なぜ簡単な英語も自分の口で発信しなかったのか

 ヤンキースの田中将大投手が11日にヤンキー・スタジアムで入団会見を開いた。

Hello. My name is Masahiro Tanaka. I am very happy to be Yankees.(こんにちは。私の名前は田中将大です。ヤンキースの一員になれてとてもうれしいです)

 そうあいさつし、会見の席には、パートナーとしてこれから田中の通訳を務める堀江慎吾氏も同席した。堀江氏はフジテレビやNHKの系列会社で大リーグ取材をした経験を持ち、語学は堪能。球団からも人間性を高く評価する声も多くある。そのピッチングだけでなく、田中はこれから発信していく言葉に責任を持ち、同時に夢を与えていかなくてはならない。この2人が名タッグになることが期待される。

 かつて、ヤンキースの主軸だった松井秀喜氏にはロヘリオ・カーロン通訳という同氏より1学年上の通訳がついていた。高校まで日本で生活しており、英語も日本語も堪能。松井氏と球団スタッフの面談を経て、通訳に決まった。カーロン氏は松井氏のことを尊敬し、松井氏もカーロン氏を信頼していた。選手と通訳の関係を見ると、自分の意図したことが伝わらないなどの理由から、早くて1年で契約がなくなるケースもある。ただ、この2人の場合はヤンキース、エンゼルス、レイズと10年間、連れ添った。厚い信頼関係ができていたことがうかがえる。

 松井氏はメジャーリーグで約10年プレーした。英語を話している姿はテレビではあまり報じられていないが、米メディアとは通訳を介さずに談笑できるほどの英会話力を持つ。昨年、ワンデーコントラクト(1日契約)を結び、ヤンキー・スタジアムに帰ってきた時、球場職員らと英語で話し込む姿も中継で映し出されていた。だてに10年もアメリカで生活していない。

 ならば、なぜ簡単な英語も自分の口で発信しないのか。

「僕には信頼を置く通訳がいる」

 ヤンキースに所属した2009年、フィリーズとのワールドシリーズでMVPを獲得した時、松井氏はカーロン通訳とお立ち台に立った。インタビュアーから「今オフにフリーエージェントになるが、もう1度、ヤンキースでチャンピオンの一員として戦いたいか?」という質問に、「もちろん、そうなればいいと思うし、僕はニューヨークが好きだし、ヤンキースが好きだし、チームメートが好き。ここのファンが大好きです」と日本語で応え、場内の喝采を浴びた。

 気持ちのこもった言葉であるが、英語にすることも容易だったはずだ。しかし、松井氏は日本語で通訳を介した。カーロン氏が英語で話すと、スタジアムのファンから大歓声が上がった。

 その後、松井氏は英語でスピーチをしなかったことについて、理由を説明したことがあった。

「僕には信頼を置く通訳がいるのだから」

 自分が簡単とはいえ、英語で話をしてしまったら、通訳の仕事がなくなってしまう。パートナーの存在をずっと尊重していたのだ。

 その年、ワールドシリーズMVPの称号は一人にしか与えらない。「MVP=世界一のプレーヤー」である。日本人のワールドシリーズMVPは今後、出てこないのではないかと言われているほどだ。つまり、松井氏は自分が唯一無二の存在であることを理解した上で、通訳を尊重した。言い換えれば、通訳も「世界一の通訳」になってほしかったのだ。

 今後、日本人選手の通訳としてワールドシリーズMVPを経験できる人間はいないのかもしれない。松井氏の通訳にとっても、ワールドシリーズのお立ち台は晴れの舞台だったのだ。松井氏はそれを理解した上で「信頼を置く通訳がいるのだから」という言葉につながったのだろう。マー君をはじめとする日本人選手にも、この2人のような関係を築いて、メジャーリーグという荒波を乗り越えていってもらいたい。