「45歳で妊娠は難しい」医師の宣告に大号泣。キャリアと全財産を天秤に「アメリカの不妊治療に賭けた」女性の結末
50歳で超高齢出産を果たしたフリーアナウンサーの沢えりかさん。医師から「45歳での妊娠は難しい」と言われますが「アメリカなら可能性があるかも」との言葉に、仕事を辞め、全貯金をはたいて渡米を決意。アメリカでパートナーを見つけて出産するため、人生を賭ける決断をします。
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「45歳で妊娠は難しい」に人目も憚らず号泣した
── 50歳で初産という超高齢出産を果たした沢さん。沢さんは日本でフリーアナウンサーとして活躍していましたが、46歳で渡米して結婚・出産をされました。ここに辿り着くまで紆余曲折あったそうですが、まず、子どもについてどのように考えていましたか?
沢さん:30代後半では自分のキャリアを磨くことに精一杯でした。「結婚して子どもが欲しい」と思うようになったときには、出産年齢のタイムリミットが迫っていて、焦りました。当時、お付き合いしていた人がいたので、不妊治療クリニックに通って毎月、排卵誘発剤を打ち自然妊娠を目指しましたが、結婚する前にお別れすることになってしまって。
その後もパートナーがいないながら身体を整えるためにクリニックに通いを続け、普段から体を温め、いいと言われたサプリはなんでも試し、高齢出産や不妊治療の情報を毎日必死に探しました。自分で自分を追い込んでいった気がします。気づけば45歳になっていました。
── どうしても出産年齢のリミットがありますし。
沢さん:はい。しかしあるとき、不妊治療で有名な先生の予約が取れて、2か月待って診察してもらったら「45歳だと年齢的に妊娠は難しい」とハッキリ言われてしまったんです。高齢出産が厳しいことはわかっていましたが、精神的に行き詰まっていた時期だったので、その場で人目も憚らず号泣してしまって…。
すると、先生が「アメリカだったらチャンスがあるかもね」と言ったんです。帰宅してすぐにアメリカの出産について調べました。2012年か13年頃でしたが、アメリカに比べ、日本のほうが身体に負担が少ない治療をしているようだけど、妊娠まで時間がかかる。
いっぽう、アメリカでは強い薬を使うぶん、身体への負担は大きいし、不妊治療にかかるお金も日本より高額だけど、妊娠までのスピードが速い。
今は日本で不妊治療の保険適用がきくところもあるし、どの方法がいいのかしっかり調べたほうがいいと思いますが、私の場合は年齢を考えて、2014年スピード重視のアメリカを選びました。
「この精子バンクから選んでください」と
── アメリカにはどれくらい滞在する予定でしたか?
沢さん:学生ビザで、2、3年のイメージで行こうと思っていました。旅行ビザだと期間が短いので、現地でアートスクールに通いながら活動しようと思って。病院代や生活費も掛かるから全貯金を用意して、現地でパートナーを探し、結婚、妊娠、出産をセットで考えていました。それでもうまくいかなかったから精子ドナーを使って妊娠して帰国しようと思っていて。
── かなりの覚悟ですね。
沢さん:人生を賭けました。あとは、日本だとちょっと息苦しかった…というのも正直あります。日本は出産年齢や世間体とか、周りの目が気になりがちですが、アメリカは誰も人のことを気にしないし、自由で開放的な気がしたんです。英語も日常会話程度ならなんとかなりそうだし、このタイミングで行こうと思ったのもあります。
── 渡米に関して誰かに相談しましたか?
沢さん:唯一、仲のいい友達に話をしましたが、大反対されました。「そんな年齢で子どもを産むつもり?子どもがかわいそう!子育てはそんな甘くない!」とかなり批判を受けて。「私は絶対子どもが欲しいし責任を持って考えてる」と言いましたが、全然伝わりませんでした。でも、彼女が私の人生をサポートしてくれるわけでもないし、人に言われて諦めたくない。結局、友達をひとりなくしましたが、後悔はしていないです。
── 信念を貫いたと。先生からアメリカの話を聞いてから、どれくらいで渡米されたんですか?
