2014年に"座高測定"が廃止になった理由
■米医学会が指摘する「ムダな医療」とは
2011年からアメリカの医学会では「Choosing Wisely(賢い選択)」という運動を展開しています。この運動は、アメリカ全体の総額医療費を削減するという「コスト」の面では首肯できます。
たとえば(1)は、ウイルスには抗生物質は効かないので当然です。(2)もコレステロール対策薬の特許が切れたことで、これまで利潤をあげてきた製薬会社の圧力が減り、ようやくまともな議論が始まったところです。
医療費削減は米国政府の大きな課題です。特に09年にオバマ政権が誕生してからは保険加入者が増え、優先順位が上がっています。これに対して医学会は、政府の介入で医療の柔軟性が失われることを恐れ、先んじて「いらない医療」を決めることで、主導権を取ろうとしています。この運動には、「患者のため」だけではなく、「医学会のため」という側面があるのです。
IT技術やゲノム研究の進化により、いま医学の世界では「個人化」が急速に進んでいます。たとえば(9)は、祖父や父親など家族が脳卒中で倒れている場合、遺伝的にも環境的にも脳卒中になりやすく、定期健診が有効です。検査をすることで、本人のストレスも減ります。(5)や(6)、(7)、(8)についても、人によって判断を変えるべき。もはや一律に判断することは時代遅れです。
国ごとにも違います。(3)ではサプリメントが否定されていますが、ダイエットブームの影響で日本は「貧血大国」。特に女性の栄養不足は深刻です。鉄分のサプリメントは有効でしょう。
■健診の目的は「徴兵検査」だった
日本はどうでしょうか。これだけ多項目の定期健診をする国は、世界でも日本だけです。日本で健康診断が始まったのは明治以降。その目的は「徴兵検査」でした。2014年、座高測定が廃止された理由は「健康管理とは関係ないから」。座高測定は、足が短ければ重心が低くなり、「いい兵士になる」という理由で始まったのです。
国策による医療政策は、つねに「一律」で行われます。それは国の都合を反映させたもので、必ずしも患者のためではない。たとえば全員が「メタボ健診」を受ける必要はないはずです。
医療とはどうあるべきか。医師アンケート(※)でも(10)の設問で回答が分かれました。「コスト」の議論だけでは個人化に対応した医療は実現できません。たとえば(4)は医療費は削減されるでしょうが、画像診断を受けられず不安を募らせる人もいるでしょう。患者の不安に応えるのも医療者の役割。一律の判断は誰のためなのか。もう一歩踏み込んだ議論が必要でしょう。
(※)日本の医師の3人に1人が登録する医師専用サイト「メドピア」の全面協力で、プレジデント誌が2度にわたり、前代未聞の匿名アンケートを実施。
(医療ガバナンス研究所 理事長 上 昌広 構成=伊藤達也)