チロルチョコとチロルの山々のツーショット。

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チロルでチロルチョコを食べてみたい。チロルチョコをこよなく愛する人間にとって、死ぬまでにおこないたいテーマの一つだろう。チロルチョコ株式会社も同社ホームページで命名理由を「アルプス山脈を臨むその地域で暮らす人々の素朴さも含め、チロル地方のようにさわやかなイメージを持ったお菓子でありたいと、『チロルチョコ』と名付けられました」とうたっているし、「チロル地方へ旅行の際にはチロルチョコをポケットに忍ばせて、さわやかな空気とともに味わってみてくださいね」と書かれている。

これは行くべきではないのか。サウジアラビアのメッカを目指すイスラム教徒のように、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラを旅するキリスト教徒のように、そしてヒマラヤのカイラス山を五体投地して周回するチベット仏教徒のように、チロル巡礼はやらねばならないことのような気がする。信心とは時に恐ろしいもので、我に返った頃にはチロル行きの手配が済んでいた。

オーストリア西部に位置するチロル地方は四方をアルプスの峻険に囲まれた地域だ。ついに聖地へ降り立った。ここで暮らす人々はチロリアンと呼ばれている。チロリアン……語感だけで、日本から来たチロルチョコ信者にとっては、天界の心地がする。

目的を達成すべく、早速チロル地方でチロルチョコを食べてみた。澄んだアルプスの空気の中、舌の上でチロルチョコが熱く優しく溶ける。チョコ本来のおいしさにチロル地方で食べるという雰囲気が加わり、さらなる甘露を与えくれる。おいしゅうございます(『料理の鉄人』岸朝子さん風)。

目的が一つ達成されたところで、次はチロル地方で売られている本場のチロルのチョコレートを探してみた。どうやらチロル地方の中心都市インスブルックで一番古いと言われているカフェ「ムンディング」で売られているものが有名らしい。

店頭に飾られていたものから選んで一粒口に入れる……ゼア・グート(とっても良い)! ドイツ語はまったくわからない。しかしドイツ語を発してみたいほど濃厚なチョコレートが口の中に広がった。一瞬にして脳を活性化させ、カカオの海が体を包み込むようだ。この重厚さや何たることか。う、う、うまいぞー(『ミスター味っ子』味皇風)!!!!

しかし、チロルチョコに慣れた身としては、最初からパッケージに包まれた「チロルチョコっぽさ」がほしい気もする。本当のチロルのチョコレートを見せてあげますよ(『美味しんぼ』山岡士郎風)。そこで手に入れたのが「チロラー・エーデル(Tiroler Edel)」チョコレート。これなら「Tirol(チロル)」という名称も入っている。外国から来た人間にとって、こういったネーミングの「行ってきました」感は重要だ。

さて、一通り味見が終わった後は、至るところにある「チロル」と書かれた看板の前で、チロルチョコと「チロル」のツーショット撮影を試みた。街行くチロリアンから投げられる好奇の視線が痛い。しかしこれも聖地での修行の一つと己に言い聞かせ、自分の中で区切りが見つかるまで、ひたすら様々な場所でツーショット写真を撮り続ける。まるで心は坐禅をする禅僧のように……。

気づくとチロルの山間に日はすっかり沈んでいた。私はチロルでチロリアンになった。
(加藤亨延)