原作:桜庭一樹「私の男」(文春文庫刊)
監督:熊切和嘉
脚本:宇治田隆史
出演:浅野忠信 二階堂ふみ 高良健吾 藤竜也ほか
公開中

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公開中の映画『私の男』は、桜庭一樹の直木賞受賞作品が原作。奥尻島の自然災害によって天涯孤独の身となった少女・花(二階堂ふみ)と、彼女を引き取った遠縁の男・淳悟(浅野忠信)。ふたりの常軌を逸するほどの情のつながりが、悲劇を招く。小説を読んで「ドラマティックな映画ができそうだ」と感じた熊切和嘉監督は、流氷シーンをはじめとして、小説に書かれた、劇的な空間の数々を、みごとに再現してみせた。小説を映像化することの、おもしろさと困難さについて聞いた。

───瀬戸内寂聴さんの『夏の終り』と、桜庭一樹さんの『私の男』と小説の映画化が続いています。文字がびっしりと濃密な小説を、監督が映像化したとき、文字を超える瞬間がある。どうやったらそれができるのでしょう。
熊切 小説そのままをやらないからですかね。
───そのままやらない、そのさじ加減が、監督の才能のみせどころだと思いますが、どこに気をつかっているのでしょうか。
熊切 もちろん、一番は脚本家の宇治田隆史の力が大きいと思います。ぼくとしては、最初に原作を読んだ印象は忘れないでおこうと思っています。映画化するにあたって、長さの問題もありますし、細かく変えていかないと絶対に成立しないですが、ただ最初に読んだ印象はできるだけ忘れないように。最初にこれをやりたいと思った感覚を、撮影中に思い返そうとはしています。
───『私の男』について、最も大きな原作との違いは、時系列を逆にされているところです。小説は、現在から過去に戻り、映画は、過去から現在に進みます。それはなぜですか?
熊切 小説は過去を遡っていくことによって、花と淳悟の関係の謎を紐解いていくと同時に、奥尻の地震や拓銀の破綻をはじめとした90年代に北海道で起こった負のできごとをほじくっているような気がして。僕は北海道出身ですからそれがまた好きなところだったんです。でも、3.11東日本大震災以降に読むと、小説のラストにくる奥尻のシーンにはどうしても東北のイメージがつきまとうだろうから、最後にもってくることはできないと思ったんです。映画自体が全く別の意味を持ってしまいますから。
───ふたりの関係性ということで、ほんとうに、浅野さんと二階堂さんの間に濃密な空気がありました。虚構の世界の中で、どうやったら、そういう空気感を生み出せるのでしょうか。
熊切 濃密さでいうと、海外の映画を見たら、もっとすごい作品がいくらでもあると思います。ぼくもまだまだやらねばならないと思うんですが。
───海外の人間関係の描写にはすごいものがあります。それに比べて邦画は……と。
熊切 いや、日本も、かつてはすごいものがあったと思うんです。最近は、企画を通りやすくするために、無難なところへ行くものが増えた気はしますね。
───熊切監督の現場は、どんな雰囲気なんでしょうか。
熊切 いたって和気あいあいとしています(笑)。
───事前に俳優と細かく話し合うんですか?
熊切 話はしますけど、そんなには……。あとは、俳優さんたちにやってもらわないとっていうのもあるんで。まず、一回やって見せてくださいって感じですね。
───リハーサルはしますか?
熊切 昔は、自分も不安だったし、俳優さんも安心するかなと思って、事前にやりました。最近は、事前にはやらなくなりました。現場でテストを何回かするくらいです。でも『海炭市叙景』の時は、一般の方も出ていたので、リハーサルをやりました。ただ、ぼくは、会議室的なところでリハーサルをやるのは好きではなくて、やるなら、現場を早めにセッティングして、そこでやりたい。そのためには、ロケ場所を早めに決めないといけないのですが、なかなか難しいですね。それが『私の男』では、近いことができたんですよ。花と淳悟が生活する宿舎で暮らしていた実感を、浅野さんと二階堂さんに少しでも掴んでほしくて、撮影が早めに終わった日に、ある程度、(小道具で)飾り込んだ宿舎の中で、しばらく三人で過ごしました。三人で近くのスーパーに買出しに行って、ぼくがシチューを作って、三人で食べたりとか。芝居をするわけではないし、短い時間だけれど、そこで生活をしようっていう感じで。
───ステキですねえ。
熊切 それで、役を通して思ったことを、各々言い合って。淳悟はいつもどこに座るか決めたら、じゃあ近くに煙草のあとをつけようとか、花だったら、ここまでバランス良く飾らないよねとか言いながら、飾りこんだ部屋を生活の痕跡で汚していくようなことをしました。意外とそういうことって大事だと思うんです。
結局、ぼくは、想像力があまりないんですよね。ありものを利用するしかないというか。低予算を長くやっていたから、ずっと狭いロケセットでの撮影ばかりで、その結果、ロケ場所が決まらないと何も決められないっていうか。ロケ場所を固めて、俳優が見えてきたら、そこにある持ちゴマで何ができるか考える事が一番力の入るところなんです(笑)。だからこそ、ロケハンには時間をかけます。
───部屋の中にみっちり飾り込まれた分量が、小説におけるト書きのように思えます。
熊切 体質としては、埋めたがるタイプだと思います。画面を埋めなきゃ不安になるっていうか。でも、それが正しいとも思わなくて、どこかうまく余白を作りたいなと思います。そこは常に迷いながらやっています。
───余白を入れることで、濃さも際立つんですね。今回の流氷は、広いし白いし、限りない余白でありつつ、圧倒的な情報量も感じます。流氷は、実際、どの程度、本当なんですか?
熊切 実際、流氷のある海で撮っていますが、あまり沖に出ないで湾の中に接岸してくれた流氷の上で撮影しました。
───流氷と流氷の間がだんだん広がっていくところとかは。
熊切 あれは本当にやっています。
───冷たい海に落ちたら……とドキドキします。どこかCGなのかな? と探りながら見てました(笑)。
熊切 ぼくらスタッフは、沈まないドライスーツを着て、作業していました。ぼくは、身軽なほうなので、流氷と流氷の間をぴょんぴょん飛んでいました。まず、ぼくが道筋を確認して、二階堂さんに指示をしましたが、ここは危ないから乗らないほうがいいと注意したにも関わらず、本番で、彼女はそこに乗ってしまったんですね。
───ひやひやしますね!
熊切 そうなんです。でも、その、危うさが効果的で、よし! と思いました(笑)。
───二階堂さんは、おそれをしらない俳優さんというか、作り手と何かを共有をしようという俳優さんなのでしょうね。
熊切 すごいですね、肝がすわっています。二階堂さんだけでなく、浅野さんにしろ、藤(竜也)さんにしろ、やっぱり、すごいものが撮れているんじゃないかっていう実感があったと思います。だから、多少危険でも、やれた感じがありました。
(木俣冬)

後編につづく。淳悟役、浅野忠信に課した危険な撮影について伺います