「肉食女子」という言葉がありますが、ステーキや焼肉を好んで食す女性が昨今は非常に増えている印象。そんななか、一際話題になっているのは東京都墨田区立花に本店があるステーキ店「ミスターデンジャー」でしょうか。
とにかく、安い。ボリュームたっぷり。そして、何より美味い! 豊富なステーキソースも、同店のウリの一つでしょう。

ところで、お店の名前が不思議だと思いません? なぜ、こんな物騒な店名なのか。実は店長が、現役当時に「ミスターデンジャー」の異名を取った元プロレスラーの松永光弘さんなんです!


数々のデスマッチを考案し、今では世界中のマットで伝説的存在となっている松永さん。現在は店舗運営で多忙な毎日を送っていらっしゃいますが、その傍らに取り組んでいるのが音楽です。

注目していただきたいのは、松永さんが演奏している楽器について。


聞いて驚かないでください。これ、シャベルに穴を開け、そこにギターの弦を張って完成した、その名も「シャベルギター」です。

松永さん、こういう“自作楽器”を作り続け、ライブで弾き語りを行っているのです。現役時代の姿勢に通じる無茶! こんな彼の音楽活動に向き合う姿勢、そしてなぜ“自作楽器”を開発するようになったのか等々をご本人に聞いてまいりました。

引退後、気持ちが落ちた自分を救ってくれたのが「音楽」だった


――なぜ、音楽活動を始めたのでしょうか?
松永 もともと、WING(松永さんが所属していたプロレス団体)の頃からカラオケレベルで歌は自信あったんですね。当時は、CDをリリースする選手もいましたから。それで当時、巡業で泊まった健康ランドにカラオケボックスがあったので広報に歌を聴いてもらったら「レコード出しましょう」って言われたことはあったんですけど(笑) でも「イメージ的に絶対歌を歌っちゃダメ」と人から言われて、現役時代に音楽は実現しなかったですね。

――ということは、現役時代から「音楽をやってみたい」というお気持ちはあったんですね。
松永 あったんです。で、42歳で最後のデスマッチ(2007年、大谷晋二郎との「ガラスレイン鉄球地獄デスマッチ」)を行って事実上の引退となり、それからは「もう、プロレスラーじゃないんだな」「何を楽しみに生きていこう」と、1年くらい気持ちが落っこちたままでした。復帰した人の気持ちは痛いほどわかります。それからは、筋トレにめちゃめちゃハマった時期もありました。そんな中、嫁さんがギターの弾き語りをしていた縁で通っていた音楽バーに行くようになり、そこで「歌を歌ってみたい」って相談したら「楽器は?」と言われて。でも、私は指が開かないのでギターが弾けないんです。

――どうしてですか?
松永 中学では相撲部に入り一年からレギュラーになったのでしごかれ、成長期にまわしを握りしめ続けて指が内側に変形してしまったんです。その後に入門した空手は「拳をしっかり握れ」という世界ですよね。それで指が開かないことを伝えたら「じゃあベースは?」と勧められました。そして弾き始めた初日に「すごくセンスがいい」と言ってもらえ、気を良くして筋トレはやめることにしました。

――パワーの持っていき場所が音楽になったということですね。
松永 はい。それからは毎週、その店に行ってベースを弾きまくったという。

――それは引退して何年後ですか?
松永 最後に行ったデスマッチを引退とするなら、それから4年後ですね。

――引退後の松永さんはかなり悶々としていた時期があったとお伺いしています。一時期は、プロレスラーの入場テーマ曲も聴くことができなくなったそうで……。
松永 そうです。だから、今のプロレスラーが「引退する」と言っても、私は引退セレモニーに一切行きませんからね。復活するってわかり切ってますから。引退試合とかセレモニーをやってしまうと、気持ちが“ガクン!”と来てしまう。

――ということは、松永さんは音楽があることで救われた部分があるんですね。
松永 もちろん、ありますね。スーザン・ボイルがオーディション番組に出て「I'm 47(私は47歳よ)」と言った動画を観た時、私もちょうど47歳だったんです。「まだいけるかな」って、励みにしました。

ライブ出演のプレッシャーから、シャベルの“ギター化”を思い付く


――松永さんは、初めから自作楽器を作っていたわけではないんですよね?
松永 友達に「俺に一番似合う楽器ってなんだろう?」って相談したらウッドベースを教えてもらい、1カ月くらい特訓して最低限の演奏はできるようになった感じです。

