そして序盤、そのシナリオは現実のものとなったのである。

“チャレンジャー” の立場の岡山湯郷は2万人の大観衆を前に、立ち上がりから非常にアグレッシブなサッカーに打って出た。
速いプレスでボールを奪うと、攻撃では宮間あやを中心に次々とチャンスを創りだしていく。

対するINACは代表選手たちがワールドカップ、そして帰国後はテレビ・雑誌への露出と休みなく働き続けてきた影響からか、どこか動きが重い。

得意のパスも思うように繋がらず、序盤はアウェイの湯郷に完全に主導権を握られてしまう展開となった。

この日の湯郷で光っていたのは、やはり何と言っても宮間あやだろう。

ワールドカップでも決勝で1得点1アシストを決めるなど、ここぞという場面で決定的な仕事をやってのける天才プレイヤー。

ワールドカップでは相手のフィジカルの強さに苦しめられる場面も見られたけれども、岡山湯郷ではまさに水を得た魚のように、司令塔としてタクトを振るい続ける。
早いテンポのワンタッチパス、スルーパス、ロングパス、そしてセットプレー。

宮間はまさしく「チームの女王」と呼べる活躍ぶりで、チームメイトたちを自由自在に操っていった。

しかしそれでも岡山湯郷は、必ずしも宮間のワンマンチームではない。

前線では松岡実希がポストプレーに奮闘し、右サイドは実に146センチ(!)の小兵、保坂のどか が、その小さな体を感じさせない運動量でかき回す。
ディフェンス陣では左サイドバック・加戸由佳の1対1の守備が光り、最後尾に構える日本代表GK・福元美穂がディフェンスに落ち着きを与えていた。

おつかれモードでエンジンのかかってこないINACを尻目に、序盤は岡山湯郷が気迫で圧倒するような展開が続いたのである。

そして前半21分。
その勢いが実った。

湯郷はアンカーの高橋悠のパスカットから、右サイドの保坂のどかへとボールが渡る。

得意のドリブルで中央に斬り込んでいく保坂。
そのままマークを引き連れ、ゴール前へと持ち込んでいくかと思われた次の瞬間、保坂は意表をついて、右前方に走り込んだ有町紗央里へと絶妙なノールックパスを出した。

そして有町が送ったグラウンダーのクロスに、飛び込んだのは中野真奈美。
昨年はなでしこジャパンにも選ばれた中野の、コースを突いたシュートが日本代表GK・海堀あゆみの守るゴールマウスをこじ開ける。

これが決まって 0-1。

今シーズンここまで無失点だったINACが、7戦目にして初めて失点を喫したのである。

首位を走るINACに対して、ゲームプラン通りの先制点を奪った岡山湯郷ベル。

湯郷がこの虎の子の一点を、どう守っていくのか?

試合の焦点はそこにフォーカスされることになった。

もし湯郷が前半をこのまま1-0で折り返し、後半も20分間ほどリードを守ることができていたら、勝負はどう転んだか分からなかったように思う。

格上のチームと言っても、リードを許す時間が続けば焦りが生まれる。
そういう意味で、僕的にはこのリードを湯郷が何分間守れるか、が勝負のひとつの分かれ目になると感じていた。

しかしそこは、さすがは優勝候補筆頭のINAC。

眠れる獅子はこの失点をきっかけに、一気にそのまどろみから目を覚ますのである。

眠りから覚めた ”レオネッサ”

INACの田中明日菜がコーナーキックからの同点弾を決めたのは、湯郷の先制点から10分と経たない前半30分のことだった。

あっさりと追いついたINACは、ここからいよいよエンジンを温め始める。
澤穂希が中盤で次々とボールを奪取し、川澄奈穂美が何度も湯郷の右サイドを切り裂いていく。

ただし、湯郷の心もまだ折れてはいなかった。

INACのポゼッションサッカーに徐々に押し込まれながらも、時おり鋭いカウンターからINACゴールを脅かす岡山湯郷。