中谷美紀主演『ゴーストライター』火曜日夜9時(フジテレビ)。
写真は中谷美紀『天国より野蛮』。

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「初版3000部で2800冊もどってくるってすごくないですか」
「ぜんぜん珍しいことじゃないんで気にしなくていいです」
いやいやいやいやいや。それは、気にしろー。

ドラマ『ゴーストライター』が、出版関係者の間で、いま「マジすぎてヤバイ」と話題になってることをお伝えした。
ら、ずっこけたねー。

初版3000部。2800冊が一度にドンといっせいに返本されている。
ないないないないなーい。

たしかに、取次を通して書店にまかれた本は、売れ残った場合、返品される。
だけど、書店主導の判断なので、一度にドンと返えってくるわけじゃない。
しかも、返本の2800冊が編集部にうず高く積まれて、編集担当が遠い目をしているシーン。
それも、ない。
倉庫でしょう。
いちいち編集部に全部もどってきてたら、さまざまな返本たちで大混乱である。

いままでやっていた出版業界悶絶のリアル描写を、捨ててしまった。
どうして捨てたのか。
今回は、そのあたりを捨ててでも、超絶美麗土下座シーンを際立たせたかったのだろう。

中谷美紀演じる遠野リサ。
文壇の女王、大人気作家である。

水川あさみ演じる川原由樹。
遠野リサに憧れていたが、いまでは遠野リサのゴーストライター。

オープニングから、遠野リサの土下座シーン。
第四話は、その土下座シーンにいたるまでの経緯を描く構成。
“彼女を支配したも同然だった。ずっと支配できると思っていた。”
遠野リサ女王の統治、崩壊。
つまり、決定的にふたりの立場が逆転する転換点。

部屋にはふたりだけ。
「どういうつもり?」
「もしかして先生お困りだったんですか」
川原の挑発。遠野リサは冷静な表情。
「他に言いたいことは?」
川原、原稿の束をドンと置く。
「映画の原稿、できてるの?」
原稿に近づく遠野を制するよに、手をドンと原稿に叩きつける川原。
「先生、このわたしの原稿にいくらだせます?」
「いくら欲しいの?」
白い部屋に光が差し込む。
「10億」
じゅ、じゅうおーーーーく!
言ってみたいセリフ、ナンバーワンに決定。
「このわたしの原稿にいくらだせます?」
「いくら欲しいの?」
「10億」

土下座シーンは、この少し後だ。
原稿の束を持ち出ていこうとする川原を止める遠野リサ。
「待って。訂正する。あなたの代わりなんていくらでもいるって言ったことを」
沈黙。
「ほかに、どうしたらいい?」
対峙するふたり。川原は答えない。
遠野リサは窓側。
視線を下げる。
膝を曲げる。
ゆっくりと崩れ落ちる。
座り込む。
手は膝。
背後から光。
手を床に。
川原由樹視点、遠野リサを見下げる。
リサ、顔をあげ、川原を見る。
「原稿を…ください……お願いします…お願いします」
視線を下げる。
間。
「はっ」
吐出される息。
「笑っちゃいますよね。遠野リサがわたしに頭を下げてる」
川原、泣きだしそうな声。
二十歳のサイン会で遠野リサと初めて会ったときのことを語る。
「わたしにとって先生は神様みたいな人で、ずっっと憧れていました。
先生の本は全部読みました。何度読んでも感動しました。
それが、いまじゃまるっきり書けない」
視線を落として。
「プライドのかけらもない」
追い打ちだ。
「わたしの原稿が欲しくて、ひれ伏している。
遠野リサの本当の姿をしったらみんなどう思うんでしょうね。
めちゃくちゃがっかりですよね」
リサ、心を殺す。
「お願いします。原稿を…ください」
とうとう頭を下げる。
土・下・座・完・了。
「神様みたいな人だったのに。ずっと、神様じゃなきゃいけない人なのに」
川原、声が震える。
「こんなことまでして。何を守りたいんですか」
絶叫に変わり、「それでも、遠野リサですか!」
原稿をばっさあああ投げ捨てる。
部屋を舞う紙々。
白い光。
部屋を飛び出す川原由樹。
小さく丸くなっている女王。
そのうえに原稿が降り注ぐ。
秘書が部屋に入ると、原稿を拾い集めている遠野リサ。

おおおおお、ドラマ史上、最も綺麗な土下座シーン。
落ちる女。這い上がる女。
支配しようという意志と、そこから逃れる意志。
ここまで二人の女の関係を描いてきた。
それは共犯者であり、友愛であり、互いの羨望であった。
母親が遠野リサを支配しようとしてきた過去も静かにそこに覆いかぶさっている。
もはや「出版業界あるある」なぞいらぬ。
「お願いします。原稿を…ください」で泣け。

このシーンを「決め」るために、まるまる一話を暴走させた。
いままでもハイスピードのテンポで展開してきた『ゴーストライター』。
いよいよ、後半に向けてさらなる暴走モードに突入なのか。
予告映像では、とうとうゴーストライターであることが明かされてしまう展開のようだ。
(それでは、あまりにもテンポが速すぎるので「川原の夢なんじゃね?」という予想もあるが、いや『ゴーストライター』はやってくれるはずだ)
第五話は、2月10日火曜日、今夜9時から。

(米光一成)