平均寿命までに半分の人は死んでしまう? 直感が間違っている数学の罠を紹介した名著。『直感を裏切る数学 「思い込み」にだまされない数学的思考法』(神永正博/ブルーバックス)

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『直感を裏切る数学 「思い込み」にだまされない数学的思考法』(神永正博/ブルーバックス)がおもしろい。

最初に「直感を裏切るできごと」が提示される。
たとえば、1つめはこんな内容。
“年収1000万円以上、年収500万〜1000万年未満、年収500万以下のどの階層でも、平均所得が上がっている。というニュースを見て、景気が回復しているなと解釈。”
ところが、これが間違っているというのだ。

ええ? にわかには信じがたい。
だって、どれかひとつの階層でも下がっていたら、そりゃ、そこの落ち込みが大きくて全体を食ってしまうってことはあるだろう。
でも、全部の階層で所得が上がっているのに、全体の所得が上がっていないってありえるだろうか。

本書にそって、それが起こりえるケースを検証してみよう。
“話を簡単にするため、ある国の国民を、「高所得者」と「低所得者」の2種類のカテゴリに分けることにします。”
境目は500万円とする。
国民は4人で、“所得が1400万円、600万円、300万円、200万円だとします。”
つまり、高所得者は、1400万円、600万円の2人で平均1000万円。
低所得者は、300万円と200万円で平均250万円。
不景気になり全員の所得が2割減ると、どうなるか。
1400万円→1120万円
600万円→480万円
300万円→240万円
200万円→160万円
となり、500万円以上の高所得者は1120万円ひとりになり、平均1120円。
600万円だった高所得者は480万円になって、500万円を割って、低所得者になる。
ので、低所得者は、480万円、240万円、160万円の3人で平均293.3万円。
あ!
全員が平均2割減っているのに、各階層の平均所得は、
高所得者1000万円が、1120万円に。
低所得者は250万円が、293.3万円に、アップしている。

そうなんである。
高所得者だった600万円の人が、収入が減って、高所得者から外れてしまう。
そのせいで高所得者から外れ、残った高所得者だけで平均値が取られるのでアップする。
低所得者側も、600万の人が所得480万円になったとはいえ、低所得者の中では多いので、平均値を押し上げる。
統計の罠である。
「シンプソンのパラドックス」と呼ばれる現象だ。
この後、「学校の成績」「新生児の体重」「死刑判決を受ける割合と人種の関係」などで応用例が紹介される。

『直感を裏切る数学』は、こういった「え!?」と驚かされる数学の罠が20のトピックスで解説される。
1トピックは、およそ10ページ。

他には、こんなトピックスがある。
・不正な経理を見抜く数学的方法
・23人のクラスで同じ誕生日の人がいるのは運命的か?
・DNA鑑定で他人と一致する確率は意外と高い。
・500人乗りのジャンボジェット機、体重の偏りで重量オーバーになる?
・1人10分でカットする店で10人待ちと、予約制で1時間後と、どっちが待ち時間は短い?
・一発逆転の可能性ってどれぐらい?
・平行線の上に針を落としたとき交差する確率の問題の意味は?
・マンホールのふたは丸じゃなきゃいけないのか?
・地図を塗り分けるには何色いるか?
・負けるゲーム+負けるゲーム=勝つゲーム?
・モンティ・ホール問題

日常の中で感じる数学的な直感がまず日記形式で紹介される。
これが興味をちゃんと導いていくれる(しかも、ここが、ちゃんと短く簡潔なのがいい)。
その後で「いやいや罠ですよ!」と展開。毎トピック驚かされる。
しかも、解説がわかりやすい。
数学が苦手なぼくでもわかる(後半は難易度が高くなってくるのだけど、わかった気にさせてくれる)。

さきほど紹介した「平均所得の罠」の例も、本書では図も使い丁寧に解説しているので、もっと理解が容易だ。
“じつは、数学の定義とは、最初から正しく定められているわけではありません。「こういうふうに定義しないと、おかしなことが起きてしまうらしい」といった事実が発見されるたび、徐々に正しい方向に修正されていくのです。”なんてフレーズもさらっと出てきて、読んでいて楽しい。

ニュースなどで示されるデータや確率などに騙されたくない人、数学パズル的なものが好きな人に、
『直感を裏切る数学』オススメです。(米光一成)