うっそうと木の生える一角に「生産緑地」の看板が立っている(記者撮影)

「これほどひどいところは見たことがない」。記者が現地の写真を見せると、東京都のある区で農業委員を務める男性はそう驚嘆の声を挙げた。

その「ひどいところ」では、雑草が生い茂り、囲いの中には不法投棄のゴミが散乱している。別の区画では手入れのされていない竹がはびこる。どこからどうみても打ち棄てられた土地としか見えない。しかし、これは東京都江戸川区に指定された農地、れっきとした「生産緑地」だ。

指定を受ければ、税金が120分の1になる

2022年、3大都市圏で地価の暴落がうわさされている。その元凶と言われるのが、生産緑地だ。生産緑地とは、都市部に農地を残す目的で、行政から指定を受けた農地を指す。生産緑地に指定されると、30年間、営農を続ける義務を負うかわりに、固定資産税などの減免や相続税の納税猶予を受けられる。


天高く伸びる竹。まるで竹林のようだ(記者撮影)

JA(全国農業協同組合中央会)の資料を見ると、その優遇ぶりがわかる。北関東のある中核都市で10アール(1000平方メートル)の固定資産税と都市計画税の合計は、宅地で年間21.5万円。通常の農地も市街化区域内では宅地と同じだ。それが生産緑地の指定を受ければ、合計1800円となる。実に120倍もの差が生じるのだ。

さらに相続税の納税猶予という恩恵もある。たとえばある土地の相続に2.5億円の相続税が発生したとする。これが生産緑地であれば、5000万円だけを納税し、2億円の納税猶予を選択することが可能となる。しかも終生、営農を続けるならば、この2億円は納める必要がない。

ただし、仮に10年後に自分から生産緑地の指定解除を申し出た場合、その時点で納税猶予額の2億円に、10年分の利子約6000万円が加算され、2.6億円の相続税を納付しなければならなくなる。

現在、東京、大阪、名古屋の3大都市圏を中心に総面積1万ヘクタール超、東京ドームにして2500個を優に超える生産緑地が点在する。1992年に制定された改正生産緑地法により生産緑地の指定期間は30年となったが、生産緑地の8割が2022年に指定解除を迎える。農業の後継者問題がクローズアップされる中、指定が解除された生産緑地が宅地となって大量に放出される懸念があるというのが「2022年問題」だ。

宅地化を抑制しようと、農林水産省や国土交通省は生産緑地の保全にさまざまな策を講じている。だが、そうした努力をあざ笑うかのように、不作為のまま税の優遇だけを受けている農地も存在するのだ。

職員がお願いしても、何も変わらない

東京都内では東部に位置する江戸川区。その江戸川区の中でも北東、東小岩の辺りに、問題の生産緑地は点在している。


草刈りもされずに放置されている(記者撮影)

生産緑地の管理を行う生活振興部の区職員は、「赴任してきて以来4年、毎年、せめて草くらいは刈ってくれるようお願いをしてきたが、何も変わらない」とあきらめ顔で語った。

同部では区内全域の生産緑地を点検して回っており、肥培されていないような怪しい土地があれば、様子を探る。その結果は都税事務所にも報告を上げている。

都税事務所は「耕作されているかどうか、1回見ただけでは判断できない。3年くらい耕されていなくとも休耕扱いにして様子を見る」という。問題の生産緑地は、近所の人の話によれば、10年以上前から草が生い茂っていたとの声もある。生産緑地を耕作放棄したのであれば、税減免という恩恵も剥奪されてしかるべきだが、ことはそう簡単ではない。

実は、生産緑地は休耕扱いとされても、税優遇の措置が続く。生産緑地の指定解除は、生産緑地所有者が耕作できなくなるほどの病気や故障を負うか、死亡するかのどちらかに限られる。

休耕や耕作放棄はそのどちらにも当てはまらないのだ。そして、行政側が一方的に指定解除を通達することはできない仕組みになっている。「ひたすらお願いベースで、耕作をしてもらうよう“指導”と是正勧告を繰り返すしかない」(生活振興部)。

生産緑地の所有者には大地主が多い。江戸川区の耕作放棄地と見まがう生産緑地の所有者であるM氏も、多くの土地を所有する地元の名士だ。各地域には税務署の協力団体で、税制に関する啓蒙や納税教育を進める法人会という組織がある。M氏は長く江戸川北法人会の会長職を務め、数年前に定年でその職を退くまでは講師として税金の納付勧奨や啓発のセミナーなどを開催していたという。


生産緑地とは名ばかりの状況だ(記者撮影)

また、20数年に渡って、複数の町内会の連合体である連合町会の会長や、江戸川花火大会の大会委員長も務めた。

東洋経済は、このM氏に生産緑地の耕作放棄について、再三にわたり取材を申し込んだ。しかし、何の返答も得られなかった。まがりなりにも税に関する啓蒙セミナーの講師を務めた人物として、ノブレス・オブリージュ(高貴な者の義務)を果たす責任があるのではないだろうか。

ただ、冒頭の農業委員は「これほどひどいものは見たことがないが、何の生産もしていないのに、営農を続けているように見せかけている農地は意外とある」と打ち明ける。

生産緑地制度への疑問も

かくも問題のある生産緑地は今後どうなるのか。

長年、都市部の農地を見守ってきたJAの関係者は、「10年前とは比較にならないほど、都市農地に対する理解が深まってきた」と語る。体験農園などを通して、都市部で農業に触れる人も増えてきた。官民を挙げて、都市に農地を残そうとする機運も高まりつつある。

一方で「生産緑地の税優遇に対し、こころよく感じていない人も多い」(農水省)。生産緑地の耕作放棄や偽装耕作のような事例が放置されれば、生産緑地制度自体に疑義をとなえる人が出てくる可能性も否めない。

2017年4月には生産緑地法が改正された。30年経過後は「特定生産緑地」となり、更新は10年単位となる。束縛期間が短くなったことで、監視・罰則の強化が打ち出されてもおかしくはない。ただ、実際の運用は5年後。その前に、自らの襟を正すべきではないだろうか。