――そこから、なぜ自作楽器になったのでしょう?
松永 K-1にも出るし、アルティメットにも出るし、もともと好奇心は旺盛で、音楽を始めてわずか8カ月の時に「10組くらいのミュージシャンが出てくるライブがあるけど出てもらえませんか?」ってオファーが来て「いいですよ」って言っちゃったんです。その時はウクレレとギタレレのダブルネックとか、2つの楽器を自分でくっ付けたものを考えていました。でも、それが上手くいかなかったんです。相当な演奏技術がないと楽器の行ったり来たりってできなくて、すごく焦りました。「歴戦のミュージシャンが出てくる中で初心者レベルのことをやると大恥をかく」というプレッシャーで。

――「安請け合いしちゃった」という思いがあったわけですか?
松永 思いましたね。それで、知り合いから「アフリカの人たちは電線とかを棒に張ってギターを作ったりしてるよ」と言われたんです。あと、形が柄杓(ひしゃく)にそっくりな「トゥンビ」というインドの弦楽器がありまして、これとの出会いが大きかったですね。


松永 形が柄杓みたいじゃないですか? これを見て「柄杓だったら音が出るんじゃないか?」と思ったんです。それからは音が出たら面白そうな物を探し、まず柄杓とシャベルを思い付きました。ライブの3カ月前にオファーを受け、2カ月間打開策が見つからず、本番の1カ月前になると帯状疱疹が出るくらいに自分は悩んでたんです。

――えーーっ、本当ですか!
松永 そのくらい、私は物事に対して真剣なんですよ。で、ドリルでシャベルに穴を開けてギターの弦を張って、ギターが完成。アンプにシャベルを繋いで弾いたら、“ボ〜ン!”と音が出た。興奮して、その日は眠れなかったです(笑)。「これでもらったな」「ライブは一人舞台になるな」と思いましたよ!

――本番では、どうだったんですか?
松永 最高でしたね! 私は1曲ずつ楽器を替えるというスタイルなので「次は何が出てくるんだろう?」って。自分はプロレスラーだったんで、出番になると「何やるんだろう?」って演者は全員出てきたんですが、そこでいきなりシャベルのギターを出したら大喝采を浴びました。

――ちなみに、“自作楽器”の第2号は何ですか?
松永 家にほうきとちりとりが落ちてて「これを合体させ、ほうきに弦を張ってちりとりに共鳴させたら音が出るんじゃないか?」と。やってみたら「おぉ、音出た!」って(笑)。

――それが、これですか!?
松永 それがこれです!




楽器は、“音”よりも“見た目”を重視


――他に、どんな自作楽器がありますか?
松永 あとは、鎌のハープとか。

――鎌ですか!? WINGらしく(笑)


松永 これはウケが良かったですね。

――今まで、楽器は何個くらい作ったんですか?
松永 30個くらいじゃないですかね。こんなのもありますよ。ホルンに弦を張って弦楽器にしました。



――一瞬気が付かなかったですけど、弦が張ってありますね(笑)。
松永 あと、コモドオオトカゲの木彫りの楽器とかもあります。


松永 最大なのが、この自作ウクレレです。


松永 こういう楽器もありますね。ダブルネックならぬダブルテングのギター。


――これ、どういう効果があるんですか(笑)?
松永 いや、ズバリ言っちゃいますけど、ギター奏者の人たちが「このギターは○○のメーカーで50万円する」とか色々こだわってるじゃないですか? 私は、差がわからないんですよ。申し訳ないけど自己満足だなと思っています。

――なるほど。
松永 リスナーが楽しめるのは、音よりも見た目。音の違いがわからないから「楽器は見た目で選ぶ」という方針に変えたんです。

ライブごとに新しい楽器を期待されてしまう


――現在、多忙な生活を送っていらっしゃると思うんですが、お店の傍らライブ活動はどのくらいのペースでやっていらっしゃいますか?
松永 非常にそれが大変なところでして、仕事に忙殺されてなかなかできないというのが本音ですね。ネタの問題もあるので、今は不定期でライブをやっています。次から次へと、新しいものをみんな求めてきますから。

――「次にどんな楽器を持ってくるんだ?」って期待されていますからね。
松永 そうですね。それで辛くなる時もあります。プロレスの時と同じですね。「次はどんなデスマッチをやるんだろう?」という思いと同じです。だから、ライブは年に4回くらいですかね。

――ところで、松永さんは楽器一つ作るのにどのくらいの期間がかかるんですか?
松永 ものの30分〜1時間でできちゃいます。

――えっ、そうなんですか!?
松永 はい、コツを覚えちゃえば。これなんかは時間かかりましたけど。換気扇が付いてる(笑)。



――これ、換気扇ですか!? ……換気扇だ!
松永 これなんかは2日くらいでしたかね。接着するのに一晩かかり、次の日に穴を開けて弦を張るという感じですね。一番時間がかかったのは、さっきのデカいウクレレでした。あれはベニヤ板を切り出すところからですから。シャベルとかは元々何かある物から作ってますが、ウクレレは本当に一からですから大変でしたねぇ……。

