宮内義彦氏

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2014年6月、オリックスの会長兼CEOを退任した宮内義彦氏。小泉内閣時代は規制改革会議の議長を務めて、抵抗勢力と激しくやり合った。かつての改革の旗手は、アベノミクスをどう見ているのか。

■サラリーマンは既得権益である

【田原】宮内さんはオリックスのCEOを退任された。どうしてお辞めになったのですか。

【宮内】幸か不幸か、私はまだ元気です。ただ、元気だからとやっていると、いきなりドンとくる危険性があります。会社というものは、「宮内が終わったら終わったな」では困ります。やはり継続が大切です。徳川家康は元気なうちに席を譲って駿河に行きました。私も元気なうちに次の人にバトンタッチしたほうがいいと判断しました。

【田原】いまはシニア・チェアマンという肩書です。何をするのですか。

【宮内】いま模索しています(笑)。トップをやっていると毎日の仕事に追い回されて、中長期的なことを考えられなかったという反省があります。いまの立場になって、トップができないところを補えればいいなと考えています。

【田原】わかりました。では、さっそく今日の本題であるアベノミクスにいきましょう。アベノミクスは1本目の矢として異次元の金融緩和をやり、2本目の矢で公共事業をやった。これは成功したといっていい。問題は3本目の矢である成長戦略です。これがいまひとつうまくいっていない。どう評価していますか。

【宮内】いま第3の矢というと、コーポレートガバナンスや女性活用、そして地方活性化の話ですよね。いつの間にこんなことになったのか。それぞれ大事なテーマですが、本当の第3の矢は構造改革、規制改革です。こっちはほとんど動いていない。

【田原】規制改革の中身は何ですか。

【宮内】もうメニューはできていますよ。たとえば医療、介護、教育、農業、それから雇用制度。

【田原】メニューはそろっているのに、なぜ実施できないのですか。

【宮内】既得権益を大きくしすぎたんでしょう。医療でいうと、医師会、看護師会、薬剤師会など、たくさんあるわけです。それが社会システムになっていて、つぶすのは政治的にしんどい。

【田原】雇用制度についてお聞きしたい。マスコミはホワイトカラーエグゼンプションについて、残業代ゼロ法案じゃないかといって反対していますね。これはどうですか。

【宮内】労働者の拘束時間が長い社会は私もよくないと思います。ただ、それとホワイトカラーエグゼンプションはまったく違う話。ホワイトカラーエグゼンプションの背景にあるのは働き方の多様性です。フルタイムで働く人もいれば、パートタイムで働く人、春だけ働く人もいる。それに残業時間の規制に関係なく、集中するときにはドンとやりたいという人もいる。世の中が高度化するにつれて人々の生活は多様化していて、それを受け入れるかどうかという話なのに、マスコミは残業代をカットするためのものだという。議論がまったくかみ合っていません。

【田原】雇用問題でいうと、既得権益を持っているのは誰ですか。

【宮内】正規雇用者でしょう。要は雇用が安定しているサラリーマンと称する人が既得権益になって、そうではない非正規雇用の人がわりを食う形になっている。

【田原】どういうことですか。

【宮内】正規雇用は一度採用されたらクビにならないですよね。いったん22歳で就職したら65歳までのんびりやっていても大丈夫だというバカな世界ができていて、たとえ生産性が下がっても企業は解雇できません。だから非正規で雇用調整せざるをえなくなり、非正規はいつ契約が終わるかとびくびくしながら働かざるをえない。これは不公平です。

【田原】どうすればいいですか。

【宮内】きちんと働かない人の雇用を打ち切れるように、解雇条件をはっきりさせることが必要でしょう。

【田原】それを朝日新聞は「解雇の自由化」といっています。

【宮内】解雇の自由化でなく、解雇を規定する、つまり解雇できないことをやめるということだと思います。

■新卒一括採用は20世紀のもの

【田原】アメリカやヨーロッパにも解雇規定はあって、解雇ができる。なぜ日本にはなかったのですか。

【宮内】戦後は「総資本」対「総労働」という中で労働組合の力が強くて、正規雇用ががっちり守られてきましたからね。しかし、いまや組合の組織率は17%。組合は総労働でも何でもない。労働者の40%が非正規ですし、当時とは状況が違います。

【田原】ただ、いま雇用制度に手をつけると、従業員が悪い条件で解雇されるのではないかという危惧もある。

【宮内】一生懸命働いていれば、解雇規定など関係なく、いままでどおりやれるはずです。ところが特権にあぐらをかく人がいるから、非正規が増えて不公平が生まれる。これを正すには、懸命に働いていない人に「ごくろうさまでした」といわないといけない。それで公平になっていくんじゃないですか。

【田原】海外は「この仕事をやりたい」といって「就職」しますが、日本は「この会社に入りたい」と考えて「就社」するという指摘もあります。

【宮内】そうした風潮は変えるべきでしょう。新卒の一括採用は、20世紀の大量生産の時代には効果的なやり方だったかもしれません。しかし21世紀は知識集約社会であり、新しいものをつくっていくことでしか生きられない。そのためには、日本人も外国人も含めて、さまざまな才能や経験を持った人に来てもらう必要があります。そう考えると、みんな新卒で採用するのはズレていますし、毎春に一度行われる入社式というのも、私には違和感があります。

【田原】そうすると、オリックスは新卒が少ない?

