スイーツ系でも「ティラミス風」「レモンカスタード」「バナナとあんこクリーム」などサンドウィッチでは見たことのない取り合わせが次々に目に飛び込んでくる。

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週末のレジャーに花を添え、特に変わり映えのしない日常に少しだけ特別感を与える食べ物。一般的には「18世紀のトランプ好きだったイギリス貴族の名前に由来する」と言われる。異説として「砂と魔女以外はなんでも挟むことができる」という由来もある。ご存じ、サンドウィッチの話だ。

そしていまバカ売れしている「サンドウィッチ本」&「サンドウィッチアプリ」がある。『本当に旨いサンドウィッチの作り方100』という本がそれだ。3月の発売直後に一部の好事家を中心に話題になり、あっという間に品切れに。以降、入荷→品切れを繰り返し、発売3か月足らずで異例の4刷が決定。日本で発売されたサンドウィッチ本としては過去最高の売れ行きとなっていて、6月4日にはAmazon総合1位にもなった。「サンドウィッチ本」としては異例の売れ行きだ。

全レシピを網羅しながら、ダウンロード価格200円というアプリ版「すごい!サンドウィッチアプリ」(アンドロイド版とiPhone版)のダウンロード数もうなぎのぼりだという。
ちなみに広告は入るものの、無料版のアプリ(Android、iPhone)もリリースされている。

過去に数々のサンドウィッチ本が発売されてきたが、僕が見てきた限り、近年の料理書でここまでオーソドックスかつ、ていねいに書かれた本はない。目を通したなかで近いのは、1957年に出版され、いまや希少本となっている『おいしいサンドイッチ300種』だろうか。いまほどサンドイッチが一般的な食事ではなかった頃に書かれたこともあって、パンの切り方から何からていねいに説明されていた。といっても、当時といまとでは、“料理の常識”は大きく異なる。材料ひとつとっても、「小麦粉」ではなく「メリケン粉」と呼んでいた時代の料理書だ。材料や手順など、ていねいに書かれていなければ読者はわからないし、調べるすべもない。

対して現代の料理書では料理の作り方を何から何まで説明しているものは少ない。購入した書籍にわからないことがあっても、だいたいのことはネットで補完できる。サンドイッチにしてもだいたいのことはわかるし、小学校の家庭科実習で教わったりもする。

ところが、いまバカ売れしている『本当に旨い〜』は単に100種類の具について書かれているだけではない。「パンの選び方」「バター、油脂類の使い方」「(ピクルスなど)アクセント食材とチーズ」といった食材の選び方や重ね方についての基本的な考え方、パンや具材を切るときのコツや実例など、基本ががっちり紹介されている。この一冊さえあれば、基本について他の料理書をめくったり、ネットで調べる必要なしに、食べたことのないサンドウィッチを作ることができる。単なる100種類のサンドウィッチカタログではなく、まさに「大全」だ。

しかも100種類のサンドウィッチに使われているのが、すべて食パンというのも潔い。ページをめくるたびに変わる切り方は巻頭で紹介された8種類よりも遥かに多いように見える(実は紹介されたカットがベースになっている)。

はさむ食材や調味料も、スーパーで手に入るものばかりなのに、ページをめくるたびに食材の目からうろこが落ちまくる。王道だけでも「ミックスサンド」「アメリカンクラブハウスサンド」に「B.L.T.サンド」など20種以上。はさむ具材もビフカツやステーキなど思わずよだれが垂れそうなぜいたくなものから、きんぴらや豆腐などサンドイッチの具材になるのか思わず二度見してしまうようなもの、さらには巻末にはスイーツ系も載録されている。

先日、ホテルニューオータニで太田シェフによるサンドウィッチの実演&試食会が行われた。見惚れるようなプロの手際に参加者からはため息が漏れ、ラップを利用したロールサンドの美しい断面に「素敵……」とうっとりとした空気が流れた。甘い空気が流れるなか、太田シェフは魔法使いのような手さばきで次々と美しいサンドウィッチを量産していく。

その後行われた試食会では、まるでニューオータニのサンドウィッチ&スイーツビュッフェのように、ひな壇やタワー状に美しくディスプレイされた極彩色のサンドイッチが供された。まさに「サンドイッチの宝石箱」状態。食べるのがもったいないほど美しいが、食べないのはもっともったいない。手を伸ばして口に運べば、まるでハレの日のような特別な幸福感に包まれる。

そうだ。サンドウィッチは、夢の世界の食べ物だった。この本&アプリは、ページやスマホ上の画面をめくるたびに、ただただ幸せな気持ちになる。サンドウィッチという食べ物は、誰かのためにつくり、誰かにつくってもらう食べ物だと思っていたが、「夢」をつくって食べると思えば自分のためにつくるのも悪くない。食べる幸せもあれば、つくる幸せもある。そして作って食べる幸せだって、もちろんある。
(松浦達也)