長男の小学校卒業に感じる寂しさ…青木裕子が、たくさん悩んだ初めての子育てを振り返る

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フリーアナウンサー、VERYモデルとして活躍する青木裕子さん(Instagram: @yukoaoki_official)は、11歳と10歳の2人の男の子の母。青木さんの著書『「学びが好きな子に育つ!」 青木裕子の3歳からの子育て歳時記』には、青木さんがお子さんたちと一緒に実践してきた「体験学習」の具体例や、小学校受験の大原先生による月々のアドバイスなどがたっぷり掲載されています。

子育ての正解ってある? 教育ママじゃダメ? 子どもにとって“本当にいいこと”って? などなど、この連載では、青木さんが子育てをする上で日々感じているアレコレを、「子どもの教育」をテーマにしつつ徒然なるままに語っていただいています。今年3月に、息子さんの小学校卒業を迎える青木さん。初めての子育てで必死だった日々を振り返ります。

ついに、長男が小学校卒業

ついについにと言い続けてきた長男の小学校卒業。本当に、〈ついに〉3月になってしまいました。中学校の制服を作りに行って泣きそうになり、卒業旅行の予定を立てて泣きそうになっていたら、ついに卒業式のお知らせが学校から配られました。あー本当に卒業するんだなあ……。

子どもの成長はもちろん嬉しいです。あんなに小さかったわが子が中学生になるなんて、よくぞここまで育ってくれたと思います。でも、やっぱり寂しい気持ちもあります。同級生の子を持つママ友と話していて、しっくり来たのが「12歳は大人0歳という感じだよね」という言葉。「そう! 最近の息子と接していると『子育て』という言葉に違和感を抱いていたところなの。確かにそれそれ!」とうなってしまいました。

まだまだ大人なわけではないけれど、もう子どもでもないような気がする。これまでのように『育てる』ではなくどちらかというと『サポートする』という感じ。……これらの感覚が、大人0歳と考えると妙にしっくり来たのです。それに、「0歳だもんね」と考えると、「まだまだできないことがあって当たり前だよね」と少し優しい気持ちにもなれる気もします。どうにもこうにも生意気な彼と接していると、「そんなに偉そうにして、一人じゃできないことだらけの癖に!」とついつい私もカリカリしてしまいがちでしたが、0歳って考えたら、少しの成長にスタンディングオベーションを送っていた、あの頃の感覚を思い出したのです。(もちろん、だからと言って常に穏やかでいられるわけではないですが(笑))

そして、彼の人生のステージが変わったのだと認識したら、「そうか、この寂しさは、子どもだった彼とはもう会えないという寂しさかもしれない」とも思いました。

思い起こせば、長男は我が家の第一子ですから、子育てを通しての初めてはすべて彼と一緒に、あるいは彼を通して経験してきました。ああ、なんて子育てって、私の人生を変えてしまったのでしょう。長男が子どもというステージから次に進んだように、私は母になったことで、人生のステージが変わったと感じています。それは、例えば就職したことによる変化や結婚したことによる変化とは本質的に違う、大きな変化でした。世界は変わっていないハズなのに、私に見える世界は全く違うものになったのです。

必死だった息子との毎日

世の中にはこんなにも多くの教育コンテンツが溢れていたなんて! そして、それら一つ一つが気になって、「こうしなければいけない」に焦り、「こうしたほうがいい」に背中を押されてきました。いやもう、それらは息子がお腹にいるときから始まっていて、お腹に向かって話しかけたり、音楽を聴いたり、なるべくストレスを感じずに過ごすことが大切と言われているのに夫と喧嘩してしまって後悔したり。

幼少期は、初めて聞く横文字の教育法に戦々恐々としながら、確かにあの子は他の子より落ち着いて見えるとか、今やっていることがこの子の将来を決めてしまうのかもしれないとか、そもそもこんな小さな生き物の命を守るだけで必死なのにそれ以上のことが私にできるのかとか、息子の成長をより意味あるものにするために私ができることを必死で探し回っていました。

教育法なんて大それたことじゃなく、家での教育にも悩みが尽きたことはありません。ちゃんと我慢ができるように、「おもちゃを買うのは特別な日だけだよ」と言っていたはずなのに、山盛りのおもちゃを買ってもらえる子の方が上手にお友達におもちゃを貸せているのを見て、「そうか! 潤沢に与えた方が心にゆとりができるのか」と思い立ち、次の日から急に「なんでも買ってあげるよ」モードに入ってみたり(さすがにこれは違う気がして、後に我が家なりのいい塩梅を探ることに……)、おやつを手作りしているという方に出会い、「なんて素敵!」と感化され、意識高く生活してみたものの、やっぱり続かなくて、ネットで『小さいときに食べていなかったから大人になってジャンクフードにハマってしまった。だから、ジャンクフードやお菓子もある程度は食べさせておいた方がいい』という記事を探して読んで自分を安心させたりしたこともあったなあ(ネット記事って自分の気持ちに寄り添うものを探せば大概見つかるものです)。

正解はないけれど、一生懸命考えてきたこと

小学校受験なんて全く無縁だと思っていたのに、あれよあれよという間に、すっかりはまって、とてもいい経験だったと思う自分がいる一方、選択しなかった道のことを想像しないわけではなくて、私が子どもの人生の大きな選択をしてしまった気がして考え込んだり、いやいや、小学校がどこかで人生が決まるわけじゃないと開き直ってみたり。英語は早くやっておいた方がいい、算数脳を鍛えた方がいい、体を強くするのはスイミングだ、団体競技が心を育てる、何より大切なのは食育です、などなど。

ねえ、私、あなたを育てるのに、本当にたくさんのことを考えてきたんだよと、だから感謝してほしいんじゃなくて、上手くできないこともたくさんあったと思うけど、それだけ大切で大好きで必死だったということをいつか伝えられるといいなあと思います(反抗期の息子に今伝えても、なんだか押しつけがましい印象にしかならなそうなので、いつか……で)。結局考えれば考えるほど、正解がないのが教育だと思い知らされますが、私たち大人が考えるのをやめてはいけないと思うので、私はこれからも考え続けます。

ああ、考えると言えば、卒業式に着ていく服をそろそろ考えなくては! 子どもの行事にふさわしい服装というのも、母の大きな悩みですね。初めて母として出席する小学校卒業式。嬉しさと寂しさが同居する今の気持ちをしっかり味わいたいと思っています。

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