『Doomsday Preppers: Season 1』Doomsday Preppers/ナショナル ジオグラフィック チャンネル。これは英語版で、日本語版はまだ出ていないみたいです。夫婦が普段着にガスマスクつけているのでびっくりしますが、実際普通のおだやかな人が「経済が崩壊するんで食糧をためて……」とか語り出す番組なので、内容にぴったりあったパッケージです。

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12月14日、20歳のアダム・ランザは自宅のベッドで寝ている自分の母親を銃で殺害したあと車でコネチカット州ニュータウンの小学校にいって、自宅から持参した二丁の拳銃と一丁のアサルトライフルで5〜10歳の児童20名と教職員6名の命を奪い、自らの命も絶った。銃乱射事件が多いアメリカでも歴代第二位となる死傷者数、しかも大半が児童ということもあり、事件は全米の注目を集めた。オバマ大統領は涙ながらに銃規制の見直しを語り、いつも銃規制に反対しているロビー団体NRA(全米ライフル協会)は「悪いのは銃じゃなくてメディアやゲーム。銃を持った悪人を止められるのは銃を持った善人だけなので、学校に銃を持った警察官を配置するべき」と発表してひんしゅくを買った。こんな騒ぎのなかで、思いもよらないとばっちりを食った人たちがいる。「プレッパーズ」という人たちだ。

プレッパーズとは、世界の終わりに備えて、水や食糧を貯め込んだり農園を作って自給自足を目指したり、地下にシェルターを作ったり武器を集めたり戦闘技術や応急手当などのサバイバル技術を磨いて自衛を志す人たちのことだ。サバイバリスト(生存主義者)とも呼ばれている。近年、文明が崩壊してゾンビが闊歩する世界を描くドラマ「ウォーキング・デッド」や、放射能にあふれた世紀末を舞台にした「フォールアウト」のヒットもあって、その数は全米で300万人に達している。世界の終わりに備えるといわれるとマヤ暦の終焉を信じてた人たちを思い出してしまうが、プレッパーズは世界が終わる理由にはあまり興味がない。金融崩壊、伝染病の大流行、ハリケーン、地震、津波(このあたりは日本の影響)、とにかく何かあるかもしれないから備えておこう、と「備え」を重視しているのが特徴だ。

なぜこの人たちがとばっちりを受けているかといえば、銃乱射事件の加害者アダム・ランザの母親ナンシーがプレッパーズの一員で、自活、自衛のために食糧や銃をためこんでいた、とナンシーの姉が証言したからだ。射撃練習場にアダムを連れていっていたという証言もある。ここだけ切り取ると、なんだかプレッパーズが危険な思想集団に見えてしまう!

実際、彼らは危険な人たちなのだろうか? アメリカでは、全米のプレッパーズを紹介する「プレッパーズ〜世界滅亡に備える人々(原題 : Doomsday Preppers)」というテレビシリーズが制作されて人気を集めている。日本でも放送されていたし、英語でよけれは一部のエピソードはyoutubeで無料で観ることができる。全米のプレッパーズのお宅を訪問して、秘蔵の物資やグッズの数々、ご自慢の生存戦略やサバイバルテクニックを見せてもらって、最後に専門家がサバイバル度を採点するという番組だ(だいたい「食糧、護身術はバッチリですね。でも近くに水場がないのはマイナスです」みたいにホメて落とす)。世界中のコンピュータが故障することを心配して発電機や無線を揃える人、食糧不足を心配してグリーンハウスやいけすを作る人や手製の弓矢で狩りの練習をする人、経済の崩壊を心配して物々交換のためにリンゴやハチミツを栽培する人。あまり危険ではなくて、どちらかといえばマジメで良い人たちに見える。「太陽の異常活動が電子機器に影響を与えるんだよ。信じない人もいるけど、おれも自分が間違ってるだけであってほしいと思ってる」と笑顔で語る姿は、少しマヌケにさえ思えてしまう。要するに、信じ込みやすい人たちなのだ。

ただそんな人たちでも銃や弓矢や格闘術の習得には余念がない。射撃練習に打ち込んだり銃を構えてパトロールしている姿は、マジメそうなだけにちょっと怖い。英語のホームページにプレッパー度を診断するコーナーがあるが、水や食糧の備蓄、住んでる場所の他に、銃器をどれだけ持っているかも質問に入っている(たくさん持っていると得点も高い)。やっぱりアメリカでは銃器が生存に直結していると考えられていることが実感できる。しかし、大異変があったときに、助けを求める人たちを銃で追い払いながら、ためこんだ物資を限られた人たちで占有して生き延びることができるものだろうか? 優越感は感じられるだろうけど、すごいストレスにもなりそうだ。参考になる記録もある。1992年のロス暴動では韓国人商店街が略奪の対象になった。店主の多くは銃で武装していたし、兵役の経験者さえいたにも関わらず。あまりに多くの人が押し寄せてきたら、銃で防ぎきることは難しい。

もちろんテレビ番組に出ている人がプレッパーズのすべてではない。お金があって派手な備蓄や設備を用意している特別な例だけを紹介している、と指摘するプレッパーもいる。大半のプレッパーズは、同じ思想を持っていない人とも仲良く暮らし、普通に働き、ほんの少しだけ水や食べ物を備蓄し、災害対策キットを用意しているだけだという。趣味やライフスタイルだという人や、生命保険や火災保険みたいなもので、万一のときの備えをしているだけだという人もいる。未来はどうなるか予測できない。だからこそ自分ができる範囲で何か準備をしておきたい。それはすごくまっとうなことに思える。景気も悪いし環境破壊や自然災害も多い今の時代に、何の心配も無く毎日を過ごしている人のほうが珍しいだろう。

私も震災以降、水や物資を少しだけ多めに買うようになったし、風呂おけにも水をためておくようになった。世界の終わりというとちょっと身構えてしまうけど、あいまいな不安を感じていて何か対策を打って安心したいだけなんだと考えると、プレッパーズも自分もそれほど違うわけじゃない。だから自衛のためにと武器をそろえて射撃練習にいそしんでいる姿を見ると、あ、でもやっぱり違うんだ、と少しさびしくなる。お互い迷惑がかからない程度に準備はしておいて、何かあったときに余るようなら分けあえば、感謝もされるし尊敬もされる。それぐらいで何とかなりませんかと言いたくなってしまう。(tk_zombie)