【井上 久男】「もうトヨタにしか頼れない」高市総理が豊田章男会長に意見を求めるワケ…両者が手を組む「メリットとリスク」

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これまで、時の総理が一企業のトップと個人的に親交を深めるのは稀だった。政治と経済の間で一定の距離感を大切にし、連携することこそあれ、接近しすぎることは、むしろ避ける傾向にあった。しかし、与党・自民党が史上空前の議席を得たいま、そうした風潮に変化が起きている。

いま産業界の一部で「高市早苗総理が最もよく相談する『ブレーン』のひとりが豊田章男氏だ」と言われているのだ。筆者が確認できた範囲では'25年11月19日に日本自動車会議所会長として、12月15日には「自動車産業の実情を説明するため」として、いずれも首相官邸で会っている。これ以外にも頻繁にやり取りしているという。

【前編記事】『トヨタと高市政権が「謎の急接近」…総選挙直前に“社長電撃交代”が行われた「本当の目的」とは』よりつづく。

トヨタの方向性とも合致している

トヨタグループの始祖である豊田佐吉氏の考え方をまとめた文書「豊田綱領」の中に「産業報国」という文言がある。表現は古めかしいが、現代風に言えば、産業を興すことで国の発展に尽くすということだろう。

「国をよくする」という発想は、トヨタのDNAとも言える。こうしたDNAは、「強くて豊かな日本を目指す」を繰り返し主張している高市氏の考え方とも相性がいいように見える。

さらに、今回の総選挙で自民党が歴史的な勝利を収めたことは、安定した強い政権ができることを求めるトヨタの方向性とも合致している。トヨタは、小選挙区で与野党が対決するという政界の構造に、日本経済ひいては日本社会を発展させる「解」はないと考えているからだ。

事実、'21年の総選挙でこんなことがあった。選挙区内に豊田市などを抱える愛知11区で、トヨタ労組の組織内候補者で選挙に圧倒的に強く、6回当選していた元国民民主党の古本伸一郎氏が突如、不出馬を表明したのだ。

古本氏の支持母体である全トヨタ労連が当時、政策実現のために自民党に接近していたことや、与野党対決には益がないと考えるトヨタの意向の影響を受けたと見られる。古本氏は現在、愛知県副知事を務めている。

「17の重点投資対象」自動車が受け皿に

高市政権が掲げる政策の実現に果たす自動車産業の役割も大きい。高市氏が掲げる17の「重点投資対象」では、AI・半導体、量子、デジタル・サイバーセキュリティ、マテリアル(重要鉱物、部素材)などが掲げられ、「自動車」は入っていない。

しかし、17領域の多くの分野で、社会実装していくために自動車がその受け皿として大きく関わっているのだ。

たとえば、自動運転やロボットカーの領域では、高性能なAIや半導体は欠かせず、車がハッキングされないようにセキュリティ技術も非常に重要になる。また、EVの基幹部品であるモーターなどを製造するのに、レアアースなどの希少資源が必要となる。

さらに筆者は、政権がトヨタに学ぶべき点、あるいは頼るべき点もあると感じている。それは、日本経済の浮沈のカギの一つを握る対米戦略と対中戦略の分野での話だ。

トヨタは米国市場を最も大きな収益源とし、かつ、世界最大の自動車市場である中国で、同社の高級ブランド「レクサス」のEV新工場を上海に建設する計画を進めるなど、事業を強化している。トヨタは一企業として米中両国政府にパイプを持っている。

'80年代の貿易摩擦の時代から米国政府はトヨタを槍玉にあげてきたため、トヨタは米国に要らぬクレームを付けられないように対米政治戦略を緻密に構築してきた。たとえば、米国トヨタ販売の本社や巨大工場をテキサス州に置くのは、同州がブッシュ元大統領の地盤でもあり、共和党が強いため、同党に配慮したうえでの判断だ。

アメリカと中国“両にらみ”の戦略

一方で、日本から行くには不便なウエストバージニア州に変速機工場を建設したのは有力な元民主党・上院議員ジョン・ロックフェラー4世の地盤だったからだ。共和、民主どちらにも配慮することで、政権交代があってもトヨタに対する行政の態度が変化しないように仕掛けている。

米国への投資を求めるトランプ政権への配慮も怠りない。トヨタは'25年11月13日、今後5年間で最大100億ドル(約1兆5400億円)を投資すると発表した。これは追加投資である。この日は、トヨタが米ノースカロライナ州に新設した電池工場の開所式だったが、この電池工場の建設に対しても約140億ドル(約2兆1560億円)を投資し、約5100人を新規雇用するとした。

また、1980年代、トヨタは対米進出を優先するために、中国政府からの進出依頼を断ったことで政府から睨まれ、'90年代半ばに一時、対中戦略が滞ったことがある。その失敗に学んだトヨタは対中戦略も磨いてきた。最近では、EVで米テスラを追い抜いたBYDと合弁開発会社を設立しているほか、ファーウェイともソフトウエアの開発で提携している。

高市氏が重視する経済安全保障政策の本質は、地政学的なリスクを考慮して国益を守る、すなわち経済を発展させることにある。経済安保の強化とは、中国と付き合わないことを意味するものではない。

経済安保に関して、トヨタの対応は国内では群を抜く。経済安全保障推進法が施行される前から米中対立を意識し、米国と中国の研究開発領域にはファイアーウォールを設けていた。それ故に堂々とファーウェイとも手を組むことができるのだ。

イーロン・マスクを「他山の石」とできるか

高市政権は、中国との関係を修復させ、タフネゴシエーターのトランプ米大統領ともうまく付き合わなければならない。そこでは硬軟交えたしたたかさが必要になる。外交面でもトヨタの知恵やノウハウは生きるのではないか。

米国や中国の動きを見るにつけ、戦後形成された国際ルールが形骸化していることは明らかだ。強い経済力とそれを背景にした強い軍事力がなければ、世界の中で押しつぶされかねないことに対して日本人も危機感を持ち始めたがゆえに、「強い日本」を掲げる高市氏に人気が集まったのであろう。

その「強い日本」を作るためには、賃上げでき、雇用吸収力もあり、稼ぐ力の強い企業が国内に多く生まれることが不可欠だ。今の日本の状況を見れば、自動車産業、なかでも安定した収益を生み出し続けるトヨタに依存せざるを得ない局面にある。

一方で、政権に近づきすぎるとリスクもある。イーロン・マスク氏がトランプ氏を支えたことでテスラが消費者の反感を買ったことは記憶に新しい。トヨタはマスク氏の動きを「他山の石」とできるだろうか。

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井上久男(いのうえ・ひさお)/'64年生まれ。大手電機メーカーを経て朝日新聞社に入社。経済部で自動車産業などを担当し、'04年に独立。『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』ほか

「週刊現代」2026年3月16日号より

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