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写真上:「拡張するファッション」2014年
水戸芸術館現代美術ギャラリーでの展示風景
撮影:細川葉子
写真提供:水戸芸術館現代美術センター


2014年2月22日から5月18日まで水戸芸術館で開催された「拡張するファッション」展。ファッションをめぐる思想家でもある一人の参加作家、パスカル・ガテン(オランダ人、ニューヨーク在住)がもたらした、会期中に成長変化したワークショップ型の作品<制服のコンセプトについて考える>は、多くの人を驚かせ、また楽しませた。

この展覧会は、今この記事を書いている林央子の著作『拡張するファション』(スペースシャワーネットワーク)を元に企画されたもの。この本に出てくるキーワードや参加作家を水戸芸術館主任学芸員の高橋瑞木さんが、美術館という公共空間における展覧会に構成したものだ。
さまざまな興味深い展示があったなかでも、服と人と手仕事の関係性について様々な角度から考えさせられたパスカル・ガテンの<制服のコンセプトについて考える>について、数回にわたってレポートする。

アシンメトリーなボブヘアが印象的なAyakaさんはフェイスさんの仕事を始めて3年目。社会人になって、大人の女性としての所作を身につけた接客係員でもある「フェイスさんらしさ」を懸命に自分のものにしたいと仕事に向かっていたときに、パスカル・ガテンのワークショップに出会った。ワークショップ前半、彼女は「お裁縫全般できません。ボタン付けぐらいしか」と語る一方で、「絵を描きます。空や雲など」と自己紹介をかねて話していた。

*服を作ったことのない人が、自分で着る制服を作る

写真 ©Satoko Usui

このワークショップ中にパスカル・ガテンが繰り返し伝えたこと。それは「服を作ったことがない人が、作る行為をしてみることが美しい」「誰でも自分で服を作ることができるということを体験し、誰もがアーティストであることを知って、強くなってほしい」という思想であった。

改めてAyakaさんが、パスカルのその思想について、どう思うかを聞いてみた。「その通り! まさに! という気持ちです。最初のうちは、何から始めたらいいか動き出せず、手足が動かせなかったんです。でも、パスカルの話を聞いて、白いボディの裾を斜めに切ったあたりから、これでできると思いました」

*苦手意識がなくなってから
「もともと、お裁縫は苦手意識が強かったんです。でも、ワークショップを体験していくうちに、絵を描くのと服を作るのが同じことなんだと思えて、苦手意識がなくなりました。パスカルの教えるお裁縫はどちらかというと大雑把で、切りっぱなしのままでもいいとか励まされて『あ、それでいいんだ!』と楽になったんです」

ワークショップのなかでは、自分の描いた絵をみんなの前で見せる場面もあった。これまでは個人的な世界として職場であえて見せることのなかった自分自身の世界を人々の前で共有し、それをパスカルに励まされることによって、Ayakaさんの表現はどんどん膨らんでいった。布に直に絵を描き、その上に好きな画家であるモネについての文章を書き写すなど、彼女ならではのアイデアが拡がった。パスカルのワークショップは、参加したそれぞれのフェイスさんが「自分らしさ」と向き合う体験を与えた。

*個性と社会性の狭間で
「先日、展覧会を見に来た中学生の前で話す機会があったのですが、『アクリルグアッシュと油性ペンさえあれば、今すぐみんなも出来るんだよ!』と言えたことが良かったです」「本当に良い体験でした。なんて言ったら良いかわからないくらい、ワークショップに参加して良かったと思っています」

*服のもつ力について、改めて考える
取材の日、この服を自分で作り、日々着て働いているフェイスさんだからこその発言も飛び出した。「作り始めたらとても楽しくて、個性は充分に発揮できました。けれども、これを着て仕事を始めると、機能性という面で、制服性が足りないということもわかって。普段着ていた森英恵さんの制服の素晴らしさを改めて知る事になりました」「この制服を着ていると、あまりにも素の自分になってしまって、仕事意識が薄くなってしまうんです。改めて、仕事中に自分は努力して、フェイスを演じていたことを自覚しました。では、その役者が衣装を脱がされたら、どう立ち回ればいいのか? それが、わからなくなってしまうんです」

