ネット上で″公平な″ツールを作り続ける−−シックス・アパート CTO平田大治さんに聞く−−

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シックス・アパート株式会社は「Movable Type」を提供する企業だ。
Movable Typeはブログツールとして2001年に登場し、以来17年近く、世界各地で使われている。

その最新版である「Movable Type 7」が今年5月にリリースされた。約5年ぶりのバージョンアップだ。シックス・アパートのCTO・平田大治さんにMovable Typeの今、そして、これからの話を伺った。


シックス・アパート株式会社 CTO平田大治



◎コンテンツを管理しやすくなった「Movable Type 7」
2001年の最初のリリース当初は、Movable Typeはブログのツールとしてブロガーに使われていた。現在でも、個人で使う場合は無料となっている。
一方、企業などや商用、ビジネスとして使う場合は、ライセンスの取得が必要だ。
現在は、企業が運営するコーポレートサイトやメディアサイトで利用する商用のCMS(Content Management System、コンテンツ管理システム)として多く使われている。

実際に、今回の機能追加は企業ユーザーを意識したものも多数入っているという。

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平田:前回のバージョンアップから5年弱、お待たせした分、コンテンツ管理システムとして大きく進化させました。Movable Type 7は、いまや単なるブログツールを超えて、本格的なWebサイトの管理ツールになっています。その集大成であり、順当に進化してきたものです。

これまでMovable Type 6では、サイト(トップページや製品ページといった個別のページを複数設定可能)とサイトに紐付くブログ(ニュース一覧やリリース一覧などの記事形式コンテンツ)を作るという形式でした。ですが、コンテンツの形式は、ブログ以外にも多数あります。そこで、今回のバージョンからは、いろいろな形の情報を格納できる仕組みを作りました。これを、私たちはコンテンツタイプと呼んでいます。
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コンテンツタイプを使った管理


たとえば、企業サイトの場合、ニュースやプレスリリース、イベントのページなどがある。
イベントのページでは、イベントタイトル、概要、講師といった項目がある。
これをMovable Type 6で作ろうとすると、ブログ形式の記事の「タイトル」フィールドにイベントタイトル、「本文」フィールドに概要を入力し、サイト毎に独自に設定しているカスタムフィールドに講師などを入れるという形になる。

ただし、カスタムフィールドを多用していると、あっという間に数が増え当初のフィールド設計と実際の使われ方が乖離していくなど、運用が破綻してしまう事例をよく聞く。
個別に管理したい情報であっても同じフィールドに入れざるを得なかったり、ページによって必要な情報の種類が違う場合はフィールドの読み替えを行ったり、といった当座しのぎのやり方になりがちだ。

実際のサイト更新の現場では、スキルレベルが異なる多くの人が関わっている。そんな中、サイト構築当初の情報設計に沿った形で、情報を取り扱えるようにしたいということだ。

イベントの場合を例にあげれば、
・日時や会場
・参加費
・主催者の情報
などの情報設計に沿って、誰でもが簡単にフォーマットに合わせた形で登録できるようにすることで、その情報をサイト内外で再利用しやすくなる。

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平田:それぞれのコンテンツの情報を整理した上で管理することによって、情報の見通しがよくなって、サイトの管理がしやすくなります。新しい概念であるコンテンツタイプの活用方法をイメージしてもらうために、JungFrauというコンテンツタイプをフル活用したテーマを提供しています。
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実際の運用では、同じような記事をコピーして作成するということがよくある。
手っ取り早いし、効率良く記事を発行するだけならそれでもいいのかもしれない。
だが、今はそれでは難しいと平田さんは言う。

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平田:Movable Typeが最初に出てきた2001年頃は、まだウェブに情報があまりなかった。だから、とにかく簡単に情報がパブリッシュできることが求められました。
ですが、今は違います。

