『芸能宝船・歌は戦場へ 〜戦争と喜劇人〜』(発行:ぐらもくらぶ、発売:(株)メタカンパニー)
監修・解説:佐藤利明(オトナの歌謡曲・娯楽映画研究家)
企画・復刻:保利透

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憲法改正に意欲的な安倍政権、イスラム国による邦人人質の殺害と、それに伴う集団的自衛権の行使容認をめぐる議論……。そんなきな臭い時勢にぶつけるかのように保利透が主催するレーベル『唄うエノケン大全集 〜蘇る戦前録音編〜』という先行盤があり、そのアナザーサイドという意味合いがあるからである。

これらの音源が生まれた背景には、舞台、映画、放送と並んで、「レコード」という複製芸術が当時の喜劇人たちの人気を広めるのに大きな役割を担った、ということがある。そして、レコードによって全国的に広がった彼らの影響力を、日本政府は見逃さなかった。オトナの歌謡曲・娯楽映画研究家の「ぐらもくらぶ」のCDの特徴である。個人的には、このレーベルのCDを手に取る理由の半分は、「読む楽しみ」からだと言っても過言ではない)においてこう解説している。

このアルバムは、戦前から戦中にかけて、庶民に愛された喜劇人たちが吹き込んだ数々のレコードを網羅している。その人気と影響力は、内務省警保局の指導による情報統制、情報局によるプロパガンダ、国策推進のためのメッセージにはうってつけであった。

レコードで得た名声によって、プロパガンダのレコードに協力させられることになった喜劇人たち。ここに収められた戦時下ソングの多くは、戦意高揚を狙ったものや時局迎合的な内容がほとんどなのだが、希代の才能を持つ喜劇人ゆえ、芸としては一級のエンターテインメントになっており、そこが皮肉と言えば皮肉である。とはいえ、年代順に並んだ音源を聴き続けていくと、戦況の悪化が影響してか、徐々に不穏な空気が濃密になっていくことに気付かないわけにはいかない。

これらの音源を、編年体で聴いてゆくと、喜劇人から“笑い”の要素が次第に排除され、国策が全面に押し出されてくることがわかる。(佐藤利明)

また、同じくライナーノーツに収められた保利透の「笑ひは時を越えて」という制作後記的な文章には、

このCDに収録されている音源も時系列で聴いてゆくと、たとえ初期の時局モノがそれなりに楽しげな物であっても、戦局が激しくなるにつれて「ただ楽しい」だけでは済まされない、つまり当時の空気として次第に「そうせざるをえない」世の中がいつしか熟成し、追い込まれてゆくのが手に取るようにわかるかと思います。

とあり、戦争によって醸成された「時代の空気」を、いわば追体験させることこそが、今この戦前・戦中の時局ソング集を編む大きな目的であったことがわかる。

この「ぐらもくらぶ」は、明治・大正・昭和期の78回転SPレコード(蓄音機で聴くアレです)を発掘・復刻する音楽レーベルで、これまでにもユニークな企画盤を多数リリースしてきた。今回紹介したCDに近いテーマだと、名古屋のツル・アサヒレコードにて製作された軍歌・時局歌・戦時歌謡を集めた『續・大名古屋軍歌』や、14年の特定秘密保護法案施行に合わせてリリースされた、戦前のスパイ防止に関するプロパガンダ的な音源を集めた