オルティスの打席で見られた「特別シフト」

 5月9日のレンジャーズ対レッドソックス戦で、レンジャーズダルビッシュ有投手が9回ツーアウトで初ヒットを許し、ノーヒットノーランを逃した。7回ツーアウトまでは打者を1人も許さない完全試合を予感させる快投だった。

 本人も「調子自体は一番ではないですけれど、内容としては相手はレッドソックスですし、すごいよかったと思います」と口にしており、快挙を逃しても手応えのある投球だった。

 7回、そして9回。ダルビッシュの記録の前に立ちはだかったのは、主砲のデビッド・オルティスだった。7回にレンジャーズのセカンドのオドール、ライトのリオスの間に落ちる打球を放った。記録はライトのエラーとなり、完全試合は21人目の打者で消滅。9回もダルビッシュの126球目のストレートをきっちりととらえ、ライト前へ運んだ。

 ここで注目したいのが、この両方で特別なシフト、守備隊形が組まれていたことだ。「オルティス・シフト」と呼ばれるもので、左バッターで右方向への引っ張りの打球が多いことから、セカンドが定位置よりも右寄り、ショートがセカンド側の二塁後方を守っていた。ライトはフェンスに近く、ライト線に近い、深い位置を守っていた。

 そのため、7回のレンジャーズの守備ではほころびが出た。オルティスの飛球は誰もいない、本来ならばライトの定位置付近であるところに落ちた。オドールも落下点まで入ったが、捕球できなかった。リオスも深かったため、間に合わなかった。2人とも定位置ならばアウトにできたボールだったこともあり、公式記録員はヒットではなくエラーと判定した。

 9回のヒットも同様で、一、二塁間に内野は3人。そのセカンド、ショートの間を破るオルティスのヒットだった。これもセカンドが定位置ならば捕球できたボールだった。オルティス・シフトは結果的に、ダルビッシュの快挙を後押しできなかった。

なぜ打者はシフトの逆方向に打たないのか

 この守備隊形は日本でも用いられる。古くは「王シフト」と呼ばれ、世界のホームラン王を封じるために、1960年代に広島カープが取り入れた。当時のコンピューターを駆使して、王の打席をデータ化し、一塁方向への打球が多いことが数値でも裏付けられた。そして、ある日の巨人戦で突然、一、二塁間に野手が3人もいる布陣を披露したのである。

 打撃方向を算出し、アウトにする確率を増やす狙いもあるが、バッターの動揺を誘う狙いもあった。その後はペタジーニや、イ・スンヨプなど、左の強打者たちに敷かれるようになった。

 メジャー・リーグの世界ではもともと、これを「ブードローシフト」と呼んだ。レッドソックスの伝説の4割打者、テッド・ウィリアムスを抑えようと、当時のインディアンスの監督のブードロー氏が考案した。最近では、オルティズだけでなくレイズで本塁打王もとったカルロス・ペーニャやマーク・テシェイラらにも使われている。

 左打者のこのシフトの時、二塁と三塁の間には守備は1人しかいない。「それならば、三塁方向へ打てば良いのでは?」という疑問も上がるだろう。プロレベルならば簡単だろうと思うかもしれないが、そういう問題でもないようだ。

 このシフトを敷かれる選手というのは、ほとんどがクリーンナップを打つような主力打者だ。彼らが方向を定め、コンパクトに流し打ちを試みれば、長打の確率が下がるため被害は少なくて済む。また、普段のフォームを変えてまで左方向に打とうとすれば、打者が一番嫌がるフォーム崩れにつながる危険性も高い。

 強打者としてのプライドもあるため、野手のいない方向に打とうとしないということもある。プライドをかけて、シフトを破るバッティングや、守備の手の届かないホームランを狙う。それが打者の本能でもある。特別シフトの裏にはこのような心理戦も行われているのだ。

 その上で、特別シフトを破ってダルビッシュの完全試合とノーヒットノーランを阻んだオルティスは、やはり大打者だと言えるだろう。