谷さんの人柄もさることながら、お雑煮は地域や家庭によって中身が違うので「うちの雑煮はこうだよ!」とついつい語り、教えたくなってしまうのではないだろうか。

お雑煮との出会い


粕谷さんはご両親の転勤によって、鳥取、北海道、新潟、静岡、広島など、さまざまな地域で幼少期を過ごした。そこで多様なご当地のお雑煮に出会ったことが、お雑煮研究を始めたきっかけになっている。

――やはり、小さいころからお雑煮が好きだったのでしょうか?
お雑煮は特別大好き、というわけではありませんでしたね。お正月に食べるもの、という普通の感覚です。違いに気づくきっかけとなったのは、上越の高田への引っ越し。お雑煮が真っ茶色なんです! こんな地味な雑煮があるんだ!と驚きました。でも、食べてみたらしみじみと美味しい。

特に印象に残っているのは、祖母の家で食べた「牡蠣雑煮」です。牡蠣が丸ごと入っていて、他の地域の人からすると、とても豪華な感じですね。



――引っ越すたびにお家のお雑煮も変わっていたのですか?
いいえ、違いは友達から聞いて知りました。例えば、お正月の時期に、友達の家に遊びに行ってお雑煮をごちそうになって知りました。たぶん、親は知らなかったんじゃないかな。

お雑煮をファストフードに! おすすめのお手軽雑煮レシピも


粕谷さんはほぼ毎日のようにお雑煮を食べているそうだ。「お雑煮はお味噌汁みたいな、日常的で、かろやかな食べ物なんですよ。軽食のアイテムがひとつ増える感じで親しまれるものになるといいですね」と話してくれた。



おススメの食べ方は、出汁にお餅を小さく切ったもの、野菜などを入れて煮込むだけ。腹持ちが良くて身体もあたたまる、お手軽お雑煮の完成だ。お餅を小さく切ればお年寄りや子供も食べやすく、火の通りも早い。溶き卵をまわしかけたり、かんぴょうやひじきなどの乾物を入れたりしてもよいとのこと。入れる野菜や味付けを変えれば、いろいろな楽しみ方ができる。

さらに、ミネストローネやボルシチなど、海外のスープとも合わせることができる。ゆくゆくは海外でも「ZOUNI」文化が広まるかもしれない。大胆なアレンジや時代ごとの変化を取り入れるファストフード感覚の雑煮、そして伝統的なご当地雑煮、粕谷さんはこの2つの流れでマーケットを作りたいそう。



――粕谷さんにとってのお雑煮とは?
面白い、というだけですね。出汁も、具材も、食べ方もいろいろなタイプがあって、なんて多彩なんだ!と。ローカルフードの顔になるようなバリエーションの豊富さです。人の個性と同じようなもので、みんな普通だと思っているけど、並んでみると違いがあって面白いですね。スペシャルじゃなくて、ゆるい感じが好きです。

私はこの豊かなお雑煮ワールドを面白がってほしいと思っていて、『お雑煮マニアックス』という本も11月28日に出版する予定なんです。これは47都道府県のお雑煮を紹介する、おそらく初めての本ではないでしょうか?「こういうの食べてる?」「地元にはこんなのあるよ」と、ついしゃべりたくなる内容です。また、お雑煮についての物語やレシピも載せています。



最近はおせち同様、お雑煮もあまり食べられない傾向がある。若者が食べないだけでなく、高齢化により自分で調理が難しいお年寄りも増えている。そんな中で、粕谷さんはお雑煮を文化としてきちんと残したい、と話してくれた。

地味かもしれないが、実は奥が深いお雑煮の世界。住んでいる場所や家庭ごとの違いを見つけてみるのも面白いだろう。お正月以外でも、ぜひ味わってみて欲しい。

(篠崎夏美/イベニア)

【写真提供:お雑煮やさん】http://www.zouni.jp/