ジャック・ウェルチは「ビジョンの共有」を重視した(写真=ロイター/AFLO)

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春は人事異動の季節。昇進して部下を率いることになった、部下の数が増えたという方も多いでしょう。彼らを導き、チーム・組織の成果を挙げるにはどうすればいいか。今回はこれからのリーダーシップのあり方について考えます。

さて、この連載では欧米を中心とした世界の経営学の知見を紹介してきましたが、そこではリーダーシップについても多くの研究が行われています。その大半は、心理学を使っての理論分析と、実験やサーベイ・データ、あるいはリーダーの発言そのものをデータ解析するなどした統計手法を用いています。「リーダーシップ」というと情緒的に聞こえるかもしれませんが、実際には科学的な探求がされているのです。

このような研究の積み重ねにより、世界の研究者のあいだでは、リーダーシップには主に2種類あるということがコンセンサスになってきています。

その一つは「トランザクティブ・リーダーシップ」といいます。部下の意思を尊重し、部下が成功すればきちんとそれに報い、失敗すればそれに対処するという、まさに取引(=トランザクティブ)のように部下を使いこなすリーダーシップです。「アメとムチ」をうまく使い分けるタイプのリーダーシップといってもいいかもしれません。

そしてもう一つのタイプを「トランスフォーメーショナル・リーダーシップ」といいます。こちらが重視するのは、「部下の啓蒙」です。部下を啓蒙し、その気持ちを前向きにすることで、組織に変革(=トランスフォーメーション)を起こすタイプです。

さらに、トランスフォーメーショナル・リーダーには4つの資質が必要なことも、研究でわかってきています。それは(1)組織のビジョン・ミッションを明確に掲げ、部下の忠誠心を高める、(2)ビジョンを通じて事業の将来性や魅力を表現し、部下の意欲を高める、(3)新しい視点を次々に提示し、部下の好奇心を刺激する、(4)部下一人ひとりと真摯に向き合い、その成長を後押しする、の4つです。

世間一般によく「カリスマ型」という表現が使われますが、実は経営学でも「カリスマティック・リーダーシップ」という概念があります。そして、それはこのトランスフォーメーショナル型に近い意味合いで使われているのです。

■不確実な時代こそ部下との対話を

では、「トランザクティブ型」と「トランスフォーメーショナル型」のどちらが、組織に成功をもたらすのでしょうか。これまでの研究では、トランスフォーメーショナル型のほうがよいとする研究結果が、全般的に多く出ています(例:ノースカロライナ大学グリーンズボロ校のケヴィン・ロウェ教授ら3人が1996年に発表した研究など)。

しかし、この問いに対する正確な答えは当然ながら、「組織や事業環境によって、求められるリーダーシップは違う」というものでしょう。そして、その視点から私が注目したいのは、「事業環境の不確実性」です。なぜなら、これからの時代はどの業界も、グローバル化、IT技術の進展、規制緩和などによって不確実性が一層高まることが予想されるからです。

そしてやはり複数の研究で、「不確実性の高い事業環境ではトランスフォーメーショナル型(あるいはカリスマ型)のリーダーシップこそが組織のパフォーマンスを高める」という結果が出ているのです。たとえばアリゾナ州立大学のデビッド・ワルドマン教授らが2001年に発表した研究では、「フォーチュン500」(米フォーチュン誌が発表する全米トップ500企業)のうちの48企業を対象にした統計分析から、部下が事業環境に不確実性を感じている企業こそ、CEOがカリスマ型であるほど利益率が高まる傾向が示されています。

この結果は、みなさんの直感とも整合的かもしれません。事業環境が視界不明瞭なときにリーダーにまず求められるのは、部下に向かうべき方向性、すなわちビジョンを指し示すことです。そして部下との対話を欠かさず、人としての成長も促す。そういうトランスフォーメーショナル型のリーダーが、不確実性の高くなる事業環境では求められているのです。

■今、注目はLIXIL藤森社長

日本企業におけるトランスフォーメーショナル型リーダーとして今注目されているのは、LIXILグループCEOの藤森義明氏ではないでしょうか。そしてここで私が強調したいのが、このタイプのリーダーの要件でもある「ビジョンを示すこと」の重要性です。

藤森氏はGE(ゼネラル・エレクトリック)出身ですから、「20世紀最高の経営者」とも呼ばれたジャック・ウェルチの薫陶を受けていたことになります。ウェルチ氏が「自身と部下のビジョンの共有」を重視していたことはよく知られています。部下を評価する際に、「結果を残せていないが自分とビジョンを共有できている」部下には再度チャンスを与えるが、「結果は残せても、ビジョンが共有できていない」部下には容赦なく辞めてもらった、というのは有名な話です。藤森氏がそこまでのことをされているかはともかく、ウェルチ氏と同じく、部下とのビジョンの共有を重視されていることは想像にかたくありません。

では「よいビジョン」とはどのようなものでしょうか。経営学では、ビジョンについての統計分析を用いた研究も行われています。ここでのポイントは、ビジョンの善しあしの評価軸には「内容」と「特性」があることです。ビジョンの内容は業界や企業ごとに異なるでしょうから、ここでは「特性」の研究に注目しましょう。

■優れたビジョン6つの特性

優れたビジョン特性について経営学者がよく引用するのが、メリーランド大学のエドウィン・ロック教授ら3人が98年に発表した論文です。この論文でロック教授らは、優れたビジョンには6つの特性があることを指摘しました。それらは、(1)簡潔であること、(2)明快であること、(3)ある程度の抽象性を持つこと、(4)チャレンジングなものであること、(5)未来志向であること、(6)ぶれないこと、です。このうち、(4)(5)(6)は比較的自明のことなので、ここでは(1)(2)(3)に注目しましょう。

たとえば、11年に設定されたLIXILグループのビジョンは、「優れた製品とサービスを通じて、世界中の人びとの豊かで快適な住生活の未来に貢献する」というものでした。このビジョンはLIXILの目指す事業ドメインとグローバル化の重視が伝わる一方で、とても簡潔でわかりやすく、条件(1)と(2)を満たしていると、私は評価します。さらに「住生活」というはっきりしたキーワードを入れる一方で、それが細かく具体的すぎず、ほどよいレベルの表現を使っています(条件(3))。

これらのビジョン特性は重要です。まず、長たらしいビジョンはそもそも覚えてもらえませんから、共有化ができません。また、「システムキッチン分野で業界売り上げ1位を維持します」といった、細かい製品の指定や数値目標が入ったビジョンは具体的すぎで柔軟性に欠けます。かといって、「お客様の声に真摯に応えます」では、部下も何を目指していいのかわかりません。この意味でLIXILグループのビジョンは絶妙な例といえるのではないでしょうか。

LIXILは企業の例ですが、部長・課長やチームリーダーでも優れたビジョンは必要なはずです。会社のビジョンをかみ砕き、自分たちのチームで目指すべき姿を、ロック教授の示した6つの特性を踏まえて自分の言葉で部下に伝えていく――。それがトランスフォーメーショナルなリーダーへの第一歩かもしれません。

(早稲田大学ビジネススクール准教授 入山章栄 構成=荻野進介 写真=ロイター/AFLO)