今は情報があふれています。そして、みんなは正しい情報にアクセスしたいと思っている。
つまり、情報をきちんと管理し続けるということが大事になってくるのです。

企業の場合、ウェブ制作は外部にお願いしても、運用を自社で行うという形も多いと思いますが、その運用が大事になってきています。
運用するスタッフのことを考えると最初に情報設計をちゃんとやることが大切です。Movable Typeではコンテンツをすべて静的なHTMLファイルに書き出せるので、コンテンツタイプを定義してテンプレート化してしまえば、運用では、簡単に入力するだけになります。
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こうした企業対応を進める一方、エントリーユーザーに対してはMovavleType.netの提供を始めている。
エントリーユーザーがMovable Typeを使おうとするとき、やはり
・サーバの準備
・データベースの構築
・Movable Typeのインストール
といった作業が壁になる。
「使うまでのプロセス」が煩雑で、使い始めてからもOSやミドルウェアなどにセキュリティホールが見つかれば、対応しなければならない。
個人でそこまでやるとなると、なかなか敷居が高い。MovavleType.netはログインするだけで使えるサービスだが、Movavle Typeと同様の本格的な機能が利用できる。

また、サーバ管理までシックス・アパートが請負、Movable Typeの管理画面から始められるというクラウド版のサービスもある。これも、ユーザーはセキュリティ対策といった管理作業に煩わさすに済む。


◎変わるブログの位置付け
Movable Type、あるいはブログが登場した頃に何が新しかったかというと、ウェブサイトという単位ではなく、ページごとにURLがあるパーマリンクという考え方だ。

それまでのサイトの構成は、ウェブサーバー内のディレクトリ構成がそのまま表れていた。
たとえば、「diary」や「news」など、カテゴリ(ディレクトリ)分けされた中身は、1つのファイルに新しい情報を追記していくというイメージになる(今のウェブに慣れていると想像しにくいが、ちょうどインデックスページしかないという感じが近い)。

これにより、何となく「サイト全体」として見ていたものを、サイトの中のこの情報、あの情報と、識別しやすくなった。情報を分ける粒度が細かくなって、自分が必要な情報にアクセスしやすくなった。見やすくなったのだ。

ただ、今のブログの価値はどこにあるのだろうか。

当時はネットの中で自由に自分の意見を言える場所は少なかった。
だからこそ、自分でブログを作り、自分なりの発信をしていた。
しかし、今はわざわざ、自分で場所を確保しなくても、TwitterやFacebookにアカウントを作れば、自分の意見が言える。さらに個人のブログよりも人の目にふれる可能性も高い。

今、TwitterやFacebookに押されブログのブームは去ったようにも感じると、筆者は平田さんに意見をぶつけた。

平田さんからは、柔らかいが、きっぱりとした解答が返ってきた。

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平田:それは違うと思います。特別なものではなくなって、一般化したということだと思います。TwitterやFacebookは便利だし、友だちや交友の幅を広げるにはよいツールだと思います。でも、(TwitterやFacebookという)プラットフォームに完全に支配されていますよね。

自分たちできちんと管理してコンテンツを持っておくということを考えたときには、それにはブログというメディアが適していると思います。

もちろん、ブログもプラットフォームとして提供されている会社さんがたくさんありますが、Movable Typeをいまだに使っていただいている方というのは、そこも自分で管理したいと思っている方なのではないかと思います。

サーバーの費用であったり、メンテナンスであったり、非常にコストがかかる。それでも、ちゃんと自分で管理して運営したいと思っている。そして、それが(ブログの)読者の方にも受け入れられているのだと思います。
その手段を私たちは、とても大事だと思っているんです。
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ブログの位置づけが変わったように、ネットの状況は20年前とは様変わりしている。

Movable Typeには企業のユーザーが多い、
彼らが、提供されているブログサービスを使わないのは、自分たちが完全にコントロールできないことを嫌がるからだ。
たとえば、利用規約や広告など。しかし、それは個人も同じことだ。

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平田:Adsenseもコンテンツの基準が厳しくなって、それに振り回されている人も多いと思います。広告費が稼げれば、何が入ってもいいのかというと、それも違うと思います。
無料のブログサービスに比べると、手間もコストも掛かるのですが、提供することを我々のほうから止めようとは思いません。
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さらに言うと、Movable Typeはデータをローカルに保存できる。
昔からあるフォーマット(ほぼ業界標準)を使っており、もし開発やサービスが続けられなくなったとしても、移行ができる。データさえ保存しておけば、なんとでもなるという安心感がある。


◎ネットは中立、自由な場であるべき
Movable Type 1.0が登場したのは2001年の10月、これは911の直後だ。
そこにMovable Typeの大きなポリシーがあると言う。

