ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんによる、話題の作品をランダムに取り上げて時評する文化放談。今回は映画『スター・トレックBEYOND』について語り合います。

「リブートこのまま続けていいのか?」というメタ的な内容とSFアクションを両立



飯田 『スター・トレックBEYOND』は半世紀の歴史を持つスター・トレックの最新作(リブートしてから3作目)。監督は『ワイルドスピード』シリーズをやっぱり3作目から引き受けて成功させ、そして前2作を撮ったJ・J・エイブラムスより『スター・トレック』愛もあるジャスティン・リン。
 宇宙船エンタープライズ号のもとに、連邦とこれまで接触がなかった異星人女性の乗る救命ポッドが流れつき、「仲間を助けてほしい」と依頼をされる。しかしカークたちが行ってみるといきなり襲われて惑星に不時着。異星人クラールがエンタープライズが所有している古代の遺物を奪うために仕掛けた罠だった……。と。あらすじだけ言ってもあんまりおもしろさが伝わらないタイプの作品でしたね。
 僕は、好きでした。J・J・エイブラムスが撮った前2作よりよかった。あ、僕はトレッキーではありません。昔CSに入っていたとき毎日観ていたけど、詳しくはないです。

藤田 ぼくは、『スター・トレック』よりも、『銀河ヒッチハイクガイド』派なので、よろしくです。

飯田 『スター・トレック』の言ってることってアメリカ的な「自由」「民主主義」「多民族国家」のきれいごとだし、エンタープライズの主要メンバーなんてあんな若いのに大佐とかさ、エリートじゃないですか。だから普通にやると前時代的だったり嫌味になっちゃうんだけど、それをなるべく白けさせないようにがんばらないといけない。
 そのことと「乗りかかった船はたとえ迷っても降りちゃいけない」ことをカークもスポックも貫くという物語構成がオーバーラップしていた。で、大変だけどやりきっちゃった。作中のキャラクターたちも、制作者も。そういう強さを見られてよかった。
「リブートしたからっつってこのまま漫然と続けていいんすかね?」という制作側の悩みと重なっているような構成で、メタっぽい演出がところどころにあって、だからこそ登場人物たちの葛藤がリアルに感じられた。「このままでいいのかな?」みたいな。今回は監督も脚本家にも『スター・トレック』好きを公言する人たちが投入されているけど、自分が影響を受けたものを破壊して再生することをちゃんとやっていて、すごいなと。
 エンタープライズ号がぶっ壊れたり、チェイスやったりバイクアクションがあったり、変化球に見えるけど、オリジナルのもっていたテーマをいま継承して商業的にも成功させるという難題にちゃんと向き合っていた。

藤田 ぼくも、前2作より面白かったですね。前2作は、とにかく暗かった…… 特に前作『イントゥ・ダークネス』は、テロと内輪揉めの連続のような内容で、「最後のフロンティア」である宇宙のワクワク感がなかったですよね。
 今回は、カーク船長が「宇宙は無限にあるんだったら散策してなんの意味があるんだろう」って悩んで、船を降りようとするところから始まるんだけど、前2作よりは、もう少し「宇宙」の前向きな感じが出ていましたね。
 宇宙開発時代や、フロンティアが存在した時代(大航海時代とか、西部開拓時代)が終わったあとの、「宇宙」とか「フロンティア」に対する期待がかつてのようにはない時代の『スター・トレック』だなぁ……って、感慨深かったです。
 ジャスティン・リンのほうが、『ワイルドスピード』と似たようなヤンキー感というかな、船内の人間関係描写とか、「仲間の大事さ」とか、そういうのを描くのがうまいので、過去2作よりも成功している感じはありましたね。バイクを使うとか、アクションも含めて。色味も全体的に明るくてよかったですね。クライマックスの、『マクロス』のような戦闘とか、単純な気持ちよさがあった。「宇宙はまだ面白いものあるかも」と思わせることに成功していましたね。

飯田 昔よりは世間的に「宇宙は最後のフロンティア」感がどんどんなくなっていくなかでは結局、人間と出会うしかない、という話な気もする(これ以上はネタバレなのでどういう意味か言えないけど)。
 いやまあ、そうは言っても今はまた地球外生命体の可能性とか宇宙旅行や探査へのロマンが復活している時期ではあるのですが……。

