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●「生き物に見えるモノ」その具現化がPepper
2014年6月の発表以来、注目を集め続けているソフトバンクロボティクスが提供する感情認識機能付き人型ロボット「Pepper」。個人向けには2015年6月より毎月1,000台限定で販売され、発売後わずか1分での完売が続いている。

2015年10月からは法人向けモデル「Pepper for Biz」の提供が開始されたが、実はこれよりも以前から、Pepperのビジネス用途での活用は始まっている。例えばネスレ日本は、2014年12月1日より全国の家電量販店の「ネスレカフェ」コーナーにPepperを配置し、スタッフの代わりに接客を担当させている。その数は1,000台に上る。ソフトバンクショップでも全国2,000店舗にPepperが配備されている。

2015年10月の「Pepper for Biz」の正式販売開始以降も、日産自動車が販売店に100台導入するなど、エンタープライズ分野でもPepperの活用は進んでいる。そして、2016年はさらに導入が進んでいくことだろう。ただ、これだけエンタープライズの分野での活用が進むとは、発売元のソフトバンクロボティクスも予想していなかったという。

○300年続く企業になるために社員総意で選んだロボット事業

ソフトバンクグループがなぜロボットを手掛けることになったのか? 人型ロボットの事業化プロジェクトが立ち上がったときから参加している、ソフトバンク ロボティクス 事業推進本部 本部長の吉田健一氏は次のように語る。

「当社は創業時からずっと『情報革命で人々を幸せにする』ことを目標に、事業を展開してきました。そんな当社が2010年に30周年を迎えるにあたり、今後300年続く企業になるために、次の5〜10年間で何を成していくのか、何を提供していけば人々を幸せにできるのか、経営陣をはじめ、全社員で議論しました。この10年はデバイスがインターネットにつながることで大きく世の中が変わりました。私たちが想定したのは、アルゴリズムがアルゴリズムをつくる、すなわちデバイスがデバイスをつくる時代が来るのではないかということです。人以外が何かモノを作ることができたら、有史以来の大革命です。だからこそ、私たちが次に手掛けるべきはロボットだろうと。とはいえ、当社にはロボットの知識のある社員がいるわけではありません。そこでフランスのアルデバラン・ロボティクス社を買収し、共同プロジェクトを立ち上げ、Pepperの開発に取り組みました」

○ソフトバンクが考えるロボットとは?

ロボットの定義は幅広い。生産現場に欠かせない産業用ロボットもあれば、自動で部屋を掃除するお掃除ロボットも「ロボット」と呼ばれる。そんな中、ソフトバンクが定義するロボットとは『人間が生き物として感じるもの』だという。だからこそ、大きさにもこだわったのだという。

Pepperは身長120cm、体重28kgと、人間のような脚はないものの、まるで子どものようだ。吉田さん曰く「小学3年生の子どもとほぼ同じ体格」なのだという。

実は人間のような脚があるかどうかは、「生き物として感じる」ことには影響しないのだという。それよりも重要なのは大きさだという。「たとえ人型でも、机の上に乗るような大きさだったら、それはあくまでもロボットで生き物として人は感じないんです」と吉田氏は説明する。

また、コードで接続されていては、やはり生き物とは感じられない。そのため脚の部分に大型のバッテリーを搭載し、12時間連続稼働を可能にしている。

吉田氏によれば、さらに「生き物として感じる」上で重要になるのが「認識の精度」だという。

「Pepperは話しかければ答えてくれます。つまり、認識していることを伝えてくれる。その精度が高いほど、人は生き物だと感じます」(吉田氏)

このようにPepperのヒットには、「人が生き物と感じる」ことに徹底的にこだわったことが大きい。

●Pepper導入の最大の効果は「店舗に来た人のデータが取れること」
冒頭で記載したように、Pepperはすでにさまざまな企業での活用が進んでいる。では、導入して1年になるネスレ日本では、いったいどんな効果が得られたのだろうか?

