セブン−イレブン・ジャパン トレーニング部 森永 仁氏

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なぜ接客にはマニュアルがつかわれるのか。ひとつの目的は「口を慣れさせる」というものだ。そして、同じ言葉を繰り返すことで、「つかい方」がわかる。「ありがとうございます」は、感謝にも皮肉にもなるのだ──。

■驚異的な効果のある「目に見える接客」

いらっしゃいませ──。

「お客さまに満足していただくためにもっとも大切なのは、この当たり前のひと言を口にするタイミングと言い方、そして、心づかいなんです」

セブン−イレブン・ジャパンでトレーニング部のアシスタント統括マネジャーを務める森永仁さんは、そう切り出した。

「はい、かしこまりました」
「少々お待ちくださいませ」
「申し訳ございません」
「ありがとうございました」
「またお越しくださいませ」

セブン−イレブンでは「いらっしゃいませ」を含めたこの6つを接客6大用語と呼び、すべての店舗従業員が勤務開始時に唱和することになっている。

「ふだんの生活ではつかわない言葉ですから、仕事の前に声に出すことで慣れてもらいます。何かミスをしてクレームを受けたとき、いつもの会話のように『あっ、すんません』といってしまうと、お客さまを不快な思いにさせて『なんのつもりなんだ』と2重のクレームとなる恐れがあります。でも丁寧に『大変、申し訳ございません』と謝罪すれば、それを防げるかもしれない。だから従業員さんには、接客6大用語をただ口にしてもらうだけではなくて、そのひと言が、なぜ必要なのかを説明して理解してもらうようにしています」

適切な言葉のつかい方を理解して、はっきりと声に出すのが、接客の基本中の基本だとすれば、次に身につけなくてはならないのがひと言を口にするタイミングと言い方、そして心づかい。いわば、基本の応用といえるだろう。

「でも、それが、本当に難しい」と森永さんは続ける。

「サービスのスピードや丁寧な接客、あるいは品揃え……。お客さまが求めているものは、それぞれ違います。我々は『近くて便利』という店づくりを目指しているわけですが、近さは距離だけを示すわけではありません。お客さまに親近感を抱いていただけるような心理的な近さが何よりも重要になる。そのためには、個々の従業員が、ひとりひとりのお客さまと向き合って、喜んでいただけるような言葉づかいや接客技術を身につけなければならない。『近くて便利』は全員参加型の店でなくては実現できませんから」

セブン−イレブン・ジャパンでは従業員の接客指導は個々の加盟店のオーナーに任せていたが、2011年6月から従業員のレジ接客研修をはじめた。対象は毎月約1000人。加盟店の経営アドバイザーであるOFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー)が、加盟店のオーナーや各店のリーダーとなっている従業員に接客の基礎を教えている。1回の研修は、約6時間30分。修了した従業員には、金色のネームプレートが渡される。

現場のリーダーに模範になってもらうだけではなく、OFCが行う指導をオーナーが間近に見ることで、他の従業員の指導に活かして店舗全体の接客技術の向上を図る狙いがある。

接客指導のポイントは5つ。「身だしなみ、あいさつ、お辞儀、言葉づかい、笑顔」と森永さんは指を折る。

「お客さまへの感謝がしっかりと伝わる、目に見える接客の大切さを知ってほしいんです」

視覚に訴える“目に見える接客”で重視しているのが、お辞儀だ。研修では、客が入店したとき「いらっしゃいませ」とへそのあたりで手を組み、30度の角度で3秒間、お辞儀する練習を行っている。

ある店舗のオーナーは、混雑時に急いでいる客のために、もっとも重視すべきサービスは、スピードと効率だと考えていた。客を待たせない――その考え自体は間違いではないだろう。しかしレジ接客研修後、気づきがあった。スピードと効率を重視するあまり、お客さまへの感謝を形にすることを疎かにしていなかっただろうか、と。

お辞儀を重視する接客に取り組んだ結果、変化はすぐに表れた。その店舗でスピードや効率をどんなに上げても減らなかったクレームが目に見えて減少したのだという。

「接客研修をする前も、みなさんお辞儀をしてはいました。けれど、それまでは我流だったから、お客さまからはお辞儀をしているようには見えなかった。だからといってマニュアル通りのお辞儀をすればいいわけではありません。重要なのは、マニュアルなどで接客の基本を知り、そのうえでお客さまを認知して、何を求めているかに気づくことなんです」

冬、おでんを見ている客の視線に気づき「いかがですか。温かいですよ」と勧めてみる。あるいは、客が高齢者であればフォークを付けることになっている弁当に割り箸を添えて渡す。

「マニュアルにはない、そんな心づかいが必要なんです」と森永さんは語る。

立地や地域、季節、時間帯などによって客のニーズは変わってくる。地方では、地元のおじいさん、おばあさんの井戸端会議の場になる店舗もある。

そんな場合、マニュアルは通用しない。「おばあちゃん、元気だった?」「じいちゃん、これ食べた?」……。そんな何気ない会話でも、口にするタイミング、言い方、そして心づかい次第で、客を喜ばせるひと言となりえるのだ。

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セブン−イレブン・ジャパントレーニング部 森永 仁  
1959年、福岡県生まれ。87年セブン−イレブン・ジャパン入社。88年府中地区OFC、94年山梨西地区ディストリクトマネジャー。以後、大阪、姫路、名古屋のDMを歴任。2010年よりトレーニング部 社員トレーニング担当アシスタント総括マネジャー。

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(山川 徹=文 佐藤 類=撮影)