連結純利益の推移

写真拡大

商社では、かつて「3M」(三菱・三井・丸紅)と言われた時代があった。今、丸紅は、史上最高の連結純利益を見込み、大型買収を決定するなど、絶好調である。予想される社長レース、“野武士”集団の最前線に迫った。

■やっぱり現場が一番なんですよ、丸紅は

ここ数年、資源高に沸き返る大手商社の中にあって、「資源」と「非資源」への投資のバランスに苦心してきたのが丸紅だった。比較的好調な動きの「資源」だけでなく、伝統的に強い穀物、電力などの「非資源」をさらに強化すべく、経営資源を投入してきた。今、その結果が目に見える形になり始めている。

2012年3月期の連結純利益は、過去最高となる1721億円と、前年比で26%の伸びを記録した。13年3月期決算は順調に推移すれば、純利益ベースで2000億円台に乗る見込みだ。非資源による成長戦略が、明確な上昇カーブを描く手応えからか、丸紅の朝田照男社長の表情には、明るさが滲んでいた。

「いろいろとやってきたことが、ここにきてようやく果実として実り、刈り取り時期がきた頃かな、と思っています」

4年前に商社にあって、初めて財務からトップに就任した朝田。連結純利益2000億円の意義について、朝田は、「これにより、正の連鎖が生まれてくる」と語る。2000億円以上の利益をコンスタントに計上できれば、たとえ1年間、5000億円という攻めの投資をしても、財務体質上の問題はないという。

「10年に始めた向こう3年間を決める中期経営計画の策定後も、攻めの姿勢でいるべきだということがはっきりした」

朝田が「SG−12」と命名したこの中期経営計画においては、資源、非資源のバランスに苦心した様子が窺える。

朝田が“果実”と表現した収益の増加は、事業投融資にもよい影響を及ぼしている。投融資金額の計画は、11年3月期から2年間の間で7500億円から9000億円程度に上方修正された。

財務畑出身の朝田だけにその関心事は、経営戦略や決算の数字と思いきや、インタビューの中で一番身を乗り出して熱弁を振るったのは、社員の話だった。

「MBAを取るのも大事、海外に留学して人脈をつくるのも大事です。だけど、やっぱり現場が一番なんですよ、丸紅は」

早口な朝田が、一層テンポを上げて、嬉しそうに次の2つの事例をあげた。

1つは、トルコを欧州とアジアに分かつボスポラス海峡で行われている地下トンネルの建設に派遣されている女子社員の話だ。かつて彼女は、入社半年にしてバングラディシュの交通プロジェクトに派遣されてもいた。もう1つは、アフリカのアンゴラにあるプロジェクトである。同国では、長年続いた内戦が02年に終結し、05年に日本大使館ができたばかり。現在、丸紅の産業機械部門の社員が10人駐在しているが、その中の1人は入社間もない新入社員だ。

他の商社であれば、研修の身のような社員だが、丸紅では本人の希望があれば、海外の現場を踏ませる気風があって、その気風が丸紅を支えているのだ。

「こうした劣悪な環境でも、現場を踏んだ経験を持つ社員が、丸紅の財産です。経営を支えているのは、現場なんです」

取材の間、終始、話のどこを切り取っても出てくるのは“現場”の2文字だった。これほどまでに、濃密なDNAが共有されている組織も珍しい。このDNAに支えられた丸紅の強さを十分に体現するのが、穀物であり、電力である。

朝田が社長に就任後、丸5年を迎える今年は、社長交代人事が予想されている。次期社長レースの最右翼と目されているのは、近年急成長を遂げる食糧部門、食品部門を率いる岡田大介常務と、商社随一の安定したビジネスモデルを1から構築した輸送部門、電力・インフラ部門、プラント産業機械部門のトップ、山添茂専務である。次期社長は、岡田か山添か、それともダークホースになるのか。

■ガビロン買収を決めた“穀物マフィア”

