アメリカ西部ネバダ州の砂漠に、世界初の「ギガファクトリー」と呼ばれるテスラの巨大工場がある。アメリカンフットボールのフィールド33個分ものこの工場では、自動車を1台もつくっていない。しかも敷地面積の約3分の2を占めているのは、テスラではなく100年の歴史を持つ日本企業だという。そこでは一体何がつくられているのか。エド・コンウェイ(著)、佐藤優(監訳)『MATERIAL WORLD 世界は「資源」で動かされる』(三笠書房)より、紹介する――。

※本稿は、エド・コンウェイ(著)、佐藤優(監訳)『MATERIAL WORLD 世界は「資源」で動かされる』(三笠書房)の一部を再編集したものです。

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■ネバダ州にある、世界でもっとも興味深い建物

ここアメリカ西部ネバダ州北部の砂漠にある山の頂上には、まだ雪が残っている。野生の馬たちがたてがみを揺らして追いかけっこをしながら、丘の中腹を駆け上がったり駆け下りたりしている。

谷底にそれがなければ、西部劇のワンシーンにいるのではないかと錯覚してしまうかもしれない。

だが、そうではない。すぐ真下に見えるのは世界でもっとも興味深い建物のひとつである。外から見て何か心が躍るような特徴があるわけではない。

ここから見えるのは、太陽光発電のソーラーパネルで覆われ、外壁の上部に赤いラインが引かれた巨大なL字型の建物だけだ。遠くから見ても圧倒されるのはその規模である。アメリカンフットボールのフィールド33個分ほどの広さがある。

しかし、建物の外壁を剥がしてみると、話はおもしろくなってくる。遠目には平らな低層の建物のように見えるが、内部は3階建ての工場スペースとなっており、各フロアの高さは通常の1階分の2倍ある。

そして、ここで実際にこの工場で何がつくられているのかがわかる。

■現代の産業革命にもっとも近いもの

この巨大な複合施設では、その丸々3分の2が電池製造に充てられている。どこを見てもいたるところに電池があり、その数は数百万個になる。

指ほどの長さの金属製の円筒は、少し大きいことを除けば、おなじみの単3電池に似ていなくもない。その電池が機械の周りをぐるぐる回るのをしばらく眺めていると、やがてうっすらと催眠術にかかったような気分になってくる。

シューッ! 鋼鉄製のレールに固定された小さなプラスチック製のカートに乗せられ、電池は細いコースやベルトコンベヤーの上をすばやく進んでいく。

ピーン! 電池が上へ下へと動いてから小さなメリーゴーランドのようなものの周りを回っている間、カチャカチャ、チリンチリンという金属音が絶えず鳴り響いている。

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奇妙に思えるかもしれないが、鋼鉄製の円筒が音を立てて行き来するこの種の電池組み立てユニットを初めて見たとき、私は数年前にインド洋に浮かぶセーシェルで見たマグロの缶詰工場を思い出した。死んだ魚の耐え難い臭いこそなかったけれども。

しかし、私たちがここで目にしているのは、おそらく現代の産業革命にもっとも近いものである。この小さな鋼鉄の円筒が、電池として道路交通の電化を担うことになる。

■チリのリチウムが電池に生まれ変わる

この工場で、チリのアタカマ塩湖の地下から採取されたリチウムが実際に使用できる製品へと生まれ変わる。リチウムはチリを出発してからここに到着するまでの間に、すでに世界中を旅してきた。

別の工場ではほかの物質と混ぜられて、電池で正極に用いられる正極活物質と呼ばれる混合物となり、電極に塗布されてから鋼鉄製の容器に挿入されている。

この電池工場は、材料科学の分野と「規模」の緊急性とが真っ向から対立する場所である。

気候変動を阻止する望みが少しでもあるのなら、私たちが解決すべき問題は、つまりここでの真の課題は、単に電池内部の化学組成を最適なものにすることではなく、十分な量の電池を製造して、電気自動車を手頃な価格で提供できるようにすることである。