藤田 「最後のフロンティア」のはずのところで出会ったのが実は……という閉塞感は、確かに依然としてありましたが、ようやく少し振り切れて、「未知」への期待が少し出るような感じだったかなぁと。
 色々、コネタやギャグが効いていましたね。ぼくは『スター・トレック』より『スター・ウォーズ』の方が好きなんですが、リブートの『スター・トレック』って、全然トレック(旅行)してないで、『スター・ウォーズ』みたいに内紛ばっかりやっているのが気になっていました。星に着陸したあとはトレックしてるけどさ。宇宙をトレックする感じの楽しさがないのがちょっと気になっていました。

飯田 なんか脚本にサイモン・ペッグが入る前は「トレッキー寄りすぎる」脚本だったんだってね(ペッグも十二分にトレッキーだけど)。そこから「万人向けに修正してくれ」と言われてああなったと。たしかにザ・ハリウッド映画みたいな大作感のある展開だったから「そんなの『スター・トレック』でやる必要ない」というファンもいるんだろうと思う。そこが意外でよかったんだけど。

藤田 映画が始まったばっかりで、船丸ごとぶっ壊しちゃってますからねw あれはビックリした。

飯田 「そこまでやっていいんだ!」っていう驚きがあった。『スター・トレック』じゃなかったら当たり前かもしれないけど。

時代性や新奇性を『スター・トレック』という器に入れる


飯田 言ってみればイラクとかで見捨てられた米兵が米軍に復讐するためにアメリカの都市とか米軍基地がある外国の街でテロを計画するような話じゃないですか。アメリカ的にはある意味ありえないわけではないのかなあと思う。撮影場所はドバイとカナダなのですが。時代性への目配せもあるのかなと。

藤田 『スター・トレック』がそれでもアイデンティティを主張してきているのは、「戦争ではない」ってことですよね。主人公達は、あくまで「戦争」をしているのではないし、それを目的としているわけではないのだ、と。そこのところをテーマに据えてきたのは、今回の作品(と前作も)の面白いところでした。
 戦争をしていないと生きている気がしないというか、人間は戦争をしていないといけないのだ、という価値観の悪役との葛藤が主軸になっていましたね。平和に馴染めない前の世代との戦いと言ってもいいのですが。

飯田 今回はテーマ性と、虫の大群みたいな敵にカークたちの船が突っ込んで爆発させるところとか、大味なSFアクション大作としての魅力と、シリアスな復讐話であることのバランスが取れていて、おもしろかった。昨今のアメコミヒーローものみたいな重苦しさがなくて、かといって空っぽな大作というわけでもなく。

藤田 「フロンティア」のロマンを出すためには、もっと「オモシロ宇宙」を出して来ないと、って若干不満を抱いていたんですよ。星も、BBCが作った地球のドキュメンタリーの『アース』とか『ネイチャー』の方がすごいんちゃうかって造型だし、宇宙人にも驚きがないし、都市もどこかで観たことある感じだし…… ってところに、あの虫の大群の描写。あれはなんか観たことのないワクワク感がありました。
 宇宙基地ヨークタウンで、重力が変な流れしながらやるアクションも、見た目の新規性があって面白かった。……若干、『FF13』を想起させる絵面ではありましたが。
 70年代とか、80年代の宇宙モノのSFの方が、サイケの影響受けていたり、今見ると珍しい画面効果使っているので、未知のフロンティアとしての宇宙に説得力のある画面だったと思うんですよね。

飯田 そうだね。『BEYOND』には「見たことがない画面を見せなきゃいけない」というハリウッド大作としての義務(?)を引き受けつつ、『スター・トレック』はもともとちょっと牧歌的な懐かしさがある作品でもあり、そのふたつを両立させなくちゃいけない。お約束であるチームとしての軽妙なやりとり、困難をSF的なしかけで乗り切るセンスオブワンダー、転送をはじめとするおなじみガジェットの楽しさを仕込みつつ、そのうえでの新奇性を求められる。作ってる側からしたら息苦しさを感じて当たり前だと思う。
 それを倦怠期的な(?)スポックとウフーラのぎくしゃくした関係なんかが象徴していつつも、『宇宙戦艦ヤマト』みたいな展開をする。異星で眠っていた古い船がゴゴコゴゴって旅立って大活躍。あれは「(『スター・トレック』という器が)古いのはわかってるけど、使いようによってはいけるんだ」ということを力強く示していたよね。