写真左:「拡張するファッション」2014年
水戸芸術館現代美術ギャラリーでの展示風景
撮影:細川葉子 写真提供:水戸芸術館現代美術センター


そういった、直な体験からくる自覚によってAyakaさんは、「服」というもののもつ力について考えるようになった。「人って、プライベートと仕事のときと、意識せずに分けていると思います。家族と旅行するときと、他の人たちと旅行するときでは、自分の立ち位置や見せたい自分が異なるのです。同じように、フェイスという仕事をしているときは、役者のようにフェイスを演じている自分がいます。服にも役割があり、服に自分の気持ちを寄せていくという側面があるのだということを知る、とても良い機会になりました」

*制作に集中した夢のような時間がすぎて
制作に集中した展覧会開催前の2週間。「普段の生活では、こんな経験はめったにありません。すべてを放り出してその体験に向き合った2週間、私は睡眠も食事もトイレの時間も惜しむほど作業にのめりこんでいました。それは、すごく非現実的な時間でした。1カ月くらいはそのテンションが続いていて、今やっと冷静になれた気がしています」

AyakaさんはMeme<インタビュー(3)に登場>さんと同世代で普段から交流もある。ワークショップ終了後2人で、その間に撮影された写真を使って、自分たちの思い出にと、アルバム制作を行った。その作業も自分たちの成し遂げたことを見つめ直す冷却期間の、良い体験になった。自分たちのしてきたことを振り返り、整理するアルバム制作がまとまったときに、初めて次のステップである、制服制作の拡張作業に移ることができた。

会期中に変化させた制作行程は、取材時点で、以下の通り。まず、後ろ身頃にポケットをつけ、足もとの地下足袋の縫い目にカラフルな糸を渡して装飾にし、右袖には参加作家のホンマタカシさんの波の写真を自ら描き、新しい名札を先輩のフェイスさんに作ってもらった。「会期終了まで、もっともっと制服制作を拡張して、こんなに自分がこのプロジェクトを楽しんで、夢中になったということを見せたいと思っています。それは義務のようにしたくないんです。ワークショップの間中、パスカルはずっと『作ることを楽しんで』と強調していました。感謝の気持ちをこめて、楽しみながら制作を続けます」

「その人がその人らしくあるとき、人々はみな、美しいのです」「パーフェクトを目指さないで。自発的に、人生が流れるように」。ワークショップでパスカルの残した言葉とともに、その言葉を自ら実践したフェイスさん一人一人の勇気と情熱が、このワークショップ型の作品の総体としての美しさを際立たせている。(text / nakako hayashi

>>インタビュー(5)記事へ続く。


拡張するファッション
期間:2014年6月14日(土)〜2014年9月23日(火・祝)10時〜18時(入館は17時30分まで)
会場:丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川県丸亀市浜町80−1)
URL:本展詳細はこちら

1988年、ICU卒業後資生堂に入社。宣伝部花椿編集室(後に企業文化部)に所属し、『花椿』誌の編集に13年間携わる。2001年よりフリーランスとして国内外の雑誌に寄稿、2002年にインディペンデント出版のプロジェクト『here and there』(AD・服部一成)を立ち上げ、2014年までに11冊を刊行。著書に『パリ・コレクション・インディヴィジュアルズ』『同2』、編著に『ベイビー・ジェネレーション』(すべてリトルモア)、共著に『わたしを変える”アートとファッション” クリエイティブの課外授業』(PARCO出版)。展覧会の原案となった著書『拡張するファッション』(スペースシャワーネットワーク)に続いて2014年には、展覧会の空気や作家と林央子の対話を伝える公式図録『拡張するファッション ドキュメント』(DU BOOKS)が発売された。



水戸芸術館「拡張するファッション」展で行われたパスカル・ガテンのワークショップ報告 journal by林央子

>>Interview(1)

>>Interview(2)

>>Interview(3)

>>Interview(4)

>>Interview(5)