■エジソンとフォードがもたらした瞬間

私たちがこの工場で目の当たりにしているのは、トーマス・エジソンがコンクリートにもたらした瞬間であり、ヘンリー・フォードが自動車にもたらした瞬間である。つまり、巧妙な職人技でつくられていたものが驚くべき規模で量産され始めた瞬間なのである。

ここは、チリで目にした古代のリチウムかん水が新たな目的で利用され、世界を一変させる可能性のある物質になる場所なのだ。

結局のところ、ガソリンやディーゼルを燃料とする自動車やトラックの使用をやめるための対策をしなければ、二酸化炭素の排出はなくならない。2020年の時点では、温室効果ガス排出量の5分の1以上が化石燃料を使う車に起因すると考えられている。

写真=iStock.com/MP Leonti
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カーボン・フットプリント(商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体において排出される温室効果ガスをCO2量に換算したもの)にこれほど大きく影響する単一の活動はほかにない。

だからこそ、人々は今日これほどまでに電池に対して執念を燃やし、この建物のような場所が非常に重要なものとなっているのである。

■自動車を製造しない自動車工場

数年前までは、電池会社はひと月に500万個の電池を生産していれば大手だとみなされていた。この工場はそれだけの数を数日で生産する。

建設されてから数年で10億個以上の電池がつくられ、本書が読まれるころには、おそらく100億個を超えているだろう。

これは地球上の老若男女全員に電池がひとつずつ行きわたる数であり、そのすべてがアメリカ西部ネバダ州の荒野にある、このひっそりとした渓谷から生まれている。

ここは、世界初のギガファクトリーである自動車メーカー、テスラの「ギガファクトリー1」である。ギガファクトリー・ネバダの名でも知られている。

■あいまいな「ギガファクトリー」の定義

最近では、ギガファクトリーと名乗る建物がほかにもたくさんある。本書の執筆時点では、テスラは上海、ベルリン、テキサス、そしてニューヨーク州北部に1カ所ずつ、合計4つの別の施設を所有している。

テスラは今でもニューヨークの工場をギガファクトリーと呼んでいるが、ほかにそう呼ぶ人はあまりいない。ギガファクトリーの定義はとにかくかなりあいまいである。

その主な理由は、そもそもこの用語は、テスラの気まぐれな最高経営責任者イーロン・マスクが数年前に思いつきで使い始めた言葉であり、マスク本人の正確な定義が時間とともに変化しているように見えるからである。

しかし最近では、電池業界のほとんどの人が「ギガファクトリーとは電池を大量に生産する大規模な製造工場のことである」という広義の意味に落ち着いているようである。

その定義にのっとれば、テスラのニューヨークの「ギガファクトリー」はソーラーパネルを製造しているため、それを名乗る資格はない。

■従業員は自転車で移動する広大さ

しかし、ギガファクトリー・ネバダがその名にふさわしいことは疑いようがない。

本書の執筆時点では、最終的に計画されている規模の3分の1しか完成していないが、すでにあまりにも広大であるため、従業員は工場の区画を行き来するのに自転車や三輪車を使う。

フロア全域が、電池、電池パック、電気モーターの生産に割り当てられている。でき上がった製品はすべてカリフォルニア州フリーモントのテスラの工場にトラックで運ばれ、車体にはめ込まれる。

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そのとおり。この自動車会社をもっとも象徴する工場は、なんと自動車を製造していないのである。

ところが、マスクと共同創業者のJ・B・ストラウベルの狙いはまさにそこだった。ストラウベルは初期の会社を陰で支えた真のエンジニアリングのブレーンであった。

電気自動車ビジネスで本当に重要なのは、何をおいても電池をつくることである。マスクとストラウベルは、何百万人もの車好きが内燃機関を進んで手放したがるほど魅力的な自動車を製造した。

シャシー(車台)の設計における業界の既成概念に挑戦し、優れた内部電源管理システムとソフトウェア機能を開発した。これがなければ、いくら最高の電池であっても車は作動しなかっただろう。

