戦後70年特別企画「広島に原爆を落とす日」作 つかこうへい/演出 錦織一清
出演 戸塚祥太 藤山扇治郎 早織 蔵下穂波 阿南健治  曽我廼家寛太郎ほか
主催・製作 松竹株式会社
4月14日〜23日 東京サンシャイン劇場
(C)松竹

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先日、天皇陛下が太平洋戦争で約1万人の日本人が命を落としたパラオのペリリュー島に慰霊のため訪問したニュースが報道され目を引いた。
戦後70年。その特別企画として、つかこうへいが79年に発表した問題作「広島に原爆を落とす日」が、4月3日、京都四條南座で幕を開け、広島、神戸、静岡、愛知とまわり、いよいよ大詰め。14日から23日まで東京池袋サンシャイン劇場で上演される。

「広島に原爆を落とす日」とはずいぶんと衝撃的なタイトルだが、これはパラレルな日本の物語だ。
1944年、日本は戦争の最中にあった。海軍少佐・ディープ山崎は、真珠湾奇襲作戦という大きな計画を立案から遂行まで担当したものの、白系ロシア人の混血という出自から、海軍作戦参謀本部から南海の孤島に左遷されてしまう。そこでは、日本が戦勝国となった暁に敗戦国の子供たちに配る納豆作りが行われていた。

山崎には、夏枝という想い人がいる。彼女は大本営敗戦処理班の密命を受け、アメリカの原爆投下地点をドイツにすべく、ベルリンで工作活動を行っていた。
もしかしたら日本のどこかに落とされる危険性もあるこの原爆、ボタンひとつで数十万人の命を奪うおそろしい兵器で、誰もがそのボタンを押す責任を負いたがらない。結果、原爆搭載機エノラゲイに乗る人物として選ばれたのはーー
山崎だった。
山崎は、夏枝への愛と、来るべきデモクラシーへの希望を胸に、エノラゲイに乗り込む。
戦争を終わらせるため、多くの人間の思惑が絡み合い、最終的に広島に原爆が落とされることになるまでのいきさつは、あくまでパラレルワールドの日本の話であって、山崎も、彼とナチス総統・ヒットラーに愛された夏枝も実在はしない。それでも彼らの言動が強く胸に迫ってくる。
特に、日本のことも夏枝のことも深く愛しているのに報われない山崎の気持ちがなじれにねじれた結果、究極の選択にたどりつくまでは、見ているほうの心身もきりきり苛む。この男、どれだけ、ひとりの女性を、祖国日本を愛しているのか。いま、こんなにも、人を祖国に愛情を注ぐ人はいるだろうか。
とはいえ、山崎をはじめとして、この作品の登場人物は、その愛あふれる本音を語らず、偽悪的な言葉を語るか、空元気で笑いのめすばかり。
例えば、南海の孤島で、現地の少女をこき使っている軍曹はただただ少女をいじめ抜くが、その裏側には別の思いが通っているのがわかる。
つかこうへいは、代表作「熱海殺人事件」「蒲田行進曲」「飛龍伝」などのなかで、常に登場人物に気持ちと裏腹の激しい毒舌をはかせてきたが、激しくなじればなじるほど、そのうらの気持ちがダダ漏れになる。いまでいうツンデレなんて足下にも及ばない究極のツンデレ。そんな男たちをかつて、風間杜夫や加藤健一、平田満、阿部寛、稲垣吾郎などが演じてきた。稲垣は、98年に劇団☆新感線のいのうえひでのりの演出でディープ山崎を演じている。
つかの薫陶を受けたひとりである錦織一清が、今回の演出を行っている。これまで「熱海殺人事件」「出発」とつか作品の演出を続けてきた錦織だが、つか以上に照れ屋なようで、意地悪よりも笑いが多め。ひたすらギャグを盛り込んで、まるで笑いで好きな女の子との目線にベールをかぶせてしまうはにかみ屋の男子のよう。だけど、最後の最後に、錦織の本音が漏れるところがあって、その一発の威力は激烈だ。

熱意ある錦織の演出に鍛えられながら難役・山崎を演じるのはジャニーズの後輩・戸塚祥太。膨大な長台詞をよくぞここまで熱と速度をもって語れるものだと圧倒される。初日に見たときは、屈折の美学が少々足りない感じもしたけれど、毎日毎日、膨大の台詞と逃げずに向き合っていけば、いまごろはいい感じに狂気が熟成しているのではないだろうか。
なによりも、祖国や恋人への濁りにない思いが真っ白な軍服に包まれて光輝く。そういう独特の身体性はやはり選ばれた者しか出せないものだ。「熱海殺人事件」の大山金太郎、「出発」の一郎とつか作品を演じて3作目。「熱海〜」の頃よりも格段に大きなものを背負った自覚が顔つきから感じられて頼もしい。
夏枝の早織は、上品さや知性があり、笑いに流されず凛として立っているところがいい。
ほか、松竹新喜劇の藤山扇治郎、曽我廼家寛太郎、東京サンシャインボーイズの阿南健治、蔵下穂波などが出演し、戦時中の人間の切実な思いを陰影深く演じている。

繰り返すが、つかこうへい亡きあと、ほかにこんなにも日本を想っている者はいるのだろうか。
そんな思いを抱く人がいるからか、近年、つか作品が振り返られている。昨年テレビドラマ「若者たち2014」は、つか作品を劇中劇で登場させた。朝ドラ「マッサン」の脚本家・羽原大介はつかに師事した作家で、作風に影響を感じられるし、「マッサン」にはつかの娘をはじめ、風間杜夫ほか、つかと元で活動していた俳優が多数出演した。宮藤官九郎の「ごめんね青春!」でも風間杜夫と平田満の「蒲田行進曲」以来の共演が話題に。「問題のあるレストラン」の坂元裕二の「女が幸せなら男も幸せなのに!」という台詞を聞いて、つかの「国とは女のことぜよ」を思い出した。

ああ、このまま日本はどこへ向かっていくのだろうか。

(木俣冬)