今や日本で最も有名な料理人の一人といっていい川越達也シェフ (C) livedoor

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TBS「アシタスイッチ」(23日放送)では、お笑い芸人・オリエンタルラジオの藤森慎吾と、料理人でタレントの川越達也シェフによる対談の模様が放送された。

調理師専門学校卒業後、最初に勤めた大阪のフレンチの店が、僅か2年で閉店することになったという川越シェフは、「(その後も)神戸行って、そこも今度は震災に遭った。震災に遭って、命は助かったわけだし、もう一コ頑張ろうと思って東京へきまして、25歳で初めて料理長のお仕事を頂いたんです」と駆け出しの時代を振り返る。

さらに、「あるレストランで働いていて、そのレストランはカラオケ屋さんが併設していたんです。僕はそれを一生懸命作ろう思ったんですね。“レストランは一生懸命やるけど、カラオケになんで本気でやらなきゃいけないんだ”っていう人も中にはいたんです。僕は、カラオケに持っていくお料理でも、一生懸命作ることによって何かが見えたらいいな、チャンスが貰えたらいいな。そのチャンスは何か、“この料理美味しいね。誰が作ったの?”って声をかけられたら、次の扉が開くかなっていうのがあったんです。なんか、きっかけが貰えたらいいなって思っていたところ、漫画みたいな話が起きたんですね」と、目を閉じながら語った川越シェフは、「実際カラオケ屋さんで楽しんでいた方が、“これ作ったの誰?”っていう話になって。“今度、僕が紹介するレストランのシェフやりませんか?”っていう声をかけて貰ったんですよ」と続けた。

また、セルフプロデュースを大事にする川越シェフは、「同じような世代の人とか同業者が、これを仕掛けたら“ああ、やられた、くそ”って思うようなこと。新店オープンの取材とかを頂いた時に、食べても全然美味しくないんだけど、見た目がとにかく華やかな、ファンタスティックな料理をわざと作って、掲載して貰ったり。(目を)留めなきゃいけないから。“これなんなんだろうな、この人なんなんだろうなって思って貰うことが戦略の一つだった。店名を『TATSUYA KAWAGOE』ってフルネームにしたのも、6年前なんですけど、当時は全然、国民の9割9分9厘が僕のことを知らない。もっと知らないわけです。『TATSUYA KAWAGOE』っていう店名にすることによって、“こいつもしかして海外ですごいコンクールでチャンピオンにでもなって、スポンサーでもついて”って思ってくれたら。まあ一つかなと。来て貰わないことには、評価をしてもらうステージにも上がらないじゃないですか」と、自身の考えを述べた。

そして、「これを発言すると、すごく事件になる可能性があるんですよ、料理人として」と切り出した川越シェフ。

「料理が好きか嫌いかでいうと、そんなに好きではないんですよ。だって、食べてるほうが幸せだし、こんな楽しい娯楽はないと思います。ただ、できるから仕事にしているだけで、自分が切り開いていく作業の一つ、剣が料理の仕事だったというだけ」と語り、その露出の高さから、同業者や一部から寄せられる批判については、「(同業者は)ほとんど嫌いだと思う。僕も基本的には弱い人間なので、そういう噂をきくとショックというか、悲しい気持ちになるんですけど、でも冷静になった時に、目標がもともと違うじゃないですか。僕の生き方として。どんな手段でも自分の思った手段で切り開いて、食べていけるようになって。自分の近くの人達を守れる大人になっていたいっていうのがベースにあるので、同業者に何を言われようが、“貴方は貴方の考えがあるもんね。お料理好きでしょ?一生懸命やって下さい”っていうところで整理しているところがある。僕が思っていたのは、料理人さんも芸人さんとかタレントさんの方々みたいに、明確に沢山稼ぎたいとか、モテたいとか、売れたいとか、人間としての雄としての欲求をもっと前にぶつけるというか、言ってくことはすごい重要だと思う。ただ、精神がしっかりしていないと足元をすくわれる」と、毅然たる態度で語った。

すると、そんな川越シェフの話を訊いていた藤森は、「なんか恥ずかしい話ないですかね?」とニヤリ。過去に2度の離婚を経験している川越シェフは「女性のお客様を楽しい、幸せなことを仕事としては提供できるかもしれないですけど、プライベートで女の人を幸せにすることはできない」と、苦笑いを浮かべた。