■代表合宿で最も注文を受けた増田

アイスランド戦前日の公式記者会見の席上で、日本代表を率いるアルベルト・ザッケローニ監督は、試合のメンバーを代表チームの常連と呼べる選手たちをテストしたいと話していた。

「当然、フィジカルコンディションのチェックは大切だが、それ以上に大切にしていたのは、今回新しく入ってきた選手にコンセプトを浸透させることであったり、選手の組み合わせを考えたりすることだ。Jリーグではもちろん見ているが、手元に置いて見るのでは違うので、どういう組み合わせがいいのか考えたい」

なかでも、代表合宿の最中に監督が注文をつけていたのはボランチの増田誓志だ。練習の際に呼び止め、ボールの受け方に対して「ゴールを向いて受けなさい」と注意を促し、背を向けてパスを受けてしまう癖を矯正しようと試みていた。所属する鹿島でも昨季はボランチのレギュラー格に成長したが、ゴールに背を向けてしまうのは最大の悪癖。それだけに代表監督からかけられた言葉が、試合のなかでは出ないよう、強く心に刻みつけて試合に臨んだはずだった。

しかし、アイスランド戦後のミックスゾーンに足を踏み入れた増田誓志は、視線を下げたまま、すでに記者たちに囲まれている仲間の背後をすり抜けるように足早に歩いていった。
「次は厳しいでしょ…」

■周囲の評価は決して低くなかった

続いて行われるワールドカップアジア3次予選第6戦ウズベキスタン戦のメンバーに選考されるかどうかを問うと、自嘲を含んだ表情で吐き捨てる。
「もうちょっと積極性が欲しいな、と思いますね。どこか遠藤さんに頼っていたのはちょっと残念なところ」
ところが、夜が明けた翌日の正午。発表された23名のメンバーのなかに増田は名前を連ねていた。自らが理想とするプレーはできなかったかもしれないが、周囲の評価は決して低くなかったのである。

増田が代表として選考されるのはザッケローニが監督に就任してから3度目のことになる。最初の招集は、昨年9月のアジア3次予選第2戦のウズベキスタン戦だった。そのときは、タシケントへ出発する前日の深夜に急遽招集がかかり、寝ていたところを電話で叩き起こされ、翌朝、荷造りもそこそこに成田へ向かうという慌ただしさだった。
「(成田空港に)近いから呼ばれただけでしょ」

このときも必要以上の謙遜を示した増田。しかし、続く10月、大阪長居スタジアムで行われた第3戦タジキスタン戦にも招集され、ザックジャパンの構想に入る選手であることを証明した。ただ、その後の第4戦、第5戦には呼ばれず、大きな枠のなかにいることは確かだが、いざふるいにかけられたときは、かなり危うい立場であることは明らかだった。

そうしたなかで迎えたアイスランド戦。海外組のいない親善試合だったとはいえ、先発の機会を与えられたことは、今後のサッカー人生を占う上でも重要なターニングポイントだったはずだ。試合序盤から、ピッチサイドに立つザックからポジションについての注意を与えられると、右手をあげて「わかった」という意志を伝える。そこには、監督に受けた指示を必死でこなそうとする一人の選手がいた。

■10分で何もできなかったら代える

「10分で何もできなかったら代える」

この言葉は、増田にとって決して忘れることができない言葉だろう。07年8月5日、中国の瀋陽で行われた「U-22・4カ国トーナメント」のU-22ボツワナ代表との一戦に先発していた増田は、煮え切らない内容で前半の45分を終えたあと、指揮官から最後通牒とも取れる言葉をかけられ、状況を変えることができないまま後半12分でピッチを去る。

期待を裏切られた指揮官からは辛辣な言葉が飛んだ。