ほぼ押し込まれっぱなしだった前節のジェフとは違い、湯郷は一度は手にしたリードを追いつかれながらも、虎視眈々と次のチャンスを狙い続けた。

その緊張感に満ちた攻防に、観客の視線もピッチに釘付けになっていった。

押しこむINAC、受ける湯郷。

けっきょく 1-1のまま前半終了のホイッスルを迎えたけれども、その息詰まる攻防と湯郷ベルの健闘に、前半終了時には観客席から大きな拍手が沸き上がったほどだった。

そしてその展開は、後半も続いていくことになる。

後半にはより攻勢を強めたINAC。

圧倒的に攻めこまれながらも、体を張った気迫のプレーでゴールを死守する湯郷ベル。

INACが巧みなパスサッカーで決定機を創るものの、湯郷が最後の最後でボールを弾き返す。
そんな時間帯が続いていく。

すると不思議なもので、スタンドに徐々に変化が見え始めた。

ユニバー記念競技場は神戸市内にあるスタジアムなので、当然INAC神戸のホームスタジアムということになる。

しかしつい最近までは1試合で数百人しか観客が来なかったわけだから、この日にスタンドを埋めた地元の人たちも、完全にINACのファンだというわけでもなかった。
大半がワールドカップで女子サッカーに興味を持ったことでリーグを観に来た、いわばライト層。

そんな比較的ニュートラルな立場の観客たちがその頑張りに共感して、徐々に湯郷ベルを応援し始めたのである。

湯郷がボールを持つと歓声が起こり、ピンチをしのぐと大きな拍手が湧き上がる。

強大な力を持つ王者に対し、必死の守備で喰らいつく挑戦者。

スポコン漫画にありがちなこの構図が、僕を含めたスタンドの観客たちの心の琴線を揺るがし始めたのだ。
それはまるで、あのワールドカップ決勝のなでしこジャパンを観ているかのようだった。

ただし、ワールドカップのようなドラマチックな試合はそうそう頻繁には起こらない。

気迫の守りを見せていた岡山湯郷も、66分についに2点目を失い逆転を許す。
そしてその4分後の70分。
2点目と同じく見事なパスワークを起点に、最後は川澄奈穂美のアシストからチ・ソヨンが決めて 3-1。

この3点目を奪われた瞬間、勝負はほぼ決したのだった。

女子サッカーの持つ「潜在パワー」

健闘を見せたけれども、最後には力尽きた湯郷ベル。

しかし彼女たちの頑張りで、試合の内容が実り多いものになったことは間違いない。
スタンドを埋めた大観衆にも、女子サッカーの面白さを伝える素晴らしいアピールになったことだろう。

対するINACはその選手層の厚さや組織力もさることながら、後半からの追い上げが目を引いた。

僕は今季INACの試合を観るのは5試合目になるのだけれども、どの試合を観てもINACはスロースターターと言うか、後半から一気に調子を上げてくる印象がある。

その理由は色々あるだろうけども、僕が考える一番の理由は「スタミナ」だ。

以前にも触れたけれども、INAC神戸はなでしこリーグで唯一、全選手がほぼサッカー一本で生活できる環境を整えた「実質プロチーム」だと言われている。
そのため練習時間を他チームよりも多く確保でき、その環境の充実ぶりが今季の大量補強の呼び水にもなった。
そしてそのアドバンテージを活かして、他チームがなかなか着手できない「フィジカルの強化」にも積極的に取り組んでいるようだ。
そこに、INACの終盤の強さの秘密が隠されているように思う。

実際この試合でも、岡山湯郷が終盤には完全にヘロヘロになっていたのに対して、INACの運動量はむしろ尻上がりに増していっているようにすら感じられた。

これだけ圧倒的な戦力と練習環境を持つINACの存在は、他チームからすればもはや「反則」と言ってもいいくらいなのかもしれない。