換気扇、ほうき、ちりとり、七福神もギターに


ここからは、松永さんに実際に演奏していただきましょう!
●換気扇ギター




松永 これ、換気扇の音で共鳴して、ちょっと震えた音がしてるっていう。

●シャベルギター




――すごく、いい音がしますね!
松永 これは改良に改良を重ねた、5台目のシャベルギターなんです。やっといい音がするシャベルを見つけたっていう。

――シャベルによって音も違ってくるんですね! あと、ストラップは黒と黄色のロープにしていらっしゃいますね(笑)。

●ほうきちりとりギター




松永 良くないですか、これ?
――すごいいい音しますね! ニューオリンズの人たちが作るギターみたいです。

●ラバーカップギター



松永 これ、トイレの(笑)。
――凄いですね(笑)。でも持ち運びに適してて、使い勝手が良さそうです。
松永 使い勝手、いいですよ!

――「見た目のインパクトを重視している」とおっしゃいましたけど、音としても面白いです!
松永 音としても、十分イケると思います。

●壽老人&湯たんぽギター



――これ、凄いですね(笑)!
松永 繋がなくても生音が出る楽器を初めて作ったのがこれです。

――木の部分は何ですか?
松永 これは壽老人(ことぶきろうじん)という、七福神の一です。「大木金太郎とボボ・ブラジル、どちらが石頭か?」「大木金太郎とブッチャーの石頭世界一決定戦」とテレビでやってた子どもの頃に「石頭世界一は壽老人だろう」って思ってて、思い出深くてついヤフーオークションで落としてしまって。それに湯たんぽをくっ付けて共鳴させるっていう(笑)。

本当は歌を聴いてほしい!


ここで、インタビューのオープニングを振り返ってください。松永さんが音楽活動に興味を持ったきっかけは「歌に自信があったから」。現在、ライブでは弾き語りを行っており、ボイストレーニングも4年積んでいるそうです。
では、松永さんに歌を歌っていただきましょう!




――すごい声量ですね!
松永 ライブハウスでマイクで歌うと、みんなビックリしますよ。私は基本、メインは「歌」なんです。最近、ライブを観に来てくれるお客さんは歌目当ての方も多いですね。

――現役時代、ポーゴさん(松永さんの先輩レスラー)に「声をつぶせ」って言われても譲らなかったというエピソードを聞きましたが(笑)
松永 そうですね。歌を歌えなくなるのが嫌だったんで、声はつぶさなかったです。本来は歌が好きで始めた音楽活動ですから、みんな楽器の方ばかり見て歌を聴いてくれないというジレンマは最初はありました。でも、ここ1年くらい「歌を聴きたい」と言ってくれる人が出てきました。ただ、歌唱力が向上したからといって誰かに演奏を任せヴォーカルだけになったら寂しいとは言われますし、それは自分でも思いますね。“自作楽器”というものを確立したわけですから、歌だけになることはないです。ただ、弾き語りの人たちはギターの練習に多くの時間を割いてあまり歌の練習はしてないので、私は歌の練習に力を入れるようになりました。
――松永さんらしい発想です!

音楽活動は、形を変えた“プロレスの続き”


――現役時代と現在を対比して考えたんですが、松永さんが考案したデスマッチが世界中で真似されているという状況が今ありますよね? だからこそ気になるのが、松永さんが自作楽器を開発しているのに影響され、真似して自作楽器開発に取り組む人は出てきているのか? ということです。
松永 今のところはいないですけど、そのうち出てきてもおかしくないですね。

――そういう人が実際に出てきたら、どういうお気持ちになりますか?
松永 そりゃあやっぱり悔しい思いが無くはないですけど、どうしようもないですね。特許を取ろうとも思ったんですけど、お金がかかりますしね(笑)。

――それにしても、プロレスラー時代と変わらず取り組み方が一貫されてらっしゃる印象です。
松永 ライブを観に来た人は「松永さんはプロレスの続きをしている」と言いますね。

――本当にそうですね!
松永 音楽もプロレスと同様に、どれだけ盛り上がるかを考えています。

実はファンの間で松永さんの音楽活動は有名なのですが、その経緯や詳細については伝わってるようでしっかり掘り下げた記事がなかなか無かった。今回は目の前で、演奏だけでなく歌唱までしていただいて感激。有刺鉄線バットでスリーパーされたかのように昇天しそうでしたよ!
(寺西ジャジューカ)