【第50回:照ノ富士逸ノ城

連日盛況な大相撲夏場所(5月場所)。
35回目の優勝を目指す横綱は、
初日こそ黒星を喫したものの、
その後は安定した相撲を見せている。
そんな横綱が今、期待の若手力士の
気になるふたりについて語る――。

 大相撲夏場所(5月場所)もいよいよ終盤戦を迎えます。

 おかげさまで今場所も、両国国技館(東京都)は初日から満員御礼が続いています。それは、私たち力士にとって、大いに励みになっています。その分、足を運んでくれたファンのみなさんには、大相撲の"生"の迫力を存分に堪能していただけるよう、我々も精一杯がんばっていきたいと思います。

 さて今場所、私は初日から黒星を喫してしまいました。小結の逸ノ城に突き落としで敗れてしまったのです。とはいえ、初日の黒星は久しぶりのことで、逆に目が覚めたというか、自らの足もとを見つめ直すいい機会になりました。私自身、この敗戦は前向きに捉えています。

 翻(ひるがえ)って、私に土をつけた逸ノ城ですが、元気がありません。昨年彗星のごとく現れて、一躍脚光を浴びました。「モンスター」と称されて、上位力士もことごとくなぎ倒していきましたが、今年に入ってからは、以前の勢いが影を潜めてしまったというか、"怖さ"が半減しているような気がします。

 代わって、勢いを増しているのは、逸ノ城と同じ鳥取城北高校の先輩、照ノ富士(関脇)です。先場所(3月場所)でも、私と最後まで熾烈な優勝争いを演じました。

 この夏場所の前には、国技館の本土俵で横綱審議委員会稽古総見が行なわれましたが、そこでも存在感が際立っていたのは、照ノ富士でした。

 今回の稽古総見は、年に一度の一般公開日でした。早朝からたくさんのファンが詰め掛け、おかげで会場は熱気にあふれていました。

 そんな中で始まった稽古総見。稽古は幕下上位、十両、幕内の順に稽古が行なわれ、たくさんの力士がいる中で、土俵上で相撲を取るのはふたりだけです。そして、申し合いの場合、勝った力士が、土俵下で待つ次の稽古相手を指名するという形になります。その際、土俵下で待つ力士たちは、勝った力士に自分を"買って(指名して)もらう"ため、積極的にアピールします。

 私は、土俵下のやや離れた場所で準備運動しながら、幕内上位の力士たちの稽古をつぶさに見ていました。そこで、意欲的だったのが、照ノ富士です。土俵上で常に稽古を重ねていました。思えば、照ノ富士に限らず、横綱・日馬富士など、伊勢ヶ濱部屋の力士の誰かしらが土俵上いる、という状況がずっと続いていましたね。

 一方、今ひとつ覇気がなかったのが、逸ノ城でした。そこで、土俵に上がった私は、あえて稽古相手に逸ノ城を指名し、土俵上に引っ張り上げたのです。

 体重が200kg台にまで増加した逸ノ城。立ち合いで彼の体を受け止めると、確かに以前にも増して重く感じました。が、何かが足りませんでした。

 そのため、申し合い稽古にもかかわらず、私が逸ノ城に胸を貸して、ぶつかり稽古を始めました。すると、土俵に転がされた逸ノ城は、なかなか起き上がってこられませんでした。本来であれば、「もう一丁、お願いします!」といって、すぐに私の胸にぶつかってこなければいけないのに、そんなことさえ、ままならなかったのです。

 体重が増えた分、足腰の動きが鈍くなっているのでしょう。また、所属する湊部屋は力士の数が少なく、部屋で最上位の逸ノ城は日常的にこうした稽古ができていないのかもしれませんね。あれぐらいの稽古ですぐに息を切らせてしまうのは、残念でなりません。

 話を照ノ富士に戻します。

 2011年に相撲界に入門した照ノ富士は、当初間垣部屋に所属していました。ところがその後、諸事情で間垣部屋が閉鎖となって、照ノ富士は日馬富士らがいる伊勢ヶ濱部屋に移籍することになりました。これが、照ノ富士にとっては大きな転機になったと思います。

 伊勢ヶ濱部屋には、日馬富士をはじめ、ベテランの安美錦関、このところ力をつけてきている宝富士や、精力的に稽古をこなす誉富士など、いろいろなタイプの実力派力士が所属しています。そのうえ、師匠(伊勢ヶ濱親方=元横綱・旭富士)は厳しい指導に定評があります。そういう環境のもと、毎日稽古して、日々もまれることは、とてもいいことだし、力士として恵まれた状況にあると思います。照ノ富士もその中で、自然と力をつけていったのでしょう。

 照ノ富士逸ノ城との現時点での差は、こうした稽古環境の違いが、ひとつの要因になっているかもしれませんね。

 それにしても、稽古総見でたっぷりと稽古をつけた逸ノ城と初日に対戦。立ち合いの変化から敗れるなんて、思ってもみませんでした。相撲界における用語で言えば、逸ノ城は私に「恩返しをした」ということになりますが、逸ノ城との稽古で私の気持ちの中で油断が生まれていたのかもしれません。ここが相撲の難しいところで、やはり日々自分を戒めることが大切なのでしょうね。

 実は今場所、私にとって2度目の7連覇という記録がかかっています。前回(2010年3月場所〜2011年5月場所。※2011年3月場所は八百長問題により中止)は、「なんとしても(7連覇を)達成したい」という気持ちが相当強かったように思います。それに比べると、今回はそこまでの気負いはありません。まずは、千秋楽まで相撲を取り切る、ということを第一に考えて、「結果は後からついてくるモノ」と、自然な捉え方をしています。

 話はガラッと変わりますが、優勝したあとの表彰式では、天皇賜杯をはじめ、さまざまなトロフィーや賞状、賞品などをいただきます。その中のひとつに、国技館の天井近くに飾られている優勝掲額があります。それを、つまり私が優勝した際の掲額写真を一堂に並べた写真展が、先日都内で開催されました。

 写真展で披露されたのは、2006年夏場所の初優勝から、今年の初場所(1月場所)までの合計33回分。実際にすべての写真を見て回ったのですが、さすがにグッとくるものがありました。この9年間で、体つきや表情が随分と変わってきていることもわかりました。

 小学校2年生の長女と1年生の長男と一緒に行ったのですが、子どもたちも興味深く見て回っていました。彼らの成長も少しだけ感じられてよかったです。

 ともあれ、いいことや悪いこと、楽しいことやつらいこと、これまであらゆることを経験して、今の白鵬翔があります。そんなことを改めて感じた、写真展でした。

武田葉月●構成 text by Takeda Hazuki