藤田 そういうメタ的な要素が、ちょっと痛々しい感じもあり…… だから、カークが「なんでこの船乗り続けなきゃいけないの?」って悩んでる、「なんで続けなきゃいけないの?」って悩んでいるのがグッと来ますね。「スター・トレック」シリーズという船の船長を受け継いだけど、一回船壊しちゃってw 古いやつを直してなんとかするっていうのが。映画自身のアイデンティティクライシスの痛々しさがメタ的に現されているから、ぼくは楽しかった。けど、やっぱそれって閉塞感もありw

継承と新生のバランスはいつも難しい


飯田 「前と同じくレナード・ニモイにまた頼ったよ、感動を!」という点は気になったかな。ニモイが制作中に亡くなってしまったから触れざるをえないのはわかるけど「もうこの手法は使えないぞ!」とも思った。「オリジンを参照したら往年のファンからも許される」的なのは何回もやるものじゃないからね、本来……。
 その一方で、カークとスポック以外の色んな組み合わせが思いのほかよかったり、新味を出すための細かいチャレンジがいっぱいあって、そういう積みかさねが丁寧だなと。

藤田 ま、でも、一応、亡くなったということで今回は出てくるわけですから、前作よりはマシかと。前作は、スポックに直接アドバイスして干渉してましたからね。
 ミレニアムシリーズのゴジラで、一作目のゴジラの骨からメカゴジラを再生するんだけど、モスラの妖精(小美人)が、「もう骨は海に返してあげて!」って言いに来るんですよ。ぼくはあれ、好きで。一作目のDNAをコピーして続けてきたシリーズを「もうやめたい」感が全開で。長期シリーズは、過去作を引用する「くすぐり」と「シリーズ化への自己言及」の自家中毒が進んでいて、それはそれで面白いんだけど、その上で、超えていっちゃおう、って意気込みがあって、「ビヨンド」は良かったな。

飯田 ジャスティン・リンは『ワイルドスピード』も途中から登板だし、「またこういう役回りかよ!」って本人もわかっていつつ、そういう「背負いつつ膨らませる」のが得意なことも自覚あるだろうし、これを引き受ける代わりにオリジナルの映画企画をポシャらせてしまったこともあって思い切ってるのかなあと。作家性を妙にナマっぽく感じる作品でした。役者としても出ている脚本のペッグにしてもね。

藤田 サイモン・ペッグは『ショーン・オブ・ザ・デッド』で、ゾンビモノをパロディ化しながら蘇らせた天才ですからね…… ゾンビ化しつつあるシリーズを、分かりながら、息を吹き返させることのできる呪術者みたいな天才。
 前作も、「規則」を守るべきかどうか、っていうのがテーマの主軸でしたが、あれも「『スター・トレック』のお約束を守らないけどいいよね?」みたいなメタ的なテーマとしても読み返せるかもしれませんね。
『ワイルドスピード』も、引き継いだときが、珍品の「3」ですからねw それからシリーズを継続して監督して、人気作にしていった。『スター・トレック』も宇宙版『ワイルドスピード』になりそうな気配は感じました。

飯田 いや本当、『ワイルドスタートレック』みたいな映画だった。しかも決して悪い意味ではなく。観る前は「どんなんになっちゃうんだろう???」って思っていたら、全然いい方向に意外だった。
 Netflixでドラマの『スター・トレック』新シリーズが始まるけど、『BEYOND』でけっこう冒険しているから、ドラマのスタッフもやりやすくなるだろうなと思った。「縛り」「お約束」は守りつつ「こんだけできる」「これだけやっても実はこの器は壊れない」ことを見せていたので。
 まあ、パブリックエネミーとビースティボーイズの使い方が40代感があって、あれは10代、20代は「は?」って感じなんじゃないかとか思ったけども。ちょっと古い、だから安心して観られるという『スター・トレック』らしいセレクトではあるものの、下の世代的にどうなんだろう……。