したがって、彼らがどれほどの規模で自動車市場をひっくり返したにしても、その理由は電池技術だけで説明できるものではない。

とはいえ、もしこのネバダ州の工場でリチウムイオン電池がこれほど桁外れのペースで生産されていなければ、それは起きなかっただろう。

■何をつくるかより誰がつくるか

だが、この工場でもっとも興味をそそられるのは、何をつくっているのかではなく、誰がつくっているのかということである。

この建物にはテスラのロゴがあちこちに掲げられているが、実はこのネバダ州で製造されている電池はすべてパナソニック製である。

写真左:当時(2010年代)パナソニックエナジーの野口直人社長(画像=Tesla Motors Inc./Copyrighted free use/Wikimedia Commons)

敷地面積の約3分の2は、テスラではなく100年の歴史を持つこの日本のエレクトロニクス企業が占めている。実のところ、失礼を承知でいわせてもらえば、パナソニック・ギガファクトリーとすら呼びたくなるかもしれない。

■表に出てこないひと握りの企業

ここで重要なのは、アップルが自社製のコンピューターやシリコンチップを製造していないように、電気自動車にも同様のことが当てはまるという点だ。

ほとんどの電気自動車に搭載されている電池は、テスラ、フォード、GM、ドイツのVWのどのエンブレムを掲げていようとも、実際にはまず表に出てこないひと握りの企業によって製造されている。

私たちが興味を持っているのは、リチウムのような単純な物質が生活を豊かにする製品へと姿を変える物質世界であるため、このような無名の企業に注目する価値はある。

結局のところ、最終的に地球が内燃機関から逃れられる日が来るとすれば、それはニュースの見出しを賑わす大手自動車メーカーだけではなく、パナソニック、韓国のLG化学、スウェーデンのノースボルト、中国のBYDのおかげでもあるだろう。

■電池製造はカセットテープと似ている

このレベルの電池の製造は、たとえ基礎となる科学がかなり単純であっても、非常に困難な作業である。電池の製造には、実際にどこかしら1980年代の面影がある。

エド・コンウェイ(著)、佐藤優(監訳)『MATERIAL WORLD 世界は「資源」で動かされる』(三笠書房)

電池の製造方法はカセットテープの製造方法と非常に似ているため、ある意味当然である。どちらも化学物質が混ざったスラリー(合成塗料)を薄いシートに塗布して巻き取る工程が含まれる。

シートを巻きつけるリールがむき出しとなったオープンリール式の製造は、オーディオ・カセット内部の磁気テープと同じように、リチウムイオン電池内のらせん状に巻かれた電極をつくる際にも向いている。

実際に電池業界でときどきささやかれている話がある。

もしCDやDVDが発明されることなく、内部がオープンリール式のカセットテープやビデオテープの製造機械が事実上不要になるという事態が生じていなければ、充電式電池の実現はまだしばらく夢物語のままだっただろう。

■ソニーが電池のリーダーになれた理由

ソニーのような日本企業が電池生産において早くからリーダー的存在であった理由のひとつは、単にビデオカメラのハンディカムのような機器のために優れた電池が必要だったからというだけではない。

オープンリール式の組立ラインを再利用して、カセットテープの代わりに正極と負極を巻き取れるようにしたからである。その結果、現代の電池時代が幕を開けた。

ほとんどの大手電池メーカーの社史をさかのぼると、VHSビデオやオーディオ・カセットの側面で目にしたことのある時代遅れのブランドの痕跡が見つかるだろう(もしあなたがそれなりの年齢であれば、の話だが)。

現在、パナソニックの傘下にある三洋電機や、かなりあとになって中国の巨大企業CATLの一部となったTDKなどである。

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エド・コンウェイ(えど・こんうぇい)
ジャーナリスト、コラムニスト
タイムズ紙、サンデー・タイムズ紙レギュラー・コラムニスト。スカイ・ニュースの経済およびデータ編集者。オックスフォード大学ペンブロック・カレッジ、ハーバード大学ケネディ・スクールで学ぶ。2018年、ウィンコット・ファウンデーション・ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー・アワードなど、ジャーナリズムにおける受賞多数。
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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で国策捜査の裏側を綴り、第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(ジャーナリスト、コラムニスト エド・コンウェイ、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)