【宮内】新卒より、中途で入ってくる人のほうが圧倒的に多いです。

【田原】みんながオリックスのようにやると、新卒の失業率が高くなりませんか。実際、アメリカやヨーロッパはそうなっている。

【宮内】その可能性はあるでしょう。「君の専門は何か」と質問して、「部活を頑張りました」「根性なら負けません」というような学生は雇っても仕方がないですからね。いずれそのような時代になると思います。

■なぜ日本では社外役員が増えないか

【田原】規制改革以外についても聞きたい。コーポレートガバナンスについてはどうお考えですか。産業競争力会議で一部上場企業に社外役員を入れることを法律で決めようとしたけど、結局、決まらなかった。

【宮内】経団連が「社外役員を法的に強制するな」と強く反対しましたからね。そのことを経団連に聞くのが間違っています。コーポレートガバナンスは経営者を駆り立てるシステムですから、経営者に聞けば、「いや、いまのままがいい」というに決まっています。ガバナンスをもっとも必要とするのは投資家ですから、聞くならそっちのほうがよかった。

【田原】アメリカは半分以上が社外役員だから、ROEの低い経営しかできない経営者はクビになります。一方、日本は経営者をクビにしたくてもできませんね。

【宮内】日本はアメリカのように決を採って決める文化ではないから、社外役員が数人いて、長老のような人が強く主張すれば、社長を代えることも可能でしょう。その意味で必ずしも過半数でなくてもいいのかもしれませんが、1人入れるか入れないかで騒動になっているいまの状況は論外ですね。

【田原】聞きにくいことを聞きます。オリックスで宮内さんにものをいえる役員はいないんじゃないですか。

【宮内】いないですね(笑)。でも、クビの心配がないわけではない。当社は委員会設置会社ですから。

【田原】委員会設置会社? どういうことですか。

【宮内】委員会設置会社は、監査役設置会社と違って監査役がいません。かわりに指名委員会、報酬委員会、監査委員会という3つの委員会を持つ必要があり、これらの委員会はおのおの独立していて決定権を持っています。指名委員会は役員の任免を全部決めることができ、報酬委員会は私の給料を決められます。また、監査委員会は、独立して監査をします。問題は委員会のメンバーですが、当社は3つの委員会とも全員が社外役員で、私は入っていない。ですから社外役員が「君はいらない」といったら、私はクビです。

【田原】おもしろい仕組みですね。いま日本で委員会設置会社に移行した会社は何社ぐらいあるのですか。

【宮内】制度は11年前にできましたが、監査役設置会社からこちらに移る会社は少ないです。当社のように突飛な会社が移るか、あとは問題を起こしてガバナンス強化をしいられた会社が移ってきます。「委員会設置会社はダメなところばかりじゃないか」とよくいわれますが、順序が逆。委員会設置会社だからダメになったのではなく、ダメな会社がガバナンスをよくするために委員会設置会社になるのです。

【田原】もっと移ればいいのに。どうして広がらないのですか。

【宮内】ガバナンスをしっかりするのは経営者にとって厳しいことですからね。でも、本当はガバナンスが厳しいほうが経営者を守ることになるんです。「君、しっかりしなさい」といわれたら、これはまずいと思うじゃないですか。そういうふうに対話しながら自分のやっていることを見てもらったほうが安全です。

【田原】トヨタあたりが移ってくるとおもしろそうですが。

【宮内】委員会設置会社は誰も移ってこないので、こんど監査等委員会設置会社という中間の制度ができました。委員会設置会社ほど厳しくないけど、監査役設置会社ほどゆるくはない。みんなここへいらっしゃいというわけです(笑)。

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宮内 義彦
1935年、兵庫県生まれ。58年、関西学院大学卒業。60年ワシントン大学でMBA取得、日綿実業(現・双日)入社。64年オリエント・リース(現オリックス)入社。70年同社取締役、80年代表取締役社長を経て、2000年代表取締役会長。03年取締役兼代表執行役会長。14年6月、代表執行役会長の職を離れ、同社シニア・チェアマンに就任。12月、新刊『グッドリスクをとりなさい!』を小社より刊行。
田原総一朗
1934年滋賀県生まれ。県立彦根東高校卒。早稲田大学文学部を卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経てフリーに。幅広いメディアで評論活動を展開。

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(村上敬=構成 的野弘路=撮影)