藤田 ああ、あそこ、良かったですねぇ。「クラシック?」っていう台詞があったのは、ぼくは笑いました。あのシーンと、悪役の設定が、今回はとても良かった。あと、船内の痴話喧嘩w あれが許されるのなら、そのうち、アイドルが歌って敵をやっつけるスター・トレックもアリになるはずw
 しかし、それにしても、ちょっとどうかと思うのは、衣装と、船内のデザインなんですが、あれ、あんなにダサいままでいいのだろうか? あれがいいのだろうか? 衣装は、ジャージみたいで、面白いからいいんだけど。あの衣装と、スポックの髪型は、やっぱりいくらなんでも変えちゃダメなギリギリのラインのところなんだろうな。

日本での『スター・ウォーズ』と『スター・トレック』の人気の差はなぜ?


藤田 しかし、ぼくが観た時、平日20時で、客が3人で、ぼく以外二人が老人でした……なんか、哀しいものがありましたね。

飯田 僕もレイトショーだったけど、10人くらいかな。みんな30代〜40代。『スター・ウォーズ』と『スター・トレック』の日本での人気の違いはすごいよね。アメリカじゃどっちも人気なのに。

藤田 『スター・ウォーズ』は、黒澤明に影響受けただけあって、基本的にはチャンバラ映画だし、内輪揉めと親子喧嘩の話だから、日本でも受け入れやすいのではないのかな。
 それと、やっぱ、「フロンティア」が、響かないんでしょう。西部を開拓して、そのあとは、サイバースペースや宇宙に「フロンティアスピリッツ」を投影しているようなところあるじゃないですか、アメリカは。建国の精神からしてそうですし。それは、日本では響かない部分があっても仕方がないですよ。
 宇宙を探索し、生命体を発見したりして、未開の文明は助けたりしてやろうっていう、そのそもそもの動機が共有できないですからね。「なんのためにこの人たち無限の宇宙探索しているの?」っていう、そこから共有できない。
 日本は占領された国ですからねw 植民地作りに行ったら侵略戦争になっちゃったわけだし。そこの精神の差はあるかと。

飯田 ベトナム戦争のさなかに『スター・トレック』はファーストシリーズをやっていたわけだから、そもそもが「あえての理想主義」なんだろうけども。現実には『スター・トレック』で掲げているようなきれいごとがそんなにうまく機能していないからこそ「人びとが観たいもの」を提供した作品なのかな。

藤田 多民族が助け合って、平和のために「つながる」ようにしようっていう、理想主義的な側面があるのは確かなんですよ。しかし、その理想の押し付けこそが、アメリカの悪いところじゃないの、っていう気もしないでもないので、複雑です。地球上にフロンティアが見つからないから、宇宙、というか、「映画」という虚構の中に欲望を移行させる機能を担った作品なんだと思うし、その部分は結構重要なのではないかと思うんですが。

飯田 この前のノーベル賞のときにも話題になっていたけど、アメリカだと基礎研究に莫大な投資がされるのも「(宇宙の)真理を知ること、探求すること」自体に高い価値があるという社会的なコンセンサスがあるからだけど、日本にはそれがない。そのへんとも関係あるのかもしれない。

藤田 宇宙を作ったのは「神」だから、サイエンスも、「神」の意図を明らかにしようっていう、潜在的に宗教的な使命感の部分がありますからね。「無限のフロンティア」を明らかにする探索の持つ精神的な意義が違うわけですよね。

飯田 だからこそそういうのを茶化しているような『銀河ヒッチハイクガイド』のほうが日本人にはすんなり入ってくるんだろうなと思う。

藤田 それはあるかもしれない。
 しかし、それにしても、米ソで宇宙開発の競争をやっていた時代にあった宇宙のロマンが、同じようには維持されておらず、内向きの争いばかりやっている21世紀の現実の中に、宇宙とかフロンティアへのロマンを再起動させようとする『BEYOND』の意気込みは、なんか胸にくる部分がありました。色々と苦い結末になった過去の理想主義や楽観性を、それと知りつつ、生き返らせようという努力は、象徴的に、色々背負っていて。