【コラム】史上最大のアップセットを成し遂げたレスター・シティ

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▽レスター・シティが偉業を達成した。5月2日、2位のスパーズがチェルシーと引き分けことで、勝ち点差7ポイントを維持。2試合を残し、創設132年目で奇跡的なプレミアリーグ初優勝を決めた。

◆降格候補が史上最大の番狂わせ

▽シーズン前は降格候補だった。それもそのはず、昨シーズンは4月の時点で最下位。最後の9試合で7勝を記録し、辛くも残留に成功したクラブだった。さらに、オフシーズンには、残留の立役者であるナイジェル・ピアソン監督を電撃解任するなど、ドタバタのシーズンスタートとなった。

▽開幕時点で大手ブックメーカー『ウィリアム・ヒル』が「レスターのプレミアリーグ優勝」に設定した倍率は5001倍。『ESPN』によれば、同倍率だったのは、「エルヴィス・プレスリーは生きていた」、「イエティかネッシーの存在が証明される」、「イングランドでクリスマスに1年で最も暖かい気温を記録」、「バラク・オバマが大統領を引退した後にイングランドでクリケット選手になる」といったもの。つまり、『あり得ないジョーク』級の賭け対象だった。

▽『ウィリアム・ヒル』のスポークスマンであるジョー・クライリー氏は、「スポーツの賭け事の歴史上で、5001倍を的中させれば単一の対象における最高倍率となる」と話しており、レスターのプレミアリーグ優勝は“史上最大の番狂わせ”として、歴史に刻まれた。(ちなみに、2位の記録はウェールズ代表MFハリー・ウィルソンの祖父が、ウィルソンが生後18カ月の時、「孫が将来ウェールズ代表でプレーする」と賭けて的中させた2501倍だ。)

◆レギュラー固定とMVP級の3選手

▽しかし、フタを開けてみればクラウディオ・ラニエリ率いるチームがプレミアリーグを席巻した。昨年10月以降は常に3位以上のポジションをキープ。1月以降は首位を譲ることなく逃げ切った。よく例えられる競馬で言えば、4角先頭からの押し切り。まさに、“強い勝ち方”だった。

▽今季のレスターは、近年の優勝クラブには珍しく“絶対的レギュラー”が多数存在するチームだった。GKのシュマイケル以下、シンプソン、モーガン、フート、フックス、カンテ、ドリンクウォーター、オルブライトン、マフレズ、岡崎、ヴァーディの11人は、ここまでのリーグ戦で25試合以上に先発している。25試合以上に先発した選手の数は、もちろんプレミアリーグで最多だ。
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▽欧州大会に参加していなかったとはいえ、フィジカル面でタフなプレミアリーグにおいて、これだけレギュラー選手のコンディションを維持できたのも奇跡的。メディカルスタッフが優秀であることの証左であり、彼らのたゆまぬ努力がレスターの躍進を支えた。

▽選手に話を戻せば、11人の中でも群を抜く運動量と圧倒的なボール奪取能力で最終ライン前の防波堤となったMFエンゴロ・カンテ、第36節終了時点で17得点11アシストを記録してPFA年間最優秀選手に輝いたMFリヤド・マフレズ、同じく22得点を記録しただけでなく前線からの連続プレスで守備にも貢献したFWジェイミー・ヴァーディの3選手は、リーグのシーズンMVPに相応しい活躍だった。

▽そして、その3選手をレスターに引き入れたリクルート部門のトップで、2011年からレスターのアシスタントコーチを務めるスティーブ・ウォルシュの功績は見逃せない。チェルシーのアナライザーを務めていた時代には、ジャンフランコ・ゾラやディディエ・ドログバ、マイケル・エッシェンらの獲得に携わったといわれる彼の慧眼なくして、レスターの偉業はあり得なかっただろう。
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◆戦術を変えたラニエリの手腕

▽もちろん、ラニエリの手腕も素晴らしかった。前半戦はハイプレスのアタッキングフットボールで打ち合い勝負に持ち込み、勝ち点を積み重ねた。しかし、多くの運動量が求められるこのようなスタイルでは後半戦で息切れすることを見据え、中盤戦以降は最終ラインの設定を低くし、よりカウンター色を濃くした。

▽前半戦は19試合で25失点・クリーンシート4回だったのに対し、後半戦のここまで16試合は9失点・クリーンシート11回。この数字からも、ラニエリの仕事ぶりが分かるだろう。前後半で戦い方を大きく変化させたのは見事だった。

▽今季からレスターを指揮し始めたラニエリだが、プレミアリーグは初挑戦ではなく、2000年から2004年まではチェルシーを率いていた。ブルーズでの経験が今季のマネジメントに大きく生きたことは間違いない。

◆歴史的チームのレギュラーとして名を残した岡崎

▽そして、この歴史的なチームに岡崎慎司が在籍していたことも日本人にとって嬉しいことだ。しかも、第21節以降は全試合で先発するなど、レギュラーとして優勝に大きく貢献したことは非常に誇らしい。
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▽5得点0アシストと数字上では平凡にみられるかもしれないが、岡崎の働きは大きかった。豊富な運動量を生かしたファーストディフェンダーとしてのプレスや、相手守備陣を釣るインテリジェンスなランニングは、ヴァーディの得点量産やチームの堅守を助けた。守備と戦術の国であるイタリア人のラニエリが絶賛するのも頷けるプレーぶりだった。

◆来季の目標は…

▽かくして、レスターはプレミアリーグ、いやスポーツの歴史に名を残す奇跡的な偉業を達成した。来季は、クラブ史上初となるチャンピオンズリーグ挑戦が待っている。

▽しかし、チャンピオンズリーグを戦いながらプレミアリーグでも再び上位に進出するのは、困難なはずだ。“絶対的レギュラー”のチームでチャンピオンズリーグと並行することは自殺行為であり、より選手層を厚くする必要がある。メガクラブから標的にされているカンテ、マフレズ、ヴァーディの3人のうち1人ないし2人は流出せざるを得ない状況になることを覚悟して、夏の補強計画を進める必要がある。

▽レスターが王者の座を防衛することは極めて難しく、来季のプレミアでの現実的な目標はヨーロッパ圏内となるだろう。クラブの次のステップは、リーグの上位を維持し続けること。クラブの発展には、継続性が不可欠だ。今回の偉業を10年後、20年後と年月を重ねるごとに輝かさせてはならない。例年以上に忙しくなる今オフシーズン、来季以降のチームの浮沈を左右するフロントの仕事ぶりに引き続き期待がかかる。

《超ワールドサッカー編集部・音堂泰博》