沢さん:1年以内だったと思います。ニューヨークに着いて早々、現地でいちばん妊娠の成功率が高いと評判の不妊治療クリニックに行きました。主治医をはじめ、ナースやファイナンシャルプランナーなどチーム一丸となって、妊娠に対してすごい熱意を感じましたね。診察が始まって早々に、主治医から「46歳だからすぐに体外受精を始めましょう。ここに載っている精子バンクから選んでください」と言われました。精子バンクのサイトには、精子の主の子どものときの写真や人種、身長や出身大学など詳細なデータが書いてあるからそこから選んでと。
── 子どもがすぐに欲しいとはいえ、知らない人の精子となると、さらなる覚悟がいりそうです。
沢さん:私も「ちょっと待ってください!自分とパートナーの子どもが欲しいので、すぐに相手を見つけて戻ってきます!」と伝えました。先生は「そんなこと気にするの?」といった感じで、アメリカは血縁とかDNAとかほとんど気にしないんですね。その後も「若くて優秀な精子を使ったほうが安心」だと勧めてきました。私も「婚活を頑張って早くパートナーを見つけよう」と気合いが入りましたね。
全力婚活も焦るあまり、相手はファーッと消えて
── 現地の婚活はどうやって進めたのでしょう?
沢さん:結婚相談所と、デーティングシステムといって、日本でいう出会い系サイトやアプリのようなものに登録しました。ニューヨークって出会いの場が意外とないんですよ。日本のような合コンや独身が集まる場がないから、あとはバーでナンパされるか友達の紹介かな。
デーティングシステムで100人ほどやり取りをして、実際に会ったのは30人くらい。毎晩誰かしらとやり取りをして、すべて情報をエクセルで管理しました。でもデーティングシステムも結婚紹介所も、1回デートしても2回目になかなか繋がらなかったですね。とにかく急いでいたので「私は今46歳で、子どもが欲しいので時間がないんです」って1回目のデートで伝えるのですが、そうすると相手はファーッていなくなっちゃって。
── 今の旦那さんとの出会いもデーティングシステムだったのですか?
沢さん:夫の場合は友達の紹介です。夫は2つ年下で当時44歳、7歳の娘のシングルファーザーでした。セントラルパークで初めて会いましたが、自然豊かな場所でリラックスして話せたのがよかったみたいです。2回目にはピクニックシートを持ってお弁当を作っていって、3回目のデートはミュージカルを観に行きました。その後も毎週のように2人で会うようになりましたね。
── そのまま自然に交際する流れに?
沢さん:いえ、そうもいかなくて。当時、アメリカの都市型の傾向だと思いますが、男性がハッキリ交際を決めるまで、何度デートをしても相手の女性はお試し期間という扱いになるんです。その間は何人とデートしてもいいし、浮気にならない。男性に主導権がある感じです。もちろん正式に付き合うことになったら浮気はダメだし、両親に紹介されたり、パーティに連れて行ってもらったり、一気にステータスが上がっていってそこからは早かったりするんですけど。
私は2人で会うようになって3か月くらい経ったときに「私は今どの位置にいる?」と聞くと「まだ彼女じゃない」と。その後もしばらく関係が変わらないまま、出会いから半年経って、ようやく正式な彼女になりました。
自分の意思貫き「諦めなくてよかった」
── 交際が始まったとき、旦那さんには当時7歳になる娘さんがいらっしゃいました。妊娠や出産、子どもについてはどんな話をしましたか?
沢さん:彼に会って3回目くらいで「私は子どもが欲しい」と伝えましたし、彼も子どもを望んでいました。彼は、娘が小さいときに元奥さんが他界していて、娘も母親の記憶がほとんどないんです。彼と交際が始まってから娘にも会いましたが、亡くなったお母さんと比べられることがなく、すぐに仲良くなりました。また、自分の子どもを出産したときに兄弟がいたほうがいいと思っていたので、それも含めて娘がいてくれてよかったと思います。
── 2017年に結婚されました。大好きだった仕事を辞めて、一念発起で渡米し、結婚まで辿り着きました。ご自身でどう思いますか?
沢さん:自分ができることは全力でやったと思います。アメリカという光が見えたときに渡米できるお金があったのはよかったと思うし、どうしても結婚して子どもが欲しいという思いを突き進めた結果、今に繋がっています。諦めなくてよかった。
取材・文:松永怜 写真:沢えりか