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平田:2001年のとき911が起きて、みんな自分がどう思っているかを発信したかった。
(Movable Typeは)そのためのツールとして作られています。
ですので、ありとあらゆる党派の人たちに使っていただいています。

2004年のアメリカの大統領選挙のときは両陣営で使っていました。
僕が覚えている限りでは、アメリカがイラクを空爆しましたが、イラク側のブロガーがそのニュースを伝える記事をMovable Typeで書いています。

いろいろな言語で使えるように、努力して使っていますし、そういう意味でも偏りのないツールになっています。
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「中立」であるか否かというは、いまのネットでは特に重要な要素だ。
すでにネットへのアクセス手段として、モバイル(スマートフォンやタブレット)がPCを上回っている。これが意味するのは、スマートフォン/タブレットを持つ、ほぼ全員がネットに接続できる状態にあるということだ。

現在の社会では「ネットにアクセスしている」という意識もなく、地図アプリを開き、乗り換え案内を検索し、というように日常生活の中で使われている。
しかし、自然に使っている環境、そこに何らかの意図が見え隠れすることほど怖いことはない。

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平田:実際、「ディストリビューテッドメディア」というのが一昨年くらいから流行っていますが、Facebookがタイムラインからの流出量を減らすという調整をしただけで、メディアのトラフィックが一気に下がったという話もあります。オーガニックにFacebookで情報を拡散するというのは難しくて、ほぼ広告モデルに変わっています。

そういうことを考えると、企業は特に、ユーザーに正しい情報を届けられるチャネルを持っておいたほうがいい。自分の公式の場を作って、きちんと情報を管理できるようにしておくというのがよいと思います。

ユーザー側にとって、情報にアクセスする際に管理された企業サイトの情報なのかということで目安になります。公式サイトの信頼性は、今後さらに高くなると思います。
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現在のウェッブサイトでは、「運用することが大事」という意味が、10年前、20年前と違ってきている。ウェブに情報がまだ少なかった時代はいくらでも出せばよかった。次第に情報が過多になり、どう届けるかという面ばかりにとらわれるようになっていった。

そこに登場したソーシャルメディアの力を使って、いかに拡散するかが競われた。
そして、ソーシャルメディアのプラットフォーム側は、個人の嗜好に合わせた
「あなたはこれが好きですよね」
といった情報をパーソナライズして見せる(提供する)ようになった。

しかしここ数年、偏った情報の中に埋もれてしまうという弊害も問題視されはじめている。
この後のネット世界では、ある種、揺り戻しといったアクションが起きていくのではないか。

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平田:僕はインターネットができて、インターネットが進化してきている流れはいいことだと思っています。情報の流通コストが劇的に減って、以前であれば、大企業やお金を持っている人でないとメディアの力を使えなかった。受け取る側は、広告と一緒にパッキングされた、流通コストが載せられたものをひたすら受けるしかなかったわけです。

限りなく一方通行の情報流通だったのが、インターネットができることによって、非常に多様なルートができてきたのかなと思います。

今までであれば、コストをかけないと発信できなかったため、価値のある情報だけを流そうという形だった。それはそれで麗しい世界だったと思いますが、今は玉石混交でたくさん情報が出てくるようになった。どんなつまらないネタでも情報を流していいとなって、いろいろな情報にあふれてきて、ダイバーシティができて、よりおもしろくなってきているのかなと思います。

この方向が続いていって欲しい。
ただ、ちょっと心配ごともあるのかなと思っています。プライバシーの問題であったり、フィルターバブルといったりすることもそうですが、プラットフォームによって自由が制限されてしまうというところ。

インターネットは、みんなが自由にできるような場所であったほうがよいと思います。犯罪はもちろんダメですが、そういうところはお互いに考えて。でも、なるべくルールは作らないほうがいいと思っています。
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シックス・アパートという企業は、1つのツールを軸に、それを作り続けている。
企業体としてのシックス・アパートも、親会社からのEBO(役員や従業員が会社の株式を買い取る)での独立であったり、リモートワークを基本とした働き方(SAWS)であったり、非常に興味深い。そういう働き方だからこそ、ブレることなく、作り続けていられるのかもしれない。

<関連リンク>
シックス・アパート
Movable Type 7
MovableType.net


大内孝子