【キリンビール】渋谷の新ランドマーク「ヒカリエ」で取り扱いを獲得せよ!−繁盛店争奪、熱闘ビールウォーズ(3)
「とりあえずビール!」──居酒屋に入ってまず一言。我々はその店で扱うビールの銘柄を自然と選ぶことになる。飲食店は巨大な試飲の場だ。それだけにテーブルにビールが運ばれてくるまでには、営業マンの熾烈なバトルがある。
■もっと「ビールに自由を!」
キリンビールマーケティング(以下、KBM)首都圏販売推進部部長の島田新一は、先述の通り、「リゴレット」の新川が独立したとき、真っ先に物件の話を携えて駆けつけた人物である。
同時に島田は、新丸ビルにある「丸の内ハウス」のフロアプロデュースや東京ビルディングのTOKIAにある「P.C.M.」のプロデュースなど三菱地所と組んだ仕事を数多くこなし、三菱地所の会議にも定期的に参加しているという。しかも、自らプロデュースした店でDJまでやってのけるというから、マルチタレントというべきか、怪人というべきか……。
渋谷駅東口の大型再開発プロジェクト「ヒカリエ」の飲食店争奪戦でも、島田はその怪人ぶりを遺憾なく発揮した。
「ヒカリエの6階と7階のゾーニングとゾーニング・コンセプトは柴田陽子事務所さんがやっていますが、柴田さんは仕事を通しての古い知り合いです」
ヒカリエのゾーニングでコアとなる店舗の経営者にも島田の知り合いは多く、つまり仕事の相手はお友達という世界なのだ。食い込み方のレベルが違う。
「普通はテナントが決まってからヨーイドンで営業をかけますが、はっきり言って同じ地点からスタートしてもなかなか勝てません。デベロッパーさんを味方につけ、他社よりもいかに早く店舗の顔ぶれを把握するかが勝負の分かれ目です」
こうなるともはや個人芸の世界だが、島田の人脈、情報網、そして店舗をプロデュースするセンスは誰でも真似ができる類のものではない。再び、そこまでやるのか……という思いが頭をもたげてくる。KBMの植木宏社長はこう言う。
「そう感じるのは自由ですが、『そこまでやる』ことによって、営業のスキルは確実に上がっていくのです。自分の頭で考えて、臨機応変に動けるようになる。
たとえば、ある飲食店でお客さんが『小さいグラスないの』と言う。店主が300ミリぐらいのグラスに生ビールを注いで出したら、隣のお客さんもそのグラスにしてほしいと言うわけです。それを聞いていた営業マンが、その店のジョッキを小ぶりのジョッキに切り替える提案をしたら、ビールの扱いが2倍になったと。つまり、お客さんがみんな2杯飲むようになったわけですね。実は売り上げって、こんなところに潜んでいるのです」
渋い言葉だ。島田の世界とはまた違った意味での、営業の玄人の世界である。そして、ヒカリエでの取り扱い獲得では、植木の元部下の栗田知明というやはり渋い男が、クリーンヒットを放った。
栗田はEAT(グルメハンバーガー)というテナントの取り扱いを獲得しているのだが、キリンはオープン直前までEATというテナントが入ることをキャッチできていなかった。
栗田は乏しい情報からEATが入るのではないかと当たりをつけ、経営者を数回にわたって訪問し出店の確証を得ている。しかし、もともと他社のビールを扱っており、キリンが入り込む余地はなかった。
流れが変わったのは、EATの担当者小泉勉に「一番搾りフローズン生」の説明をしたときだった。栗田が言う。
「昨年、某テーマパークでテスト販売をしたら、めちゃくちゃ結果がよかったんです。その話を小泉さんにしたら……」
食いついたのだ。小泉が言う。
「プラスチックのカップに入ったフローズンの生ビールを片手に持ちながら歩くって、ライフスタイルとしてすごいカッコイイですよね。キリンさんがそういうライフスタイル提案をしていることに、すごい共感してしまったんですよ」
栗田は、すかさず小泉をフローズンの試飲に招待する。キリンは日本橋のビルの一角にフローズンのサーバーを設置し、試飲の手はずを整えていたのだが、小泉はその第一号体験者となったのである。
「もしも試飲のとき、キンキンに冷えたグラスで出されたらぜんぜん響かなかったと思う。だって、店内でしか飲めないじゃないですか。それじゃあ、ライフスタイルの提案がぜんぜん見えてこない。僕ら感性で仕事してるんでね」
EATは海辺にあるフリースタンディングのハンバーガーショップをイメージしている。ヒカリエでは無理だが、実際に海岸に立つ店舗なら、客は店内でビールを飲んでもいいし、そのまま外に持ち出してもいい。
グラスだと返却しなくてはならないが、プラカップは飲み終わったら捨てられる。しかもフローズンなら、持ち歩いても温度が上がらない。
「その辺の感覚が、EATが将来的にやりたいコンセプトと非常にぶつかったんですよ。もう、一発で決めましたね。要するに、ビールに自由を! ってことですよ」
小泉は相当に熱い。栗田は冷静だ。
「スカイツリーの『Tree Village』というお店なんて、プラカップで、完全にto go(持ち帰り)で飲むようになっています。まったく新しい飲み方の提案です」
小泉ならずとも「新しいライフスタイル提案」には何かしらトキメキを覚える。これまで、昼間から缶ビール片手に外を歩いていれば、はっきり言ってアブナイ人だった。ところが、昼間からフローズンのプラカップを片手に歩いている人は、カッコイイのだ。いいじゃないか!
キリンは、ヒカリエの飲食店29店舗中、実に19店舗で取り扱いを獲得している。そのうちフローズンが飲めるのは6店舗。栗田はフローズンという「飲み方提案」が店舗の攻略上強烈なパワーを持つことを、EATで実証してみせた。
「お客様と飲んで肩を組むのが営業だという時代は、もう終わったのです」
取材を終えてEATを後にするとき、40代とおぼしきふたりの女性がプラカップで一番搾りフローズン生を飲む姿が目に入った。時刻はちょうど正午。
ビールは少し、自由になった。
(文中敬称略)
※すべて雑誌掲載当時
(ノンフィクション・ライター 山田清機=文 的野弘路=撮影)
