先日、東京都美術館に行った際、子どもたちが作品の前で一生懸命に絵画などを模写して描いている姿を見かけた。


これは「とびらボード」といって、中学生までの子どもたちに磁気式のおえかきボードを無料で貸し出し、展示している作品をよく見て描く、というプログラムらしい。

日本では子どもに美術館はまだ早いと思う大人が多い


東京都美術館の学芸員さんに聞いてみたところ、この「とびらボード」は東京都美術館が2012年にリニューアルしたときから現在まで、すべての特別展で毎日実施されているのだと言う。

「美術館は大人の場所というイメージが一般的にあると思います。でも、実は劇場などと違って、美術館には年齢制限はありません。子どもの頃から美術館を体験し、優れた芸術作品に出会い、年齢に応じた感性で楽しんだり学んだりしてほしいと考えています。欧米では、美術館で子どもたちが芸術作品や文化財に出会い学ぶことは良いことという認識が広がっており、美術館で子どもが自由に鑑賞するのを大人たちは寛容に見守っていますが、日本では子どもには美術館体験はまだ早いと思う大人が多く、子どもたちは展覧会場の中で肩身の狭い思いをしがちです。子どもでも作品をじっくり見ていいんですよ、というメッセージをとびらボードを渡すことで伝えられたらと思っています」


東京都美術館の展覧会はいつも混雑しているなかで、子どもたちをウェルカムに迎えられる、保護者や子どもにとって気軽に参加したくなる活動を導入したかったというのが第一にあるそう。

子どもたちがワクワクして使いたくなるようなツールを


磁気ボードを採用した理由については、次のように話す。
「小さいお子さんにも使い方がわかりやすく、コスト面でも扱いやすいツールであるからです。スケッチをするのに単に小さな紙に描けるようにするより、子どもたちがワクワクして使いたくなるようなツールが良いのではないかと考え、磁気ボードならインクも使わず、安全に手軽に運用できるので、『描くことで、よく見るためのツール』として導入しました。市販のボードを少し改造しています」
ちなみに、これは東京都美術館と連携して「とびらプロジェクト」を行っている東京藝術大学の教授でありアーティストの日比野克彦氏をはじめ、藝大のスタッフと共に検討したものだそう。



5年間で数件あった苦情とは


ボードの貸し出しは中学生までに限定しており、年間で8000名程度と、かなり多くの子どもたちの利用があると言う。 利用者からの反響は?
「5年間運用してみて、全般的にとても好評です。このとびらボードがあることで、『子どもをつれて展覧会に来やすくなった』『子どもが、とびらボードがあるなら行く、というので、また東京都美術館に来ました』というような声を保護者の方からよくいただきます。『このボードがあることで、作品をじっくり見るようになった』『夏休みの課題をこのとびらボードで行った』などの声もあります。実際に、子どもたちの展示室内での鑑賞時間は伸び、よく作品を丁寧に鑑賞することにつながっています」

また、とびらボードに描いた絵をはがきに印刷し塗り絵のようにして家に持って帰ることができる「とびらボードでGO!」というプログラムが会期中に行われることもあり、その開催日程に合わせて来館する親子もいるそう。
ただし、その一方で、5年間で数件の苦情もあった。それは、子どもがボードを展示室内で振り回してしまったりしたケースなどだそう。
「中学生以下のお子さんについては、やはり保護者がお子さんと一緒に展示室でのマナーを確認する等のご協力をいただきたいと思っております。子どもたちの美術館体験をあたたかく声かけをしながら見守っていただけると、美術館としては大変有難いです」


その他、都美術館ではリニューアル以降、展覧会にあわせてジュニアガイドを子どもたちに配布したり、東京藝術大学と連携して行っている「とびらプロジェクト」において様々な新しい試みを行ったりしているそう。
「例えば、毎年年末から『アート・コミュニケータ』(愛称:とびラー)の募集を行っています。とびラーは、毎年40名を一般から募集し、3年間の任期で活動します。学芸員や大学の教員などと一緒に、18歳から70代までの約120名で美術館を拠点にアートを介して人々をつないでいく活動を行っています。とびラーの活動は大変人気で、毎年40名の募集のところ250名近い方からの応募があります。先ほど話したとびらボードを応用した『とびらボードでGO!』の企画はとびラーが考えたものです」

美術館に子どもが来ることをあまり望ましく思わない人もいる。しかし、騒々しくマナーの悪い大人もいるように、子どもだって静かに鑑賞することはできるし、それを支えるのは大人なのだ。

ルーブル美術館をはじめ、海外の美術館に行くと、子どもや学生が一生懸命作品の模写をしている様子を見かけることがある。子どもの頃からたくさんの上質な美術に触れられるなんて、羨ましい限りだと思う。

日本でも同様に、子どもや学生が美術に触れる機会がもっと増えたら、そうした豊かな経験はきっと大きな財産になるはずだ。
(田幸和歌子)