なぜできる? 「子どもを虐待する親」の心理
執筆者:杉山 崇(心理学者)
子どもが被害者になる事件が後を絶ちません。
ある統計では3.6日に一人の子どもが虐待死している計算になるようです。
私たちはこの問題をどのように考えればいいのでしょうか。ここでは虐待する親の心理状態を考えてみたいと思います。
虐待をする親に多く見られる特徴
突然ですが、次の文章が正解か間違いか、〇か×で答えてください。
「女性は子どもを産めば母性本能が働いて喜んで子どもを守り育てることにようになる」
〇だと思った方が多いでしょうか。
母性本能の存在は立場が違えば様々な考え方があります。しかし、虐待の問題に取り組む心理学の立場からは「限りなく×」だと思っておいた方が良いのです。
なぜそう思うのか?
そもそも、人の子育ては母親一人で完結できないものです。
よく「女手一つで…」と言われることもありますが、誰の援助もなく子育てができるはずがありません。母親は母親として周りの人たちに守られて、愛されて初めて母親としての気持ちになれるのです。
虐待をする親の多くは社会的に孤立していたり、周囲とうまくいっていないケースが多いです。母親として愛されていないので、母親としての気持ちになれないのは当然です。
また、子どもの父親と不和になり他の男性に頼らざるを得なくなっている母親が加害者というケースも少なくありません。
他の男性に愛されなければ生きていけない状況ですので、子どもは邪魔になりがちです。
運よく良識深い男性に頼ることができれば、自分も子どもも守ってくれるのですが、残念ながらそうではないケースもあるようです。男性と一緒になって子どもを邪魔にする中で虐待がエスカレートするのです。
「子どもならでは」の特徴も原因になり得る
虐待をする親の心理を考えるうえでもう一つ大事なポイントがあります。
新幹線や飛行機の中で子どもの泣き声が聞こえると、ひそかにしかめっ面をしている人を見たことはありませんか?
人は子どもの泣き声や落ち着きのなさを不快に感じることがあるのです。
実は子どもは大人の耳によく届く泣き声を出すように作られています。自分がどこにいるのか、すぐに保護者にわかってもらうためです。
そして自分が生きている世界を良く知るため、好奇心旺盛で落ち着きなくも作られています。「我慢」を生み出す脳も未成熟なので、些細なことで泣き声を上げるわけです。
一方で現代社会では大人は大人で「忙しい」状況です。
「あれをやらなきゃ」「次はこれを…」と文字通り次々と課題に追われています。「忙しい」とは「心を亡くす」を書くわけですが、少なくとも「子どもを守る」という心を亡くしている人も多いようです。
その中で子どもの泣き声が聞こえてくると、耳によく通るので頭の中で鳴り響いているように感じるのです。当然、自分の課題の邪魔にしかなりません。リラックスもできません。こうして子どもが邪魔で疎ましいものに見えてくるのです。
「親として周りに大切にされる生き方」の重要性
最後に虐待する親には「しつけのつもりで…」ということも多いようです。その多くは子どもにはできないようなことを期待して、「悪いことをしたから!」となるようです。「子どもは思い通りにはならないもの」という前提がどこかで抜け落ちているようです。
最も大事なことは父親も含めて「親が親として大切にされる」環境があることです。
補助金などで経済的な支援をするのも大切ですが、虐待の現場を見ているとちょっと違う印象もあります。
それは「親として周りに大切にされる生き方」を知らない人、あるいは知っていてもできない人がとても多いのです。これは社会の問題でもあり教育の問題でもあります。
伝統的な日本のムラ社会はさまざまな世代が混じり合いながら暮らすことで、生き方を学べました。
しかし、都市化された現代社会ではその機会が崩壊していることも事実です。教師は教科教育や研修、学校行事に追われている状況もあるようですが、学校が生き方を学ぶ場だったら何かが違ったのかもしれません。
<執筆者プロフィール>
杉山 崇
神奈川大学人間科学部/大学院人間科学研究科教授。心理相談センター所長、教育支援センター副所長。臨床心理士、一級キャリアコンサルティング技能士、公益社団法人日本心理学会代議員。
公式サイトはこちら⇒ http://www.sugys-lab.com/