「Pepper導入の効果の第一は、Pepperを配備したことでコーヒーマシンの売り上げが伸びたことです。サイネージでは足を止めなかった人が、Pepperなら足を止めるんです。これは数字にも表れています。加えて、ネスレショップに訪れた人の属性や動向などのデータが取れることも大きなメリットです」(吉田氏)

これまでリアルの店舗では、eコマースのようにどんな人がどういう経路でショップに訪れ、購入に至ったのか、あるいは至らなかったのかということが把握できなかった。しかし、Pepperでは搭載したセンサーによって顧客の属性を取得することができる。Pepperを導入すれば、Pepperの前を通った人が何人いて、そのうちの何人がショップに入ったのか、またPepperが話しかけることで、その人の性別やおおよその年齢などがわかるようになる。さらに、顧客の感情なども表情や声のトーンから読み取ることができるという。

つまり、Pepperが蓄積するデータを活用することで、どんな風にコミュニケーションをとれば顧客が購入してくれるのか、それを年代別や性別により良い手法を導き出すことができる。Webサイトでよく用いられているABテストのようなものが、Pepperを導入すれば実行できるというわけだ。

「Pepperが収集した顧客情報をオンラインtoオフラインのツールとして活用できることがわかりました」と吉田氏は自信を深める。

また、ある病院ではMRIの説明や問診を担当させていたり、別の介護施設では認知症予防のツールとして活用しているという。

●Pepperの爆発的な普及には、キラーアプリの提供が欠かせない
「このような活用が進んでいるのも、約200社のパートナー会社によるアプリ開発が活発化しているからです」と吉田氏。中でもPepper普及のキラーアプリとして注目を集めているのが、米IBMが開発した人と同じように情報から学び、経験から学習するコグニティブ・テクノロジー「Watson(ワトソン)」だ。2015年2月、ソフトバンクテレコムは日本IBMとワトソンの日本での事業展開においての戦略的提携を発表。もちろん、Pepperとの連携を視野に入れての提携だ。

「例えば、FAQのインタフェースとしてPepperを使うとしましょう。Pepper単体であれば、FAQデータベースに完全マッチしたものしか答えることはできませんが、ワトソンと連携すれば、データベースの中で最も近いモノを選んで答えられるようになります。つまり、ファジーな会話ができるようになり、より人間らしいやり取りができます。このことから、ワトソンは将来のロボットアプリのスタンダードになっているかもしれません」と吉田氏はワトソン導入効果を期待する。

提携はIBMだけではない。約200社のパートナーが、Pepperをさまざまなシーンで活用できるようにアプリの開発を行っており、「Pepper for biz」においては、アプリストアも16年早々にはスタートする予定だ。一方、個人向けのアプリについては、アプリストアという形は予定していないという。

「個人向けはリスクが大きいと思います。例えば、悪意ある人が改ざんして人を傷つけたりすることが起こらないとも限らないですから。良いアプリは私たちが買い付けて、徹底検証をしてから公開するという方法を採用しようと思っています」と吉田氏はその理由を説明する。

○今後はグローバル化

今後の展望については「グローバルに展開」と吉田氏は言い切る。ブロードバンドのように爆発的な普及をするには、この1年でCPUのスピードや基本機能したとはいえ、今のPepperではまだ力不足だという。

「現在のPepperは登場した当時のパソコンと同じで、ようやく表計算ソフトが搭載されたというレベルです。爆発的な普及のカギを握るのは、私たちの夢に賛同してくれたパートナー企業がより良いアプリやソリューションをいかに開発していってくれるかです。2016年にはそういう企業がさまざまなアプリやソリューションの提供を予定しているので、飛躍の年になると思います」と吉田氏。

吉田氏が語るように、2016年はPepperの普及がさらに進むのか、また面白い活用事例が出てくるのか、今後に期待が高まる。

(中村仁美)