アウェーのオマーン戦ではPKをストップしチームを救った楢崎<br>【photo by Kiminori SAWADA】

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 「別に僕は何も変わらないですよ」5月のキリンカップから、日本代表のゴールマウスに立つ楢崎正剛は、淡々とそう語った。

 わずかひとつしかないゴールキーパーのポジション。日本代表のその座は、約10年近く、楢崎と川口能活によって争われてきた。日本が出場したワールドカップは、98年フランス大会には川口、02年日韓大会には楢崎が出場。06年ドイツ大会は再び川口が守護神となった。

 02年ジーコ監督就任直後は、楢崎が正GKだった。しかし、04年6月ワールドカップ1次予選のインド戦直前、楢崎が負傷。代わりに出場した川口にその座を奪われている。

 「何度か試合に使ってもらうチャンスがあったのに、そこでしっかりとした結果が出せなかった。アピールが足りなかったのかもしれない」とのちに、楢崎は振り返る。

 川口と楢崎のライバル関係にも変化が生まれている。20代前半は明らかにぴりぴりしたムードが二人の間にあった。「僕自身は、能活のことを意識するという気持ちはなかった。周囲が“ライバル”と話していたから、抜かなくてはいけない存在だという風には感じていたけれど」と振り返る。そして、ドイツ大会が終わったとき「またこの3人(土肥、川口、楢崎)で、ワールドカップへ出たい」と楢崎は語っていた。それくらい3人は良いチームワークが作れていたという。

 そして2006年オシム監督が就任し、代表チームが新しくスタートするが、そこに楢崎の名はなかった。

 「クラブでリーグ優勝をしたいという目標もあったし、代表に選ばれないことは気にはならなかった。まあ、大学生(林彰洋=流通経済大)が選ばれたときは『なんで?』って、思ったけど(笑)。それは僕に限らず、すべてのプロ選手が感じたんちゃうかな」

 07年5月、オシムジャパンへ初招集されるが、試合出場機会はなかなか巡ってはこなかった。そして岡田監督が就任後、08年1月末のボスニア・ヘルツェゴビナ戦で先発出場を果たしたが、指揮官は「第1GKは川口だと思っている」と語っている。

 「少し代表から離れていたからこそ、代表の面白さを感じられるようになった。この場所(代表)は持っておきたいという気持ちもある。だからこそ、グランパスで結果を残さなくちゃいけない。代表でもチームメイトが優勝争いとかの話をしていると、僕は肩身も狭かったからね(笑)」

 クラブで結果を残せば、代表での試合出場のチャンスも手にできると、楢崎は考えていた。

 08年3月ワールドカップアジア3次予選、アウェーで戦ったバーレーン戦で日本は敗れた。その試合直後、楢崎は難しい表情でバスに乗り込んだことを思い出す。

 「まだ、チームとしてどう戦うかという意識が浸透しきっていない状態だったと思う」とその試合を振り返る。そして、そのバーレーン戦から2カ月後、先発出場のチャンスがめぐってきたのだ。

 「GKを変えるということで、監督はチームに刺激というか、変化を求めているんだと思った。そこで何も変わらなかったら、自分が試合に出る意味はない。だから、絶対に試合に勝つこと、自分の力を証明しなくちゃいけないと、緊張感というか、プレッシャーがあった」

 6月19日の練習後、楢崎はそう話してくれた。

 キリンカップでは結果が残せたが、アウェーでのオマーン戦では1−1と勝利は飾れなかった。それでもPKをセーブするなど、GKとしての仕事は果たせている。そんな楢崎からは、自信がみなぎっている。

 「別に気持ちはいつも同じ。自信はいつでもありますよ」と笑うが、所属する名古屋グランパスが、今シーズン好調を維持していることも原因にあるように思う。

 「やはり、クラブの調子がいいと気持ちよく代表へ合流できる。やっぱり失点を重ねているよりも、すくないほうが、前向きな気持ちになれるしね」

 試合に出られない時期に抱えていた悔しさは確かにある。しかし、その気持ちは特別なものでもない。ひとつの椅子をめぐるポジション争いを強いられるGKにとって、大事なのは常に平常心で練習し、チャンスが来たら試合に挑むということだ。

 「常に挑戦者という気持ちが大事だし、自分の力を証明できるよう最善を尽くすだけ。それは試合に出ていてもベンチでも変わらない」

 正GKのポジションを守るという姿勢は、楢崎からは感じられない。ポジション争いは今もなお続く。気を抜くことはできないのだから。その思いがあるからこそ、彼は輝き、安定したオーラを放っているのだろう。

text by 寺野典子


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