2012年、丸紅が、約2800億円で大手穀物商社ガビロン(米国)の買収を決めた話は、世界を揺るがせた。なぜなら、世界の穀物市場を牛耳っているアングロサクソンの世界に、日本の商社、丸紅が楔を打ち込んだのだから、世界が驚くのも無理はなかった。

世界の穀物メジャーは、5社存在し、カーギル、コンチネンタルグレイン、アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)、コナグラ、ブンゲである。

丸紅が買収したガビロンは、正確には「準メジャー」と呼ばれるが、穀物取扱量で見ると、カーギル(4000万トン)、ADM(3200万トン)に次いで、1700万トンを扱う米国3位の穀物商社という位置付けで、今回の買収によって、丸紅は米国2位の“巨人”に躍り出る。

穀物の世界で、“ボリス”と呼ばれる有名な日本人がいる。ボリス。1980年代、テニス界を席巻したボリス・ベッカーに由来する名の持ち主は、丸紅の食糧部門、食品部門トップの岡田大介常務である。穀物業界の表も裏も熟知する岡田は、“穀物マフィア”の1人で、その意志の強さを表すように、声はよく通り、言葉の歯切れがいい。

その岡田が今回、ガビロン買収に動いた。穀物メジャーの向こうを張るように買い付けをする岡田に対して、穀物メジャーの幹部は警戒のランプを点滅させ、牽制とも脅しとも取れる電話を何度もかけてきた。11年8月に丸紅が、中国の食糧備蓄会社「中国儲備糧管理総公司」(シノグレイン)との提携を発表したときも同じだった。同提携によって丸紅が世界最大の市場、中国を押さえようとする動きに、穀物メジャーの大物は苛立ち、岡田にこう言い放った。

「ボリス、おまえ、本気で俺たちと戦う気じゃないんだろうな」

こうした挑発的な声の一方、別の揺さぶりをかける穀物メジャーもあった。

「ボリス、カーギルとブンゲがおまえのことを怒っているけれど、こっちは大丈夫だ。いつでも取引に応じるよ」

岡田が、冗談ぽく、「この仕事は、命がけなんです」と言うように、魑魅魍魎が跋扈する世界なのだ。

日本の商社の中で、丸紅の穀物は、伝統的な強さを誇る。国内市場が頭打ちの中、市場を求めて海外へ進出するのは必然だった。ところが、海外へ出ていくと、これまで自分たちが売りさばいてきたトウモロコシや大豆が、世界的には、コモディティ化して、競争力がない事実に直面する。国内であった競争力が、韓国、台湾に持っていった途端になくなる。

海外で戦うということは、穀物メジャーと戦うことだと気づく。穀物メジャーと比べて、丸紅に何が欠けているのか。

「我々のビジネスは、穀物の価格で勝負しているように思われるでしょう。でも我々の勝敗は、A地点からB地点へ穀物を輸送する力の差で決まるんです」

岡田によれば、穀物の売買価格そのものは、“ガラス張り”だが、穀物の輸送などにかかる運賃などのロジスティックスは、“見えない”世界だという。そして、丸紅が行き着いた答えが、“用船ビジネス”への参入、つまり貨物用の船舶を時間で賃借する、タイムチャータービジネスの仕組みを構築することだった。

仕組みは、クルマに例えるとわかりやすい。単純にA地点からB地点への移動なら、タクシーを使えばいい。これは、日本の商社が行ってきたやり方である。ヘッジが完了していない……。岡田以下、穀物部の課員は24時間態勢で働いた。

英国ロンドンにあるFFA(海上運賃先物契約)市場。岡田たちは、海運会社などが船舶に運賃の変動をヘッジするためにできた、投機市場の複雑怪奇なビジネスの構造も学んでいく。日本の商社が二の足を踏んでいた時代に、岡田たちはいち早くこの世界に足を踏み入れた。

(文中敬称略)

(ノンフィクションライター 児玉 博=文 宇佐美雅浩=撮影)